世界中でボサノヴァブームを
巻き起こすきっかけになった
“イパネマの娘”を聴きながら
アストラッド・ジルベルトを偲ぶ

閑話休題〜ディランの歌が
ヒットしている頃

「イパネマの娘」はアメリカでシングルリリースされる際に、曲の尺を縮める必要があるというもっともらしい理由でジョアンのヴォーカルを外し、アストラッドの英語のヴォーカルのみに編集して発表されている。いま聴くと、そんな小細工などせず、ジョアンとデュエットの構成のものでいいじゃないかと思うのだが、結果的にヒットしたのだから良しとするしかあるまい。少し横道にそれるのだが、実はこのシングルのB面に収められた曲が意外なもの。「風に吹かれて(原題:Blowin’ in the Wind)」。そう、ボブ・ディランのあの出世作である。ゲッツのアルバム『リフレクションズ』(’64)に収録された「風に吹かれて」を引っ張ってきてB面にしたらしいのだが、ディランの2ndアルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』(’63)に収められた、できたてホヤホヤの曲だ。この曲はディラン本人のアルバムが出るや、すぐさまPP&Mによるカバーが出て世界中で大ヒットする。これを追うように瞬く間に多くのアーティストにカバーされる。スタン・ゲッツもその中のひとりなわけだが、今さらながら1964年当時、いかにこのプロテストソングが注目され、人気だったかを物語っている。もっとも、ゲッツのバージョンはインストである。ディランの曲、しかも公民権運動、反戦の看板ソングのように歌われている曲をインストとは…と思ったりもするのだが、メロディーを聴いただけでゲッツに「これはいい」と思わせたのだとしたら、やはり名曲だったということだろう。惜しむらくは、どうせならインストではなく、レコーディングし直して、ヴォーカルをつけてほしかった。そう、アストラッドに歌ってもらえばいいではないか、と。

アメリカに移住し、
ボサノヴァを歌い続ける

アストラッドに話を戻そう。「イパネマの娘」のヒットはアメリカにボサノヴァブームを起こすきっかけになった。ただ、皮肉にもジョアンとの仲は冷えていく(やがて離婚)。クリード・テイラーの勧めもあって、彼女は活動拠点をアメリカに移し、テレビ出演、映画出演などもこなしながら、本格的にボサノヴァシンガーとしてアルバム制作も続ける。初のソロ作『おいしい水(原題:The Astrud Gilberto Album)』(’65)、続く『いそしぎ(原題:The Shadow of Your Smile)』(’65)など、悪くない内容だ。英語で歌われていることもあって、本国ブラジルでの評価は芳しくなかったり、ヴォーカルそのものがリズム楽器のようなエリス・レジーナのようなシンガーに比べれば大人しいというか、絶対的な個性に欠けるところもある。同時期に活動していたMPB (ムージカ・ポプラール・ブラジーレイラあるいはモダン・ポップ・ブラジル)系アーティスト、すなわちカエターノ・ヴェローゾ、ガル・コスタ、ミルトン・ナシメント、ナラ・レオン、エリス・レジーナ…といった、時には国の政権に反発し、亡命するほどの覚悟を持って、全く新しいボサノヴァの創造に向かっていった人たちのような反骨さのようなものは、アストラッドは持ち合わせていなかったかもしれない。それでも、彼女の気だるい、投げやりというか、素っ気ないような声を聴いていると、焦らされるように、たまらなく愛しい気持ちにかられたりもする。生涯にリーダー・アルバムも20作ほど残した。「イパネマの娘」はきっとこの先も長く聴かれ続けるだろうと思う。

TEXT:片山 明

アルバム『GETZ/GILBERTO』1964年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. イパネマの娘/The Girl from Ipanema
    • 2. ドラリセ/Doralice
    • 3. ブラ・マシュカー・メウ・コラソン/Para Machucar Meu Coração
    • 4. デザフィナード/Desafinado
    • 5. コルコヴァード/Corcovado
    • 6. ソ・ダンソ・サンバ/Só Danço Samba
    • 7. オ・グランジ・アモール/O Grande Amor
    • 8. ヴィヴォ・ソニャンド/Vivo Sonhando
『GETZ/GILBERTO』(’64)/ Stan Getz、Joao Gilberto、Antonio Carlos Jobim、Astrud Gilberto

OKMusic編集部

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