レゲエの存在を世界に紹介した
名曲「母と子の絆」を
収録したポール・サイモンの
『ポール・サイモン』

『Paul Simon』(’72)/Paul Simon
エヴァリーブラザーズと
ブリティッシュフォーク
64年に“サイモン&ガーファンクル”と改名して、コロンビアレコードからデビューアルバムの『水曜日の朝、午前3時』をリリースするが大して話題にならず、サイモンはイギリスに修行の旅に出る。そこでブリティッシュトラッドを現代風にアレンジして独自のスタイルを築いていたブリティッシュフォークのアーティストたちと出会い、ギター奏法やソングライティング面で大いに影響を受けることになる。しばらくはアメリカとイギリスを行き来する生活が続き、この経験がサイモンの音楽性を培い、のちに大きく開花することになる。
フォークロックの登場による
サイモン&ガーファンクルの成功
2ndアルバムのヒットについては、もちろん「サウンド・オブ・サイレンス」が名曲であるのは間違いないが、トム・ウィルソンの時代感覚が優れていたこともまた事実である。ともあれ、これ以降サイモン&ガーファンクルは人気グループとなり、サイモンのソングライティングの巧みさもあって、ヒット曲を継続して生み出していく。サイモン&ガーファンクル初期に書かれた「ホームワード・バウンド」や「アイ・アム・ア・ロック」はヒットもしたが、単なるヒット曲というだけでなく、長く聴き継がれる彼らの代表曲である。
名曲を次々に送り出し、
スーパーグループへ
そして、彼らはアメリカン・ニューシネマの傑作として知られるマイク・ニコルズ監督の映画『卒業』(‘67)の音楽を担当し、「ミセス・ロビンソン」の大ヒットで、一躍世界的に知られる存在となる。続く4thアルバム『ブックエンド』では彼らの最高の曲とも言える「アメリカ」をはじめ、「ミセス・ロビンソン」も収録し、全米1位を獲得する。バックを受け持つレッキング・クルーのサポートも冴え渡り、彼らにとっては“ビートルズも怖くない”時期だったのではないだろうか。
人気絶頂期にリリースした彼らの5thアルバム『明日に架ける橋』(‘70)は、まさに彼らの最高の瞬間を記録した傑作中の傑作である。翌年のグラミーでは6部門で受賞、このアルバムから「明日に架ける橋」「コンドルは飛んでいく」「ボクサー」「セシリア」などの大ヒットが生まれた。最後にエヴァリーブラザーズのカバー「バイ・バイ・ラブ」を取り上げているのは、エヴァリーブラザーズへの感謝の気持ちと同時に、このアルバムでひと区切りという意味があるのだと思う。
本作『ポール・サイモン』について
ソロ2枚目となる本作『ポール・サイモン』は日本でまだレゲエという音楽が知られていなかった頃にリリースされ、レゲエ(僕が中3ぐらいまで、日本では“レガエ”と呼ばれていたと思う)を認知させた。このあたりはサイモン&ガーファンクル時代からワールドミュージックに興味を持っていた彼のことだから不思議ではないが、大ヒット曲「母と子の絆(原題:Mother and Child Reunion)」はジャマイカのミュージシャンをバックにキングストン(ジャマイカ)で録音されたことを知り、彼の本気さがよく分かった。72年当時、「母と子の絆」はニール・ヤングの「孤独の旅路」と並んで、毎日のようにラジオでオンエアされていたから、今50歳半ば以上の洋楽ファンはおそらくみんなが知っている曲である。
アルバムに収録されているのは全部で11曲。レゲエをはじめ、ジャジーなもの、フォーキーなもの、カリプソっぽいもの、レトロスウィングもの、白人ブルースものなど、ポール・サイモンという才能を披露するためのショーケース的作品であることは間違いないのだが、サイモン&ガーファンクルっぽい曲は意識して外されているような気がする。それはサイモンがソロアーティストとして活動していくための意思表示なのかもしれない、とも思う。アルバム全編を通して感じるのは、ニューヨーカーとしての彼の人となりである。特にジャズっぽい「Run That Body Down」のような都会的なナンバーにそれを感じるのだが、そういう意味では75年にリリースした彼の唯一の全米1位アルバム『時の流れに(原題:Still Crazy After All These Yeas)』こそが彼を最も素直に表現しているかもしれない。
本作でバックを務めるのは、ジプシージャズフィドラーのステファン・グラッペリ、ジャズ界からロン・カーター、マイク・マイニエリ、ホワイトブルースのステファン・グロスマン、エリアコード615のチャーリー・マッコイ、ラテンのアイアート・モレイラ、コーラスにはシシー・ヒューストン(ホイットニー・ヒューストンの母親)、そしてサイモン&ガーファンクル時代から馴染みのレッキング・クルーのハル・ブレイン、ラリー・ネクテルなど、各界から大物たちがこぞって参加している。
なお、本作はアメリカのアルバムチャートでは4位どまりであったのに対して、「母と子の絆」の大ヒットがあったからか、日本、イギリス、北欧などでは1位となっている。
もしポール・サイモンを聴いたことがないという人は、本作でもいいし、次の『ひとりごと(原題:There Goes Rhymin’ Simon)』(‘73)でも、『時の流れに(原題:Still Crazy After All These Yeas)』(’75)も素晴らしい作品なので、ぜひこの機会に聴いてみてください。
TEXT:河崎直人