アパラチア発、
ドック・ボッグスの
超ディープ・ブルースは
一度はまったら抜けられない“沼”

『Legendary Singer and Banjo Player』('64)、『His Folkways Years, 1963-1968』('98)

『Legendary Singer and Banjo Player』('64)、『His Folkways Years, 1963-1968』('98)

“貧しいところからブルースは生まれる”と、ステレオタイプな言い方から始めてみるとしよう。音楽の発生は多様であり、ひと括りにできないから必ずしも…とは思うものの、当たらずとも遠からず、だろうか。生活困窮、劣悪な労働環境、人間関係、不穏な夫婦関係、妻、恋人の不貞、仲間の裏切り、人種差別、犯罪、殺人、戦争…と。なるほど、ブルースはそういった状況のもとで生まれ、また、そういった内容を歌われていたりする。演っている演奏者、歌手も歌、曲と同じ境遇にあることも多々ある。中には贅沢な暮らしに身を置き、何不自由もないステイタスにいながらブルースをやるミュージシャンもいるにはいるが、それはそれ。彼(彼女)を通して伝えられるブルースから、より深淵な世界に想いを馳せるのも、この音楽への接し方のひとつである。要するに、この音楽を好きになるには、聴く側の想像力、感受性が問われるのである。

今回ご紹介するのもブルースである。が、その主役は一般的な定説を覆すように、黒人ではなく白人であり、出身地はミシシッピーでもなければルイジアナでもなく、アパラチアである。しかも使っている楽器もギターではなくバンジョーときた。ブルースの定型のような12小節で歌は作られていないし、ブルースらしいフレーズ、リックもない。しかし、ディープとしか言いようがない、深いブルースがここにはある。歌い、演奏しているのはドック・ボッグス(Moran Lee “Dock” Boggs 1898 – 1971)という人だ。
まずは試しにこちらをご覧いただこう。1966年に、あの収集家で伝説のフィールドレコーディングの祖アラン・ロマックスによって撮影されたドック・ボッグスの貴重な動画「Country Blues」である。
ボッグスは1898年、アパラチアの山ふところ、バージニア州ウェストノートンで10人兄弟の末っ子として生まれている。(不適切な表現を承知の上であえて使わせていただくが)“貧乏人の子だくさん”というか、父親のジョナサンは1848年生まれで、ということは少年時代に南北戦争(1861-1865)を体験していることになる。それもあるだろうが、アパラチアの辺鄙な山間地では医療機関にかかるのは容易ではなく病気や怪我、不慮の事故で子供はたやすく死んだし、何より子供も貴重な労働力だったから大家族は必然だったのだ。一家は貧しく代々ほぼ自給自足の農家で、父ジョナサンは時折大工をして糧を得ていた。ボッグスが生まれた頃にはアパラチアの炭鉱まで鉄道路線が通り、地域の主産業が石炭採掘になると、一家も農業をたたみ、鉱山で働く賃金労働者になる。ボッグスも今でこそミュージシャンの扱いだが、実は生涯、炭鉱労働者だった。ただ、ここでの労働がやがてボッグスの音楽を形作ることになる。
※アパラチアはアメリカ合衆国東北部に位置し、北東から南西に背骨のように伸びる山脈および丘陵地帯で、18世紀頃からアイルランドやスコットランド、ドイツ、スイス他、ヨーロッパからの移民が入植し、彼らによって伝承音楽がこの地に伝えられ、やがて米国のフォーク・ミュージック、カントリー、ブルースを育むなど、ポピュラー音楽の源流域とされる地帯。

OKMusic編集部

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