今聴いても奇跡的!
ピンク・フロイドの『狂気』は
お宝的名盤!

ロック史上に残る名盤と言えば、1973年にリリースされたピンク・フロイドのアルバム『狂気』は間違いなく外せない一枚だろう。あの時代にこの音が鳴らされたという事実もすごいのだが、2014年の今でも部屋で、もしくは公共のスペースで『狂気』をかけたとしたら、その場の空気が一変することに驚くのではないだろうか。全米チャートに570週にわたってランクインするほどの驚異的なロングセラーとなり、日本でも大ヒットしたピンク・フロイドの代表作は、革新的でアーティスティックな作品でありながら、プログレッシブロックというジャンルの枠を超えて、世界中のリスナーに受け入れられ、衝撃を与えたのである。

分析不可能な魔力のある音楽

 あの時代、ピンク・フロイドの『狂気』はロック好きのマストアイテムで、自分自身もレコードを毎日、取り憑かれたように聴いていた記憶がある。どちらかと言うとシンプルなロックンロールやブルースを好んで聴いていたこともあって、プログレッシブロックのような複雑な展開をする音楽にはあまり食指が動かなかったのだが、宇宙の彼方に連れて行かれるようなトリップ感のあるこのアルバムには「何なんだ、この音楽は!?」とひっくり返るようなショックを受けた。そして、「タイム」のイントロのチャイムの音やシングルカットされて大ヒットを記録した「マネー」のイントロのキャッシャーの作動音などの効果音に毎回、“うわっ”と声をあげそうになるほど驚いてドキドキしていた記憶がある。キャッチーなリフとメロディーが一度聴いたら忘れられない「マネー」が収録されていることによって、このアルバムがメガヒットを記録したという説もあるが、それだけではなく、『狂気』という作品には満月が人の心を狂わせるという説に近い…何か逆らうことができないエネルギーが渦巻いているような気がしてならない。ダウンロード時代の21世紀に初めてこのアルバムを聴く人がどういうふうに受け止めるのかは分からないけれど、心臓の鼓動が鳴り響く1曲目の「(a)SPEAK TO ME(b)生命の息吹」を聴いてしまったら、もう最後まで一気に聴かずにはいられないほどの吸引力のある音楽なのである。
 ちなみに『狂気』の原題は“THE DARK SIDE OF THE MOON”で、全ての歌詞を書いているロジャー・ウォーターズのコンセプトは“人間の心の中に潜む狂気や欲望”。ピンク・フロイド初期の中心人物であった美しきヴォーカリスト、シド・バレットがドラッグの影響もあり精神を病んで脱退したことが、このアルバムに影を落としているとも言われているが、当時はそんな知識もないままに、この憂鬱かつ、どこまでも空間が広がっていく感覚に陥るサウンドスケープに心を奪われていた。時代性もあってピンク・フロイドをドラッグミュージック(ドラッグをやっていないと理解できない音楽という意味で)と捉える人もいるかもしれないが、ノンアルコール、ノンドラッグでもイマジネーション次第で脳内の未知の旅ができるのが音楽の可能性であり、魅力なのである。

 なお、さまざまな紆余曲折を経て(ロジャー・ウォーターズは1985年に脱退)、ピンク・フロイドが11月に約20年振りのスタジオレコーディングアルバムをリリースするというニュースも報じられているが、後世まで聴き継がれる音楽と消費されていく音楽の違いがアルバム『狂気』には刻まれている。仮にこの作品が当時、実験的という烙印を押されて売れなかったとしても、後に再評価されていたのではないか。それほど、今、聴いても曲順を含めて完全無欠のコンセプトアルバムである。

アルバム『狂気』

 構成、アレンジ、ムダな音が何ひとつ入っていない非の打ちどころがないサウンドに今、聴いても唸らせられる。当時は斬新だったシンセサイザーを導入したサウンドには映画のサウンドトラックのようなSEが散りばめられていて、先述の心臓の鼓動やキャッシャーの音、笑い声、会話などが実に刺激的に取り入れられている。エンジニアは後にアラン・パーソンズ・プロジェクトを結成して数々のヒット作を放ったアラン・パーソンズで(ビートルズ、ピンク・フロイドの作品を手がけてきたアビーロードスタジオのエンジニアだった)、このアルバムを語るのに欠かせない重要人物と言っていいだろう。そして、個人的には、デイヴィッド・ギルモアのブルージーでエモーショナルで空間的なギター(決して暑苦しくはない)がなければ、このアルバムの魅力は半減してしまうと思っている。キング・クリムゾン、イエス、エマーソン・レイク&パーマーなど一世を風靡したプログレバンドのギタリストの中でも、センシティブで音と音の隙間に意識的な印象がある。浮遊する幻想的なサウンド、英国のロックバンドならではのメランコリックなメロディーが素晴らしいが、時間を浪費していく主人公の人生を痛烈な言葉で描いた「タイム」やシニカルな表現でお金と人間の心理を切り取った「マネー」など、歌詞にも今聴いても普遍性があり、ラストナンバー「狂気日食」は《太陽の下 全ては調和を保っているが、その太陽は月に徐々に浸食されていく》という歌詞で締めくくられる。聴き込むほどに発見があり奥行きが増していくお宝的アルバムだと言えよう。

著者:山本弘子

OKMusic編集部

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