ロバート・クレイの『バッド・インフ
ルエンス』はロックファンも狂喜させ
た新世代のブルース作品

ブルースマンの生い立ちとして、貧しい家庭に育ち、子供の頃から親の代わりに働かされ、辛さや寂しさを紛らわすためにギターを手に…みたいな話は多いが、ロバート・クレイはそういう世代のミュージシャンとはかなり違う。彼は1953年生まれで、ビートルズやジミヘンなどのロックを聴きながら育ち、ブルースに目覚めるのは高校を卒業する頃であった。今回紹介する『バッド・インフルエンス』はブルースアルバムでありながら、ソウル、ファンク、ロックなど、彼のバックボーンとなる音楽を混ぜ合わせるなど、新世代のブルース作品としてテクノポップ全盛の83年末にリリースされたものである。このアルバムが出た時の衝撃は、今でも忘れられないほど僕の脳裏に焼き付いている。間違いなく80年代を代表するブルースの名盤だ。

打ち込みと人力演奏のはざまで…

80年代初頭は、打ち込みやシンセサイザーを駆使したテクノポップ(1)が世界中を席巻した時代だ。その影響はロックをはじめ、ソウルやファンクなど、あっと言う間にさまざまな音楽に及び、重低音好きのロックファンの多くが、その軽いサウンドに付いていけなくなっていく。当時は機材の開発が始まったばかりで発展途上だったから、特にドラムマシーンの音のチープさに耐えられないという人が少なくなかった。
かく言う僕もそのひとりで、ロックやソウルを聴くのが辛くなり、まだまだ人力演奏が主流のジャズ、カントリー、そしてアフリカやインドの民族音楽(ワールドミュージック)へと興味が移っていくことになった。実際、世界のポップス事情をみても、80年代以降、アフリカ、中米、インド、東南アジアから発信された音楽が大きな注目を集め、ピーター・ガブリエルがスタートさせた『ウォマッド(WOMAD)』(2)の成功もあって、ワールドミュージックは大きな世界的音楽シーンを形成していくことになる。
もちろんワールドミュージックの隆盛が、単に“打ち込み演奏”と“人力演奏”の好き嫌いだけで説明はできないと承知してはいるが、少なからず打ち込みと人力による音色の違いも影響しているのではないだろうか…。逆に、90年代には、わざわざ初期の打ち込み機材を使って録音するローファイ(3)的なサウンドがかなり注目されたのだから皮肉なものである。

泥臭い音楽とクールな音楽

白人音楽の最右翼と言えるカントリー音楽は相変わらず人力演奏が中心であったが、ソウルやファンク、そして80年初頭に広まったラップなどの黒人音楽は、特に打ち込みやサンプリングを多用する傾向にあったと思う。この頃は、フレディ・ジャクソン、グレン・ジョーンズなど、都会的で洗練されたバラードを中心に据えたブラコン(4)や、エレクトロファンクが注目され、70年代の音楽に見られた熱いギターソロや、泥臭いダンス音楽は好まれない時代でもあった。
ソウル、ファンク、ブルース、どれもが汗臭くてなんぼの音楽であるのに、それら全てが“上質のポップス”と化してしまった。もちろんそこには黒人の生活が底上げされたことや、上流と下流の大きな経済格差など社会的な背景があるが、そういう音楽シーンにパンク的な殴り込みをかけたのがヒップホップ文化の登場であり、プリンスのデビューであった。プリンスはジミヘン以来の黒人ロッカーとして、下品な言動や仕草でリスナーを煽り(もちろんハイレベルの音楽性を持っていたが…)、上品ぶった黒人たちに喝を入れた。

本作『バッド・インフルエンス』につい

ある日、よく行くレコード店で聴きなれない名前を発見、それがロバート・クレイ・バンドの『バッド・インフルエンス』、要するに本作であった。タンクトップの若々しい男性ふたりが写っていて、久々に見た暑苦しいジャケットだったので買うことに決めた。それまでこのグループについての知識はまったくなく、レーベルも初めて見るものだったので、あまり期待せずにいた。ただ、勘で“人力演奏に違いない”ことは確信していた。
家に帰って曲のクレジットを見ると、アルバムに収録された全12曲中3曲がソウルのカバーで、うち2曲がスタックス(5)のシンガーだったことから「これはソウルのグループなのか…?」などと、レコードに針を落とす前(当時はLPなので…)にあれこれ考えた。レコードファンにとって、ジャケットやインナースリーブに印刷された情報からそのサウンドを探るのは楽しい時間で、本作はジャケ買いしているだけに余計妄想は広がっていった。
さて、聴いてみると、冒頭の10秒ほどで久々にぶっ飛んだ。ヴォーカル、演奏、暑苦しさ、泥臭さ、全てが文句なしの仕上がり。その日のうちに3回聴き、名盤であることを確信した。もちろん、推測通り全て人力による演奏であった。それにしても、リリースが84年というのが信じられないぐらい、古くて新しい感じのグルーブを持ったアルバムである。本作でのグループは5人編成で、クレイがギターとヴォーカル、リチャード・カズンズがベース、マイク・ヴァニスがキーボード&テナーサックス、ウォーレン・ランドがアルトサックス、デビッド・オルソンがドラムである。
3曲のソウルをカバーしていることで予想はしていたが、ブルースを基本に置きつつ、ソウルやファンク、そしてロック的な感覚も感じさせるクレイの生み出すサウンドは斬新であった。新世代のブルースとも言えるその革新的な音作りは、その後のブルース作品にも大きな影響を与えることになる。特に、彼の垢抜けない南部ソウルっぽい歌い回しは、80年代当時に流行っていた“都会的でクール”なサウンドの裏返しであり、南部サウンドが持つ“田舎っぽくて泥臭い”アプローチを確信犯的に導入したのではないかと思うのだ。流行を追うのではなく、良いものを生み出したいという願いが、今聴いてもまったく古びていないサウンドに結集したのだと言えるし、80年初頭にあえて“人力演奏”のみで勝負したのも「今売れるより、長く売れる」ことを考えてのことだと思う。結果、『バッド・インフルエンス』は名盤となったのである。

ハイトーン・レコード

本作をリリースしたのは、アメリカ西海岸にあるハイトーン・レコード。白人オーナーのブルース・ブロムバーグは、優れたブルースやカントリーを世に出すプロデューサーでもあり、2011年にはブルースの殿堂入りを果たすほどの大人物である。彼はロバート・クレイに惚れ込み、クレイのレコードを出すために新たにハイトーン・レコードを設立しているのだ。このエピソードだけでも、クレイの実力が窺い知れると思う。ハイトーン・レコードがリリースした記念すべき最初の作品が、もちろん本作『バッド・インフルエンス』である。
余談であるが、ハイトーン・レコードは今で言うアメリカーナ的なスタンスを持った最初のレーベルで、2008年に会社をたたむまで、ブルース、カントリー、ロックの秀作を数多くリリースしている。

その後のロバート・クレイ

本作をリリースしてからのクレイは順風満帆である。本作に収録されたタイトルトラック「Bad Influence」がエリック・クラプトンに、そして「Phone Booth」がアルバート・キングに取り上げられ、認知度は大幅にアップした。また、2000年までにグラミー賞を4回受賞、数回にわたる来日公演(クラプトンバンドの一員としての来日も)もあって国内での人気も高い。クラプトン主催の『クロスロード・ブルース・フェス』にも度々参加し、キレのいいギターワークとソウルフルなヴォーカルを披露している。これまでに20枚以上のアルバムをリリースし、ブルースマンとして世界的な名声を得ている。
僕が彼のコンサートを観に行ったのは84年(たぶん1回目の来日)だったと思うが、ヴォーカル演奏ともに非常にクォリティーが高く大いに満足し、朴訥で素人っぽいステージングにも好感が持てたのだが、スーパースターになった現在はどうなのか、機会があればもう一度観に行きたいと思っている。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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