音楽で水彩画を感じさせた
ドゥルッティ・コラムの『LC』は
ポストパンク時代の異端である

『LC』(’81)/The Durutti Column

『LC』(’81)/The Durutti Column

70年代中期に登場したパンクロックは、巨大化したレコード産業へのアンチテーゼであった。たった数年のムーブメントではあったものの、多くの音楽システムを瞬く間に破壊した。そんなパンクも結局は大手レコード会社に吸収され終焉を迎えてしまうが、パンクの精神は若者たちの心に浸透していった。70年代末からのポストパンク時代には、スカ・リバイバル、エスノロック、ワールドミュージック、ニューウェイブ、テクノ、アンビエント、ネオアコなど、多くの新しい音楽が現れ、好奇心旺盛なリスナーにとっては楽しくわくわくする時期であった。テクノ系が主流となった80年代、商業主義に迎合しない若手のアーティストたちはインディーズでの活動を選んだ。そんなアーティストたちの受け皿として、英米を問わずインディーズレーベルの逆襲が始まる。今回取り上げるドゥルッティ・コラムの『LC』は、イギリスのマンチェスターにあるインディーズレーベル、ファクトリーからリリースされた2作目のフルアルバム。彼の音楽を聴いていると繊細で淡い色合いが見えるような絵画的印象が強く、他の誰にも似ていない傑作に仕上がっている。

静謐で孤独を感じる音楽

ドゥルッティ・コラムはギタリストのヴィニ・ライリーのソロプロジェクトである。80年にファクトリーから『ザ・リターン・オブ・ザ・ドゥルッティ・コラム』でデビューした。そのサウンドは曲というよりは、さまざまな自然の風景をイメージ化し、シンセとギターの多重録音で具象化するというもの。ロックというよりは現代音楽のテイストに近い。

彼の音楽は静かで、海に漂うくらげのようでもあり、風景を描いた淡い色で描かれた水彩画のようでもある。時にロックやジャズのようなフレーズを奏でる場合もあるが熱くはなく、寂寥感に満ちているのが特徴だ。

サンドペーパーに覆われた
悪意のあるジャケット

ところがこのデビューアルバム、初回リリース時のジャケット(LP)には大いなる悪意に満ちていた。表も裏もサンドペーパーで覆われており、レコードを棚に収納しようとすると両隣のレコードジャケットに必ず傷が付く仕組みになっていた。このアイデアは彼によるものではなく、ファクトリーレーベルのオーナーであるトニー・ウィルソンが考えたもの。インディーズレーベルだけに、サンドペーパーをジャケに貼る作業は、ヴィニを含む少数のスタッフとジョイ・ディヴィジョンやサートゥン・レイシオのメンバーが一枚一枚、丁寧に糊付けしたらしい。一歩間違えば、彼の音楽はイージーリスニング作品のように受け取られがちではあるけれど、ジャケットのエピソードは確かにポストパンク的な感性を持っている。

家具の音楽と環境音楽

ドゥルッティ・コラムの音楽はシンプルな反復と自己を主張しない性質を持っている。これはクラシック界の異端児とされたエリック・サティが提唱した「家具の音楽」の考え方とよく似ている。19世紀の終わり、サティは尊大で肥大したクラシック音楽に疑問を持っていた。「なぜ、聴衆はクラシックを静かに座って聴かねばならないのか?」「演奏者は聴衆より偉いのか?」「なぜ、クラシックの曲は長いのか?」「オーケストラはなぜ人数が多いのか?」…などなど。彼はいつ頃からか自分のコンサートでは小編成で短い曲を演奏し、演奏中は指揮をしながら、聴衆に向かって「ご飯を食べろ、歩き回れ、喋れ」などと叫ぶこともあったという。サティはクラシック界のセックス・ピストルズとも呼ぶべきパンク精神を持った芸術家である。

「家具の音楽」は、かしこまって聴こうとするものではなく、何かをしながら聴くものであり、現代でのBGMやイージーリスニングのような意味合いも持つのである。サティはそういう音楽を作ろうとしていたのだ。

もうひとつの意味として、人それぞれのお気に入りの家具や調度品があるように、音楽がそこに在ることでその場の雰囲気が決まる。例えば、映画のサスペンスシーンに流れる低いベースの音だとか、水面に揺れるシーンで使われる弦楽の響きだとか、空気のような、もしくは芳香剤のような、そんなふうに使われる音楽があってもいいじゃないかというのもサティの主張である。

ロキシー・ミュージックのブライアン・イーノが提唱したアンビエントミュージック(環境音楽)も、サティの「家具の音楽」に影響を受けたものだ。「家具の音楽」も「環境音楽」も、“音楽に解釈は必要なく、ただそこに在る”ことを楽しむということだが、このことを理解するのにドゥルッティ・コラムの音楽ほどぴったりのものはないだろう。個々の楽曲の意味を探したりするのではなく、作品全体のイメージを見つければそれで良いのである。

OKMusic編集部

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