90’sオルタナティブロックの
マイルストーンとなった
ピクシーズの傑作『ドリトル』

『Doolittle』(‘89)/Pixies
ニルヴァーナ、パールジャムなど、90年代に入って次々に登場したオルタナティブロックの大物グループがいるが、それらのグループに大きな影響を与えたのがピクシーズであることは、熱心なロックファンなら周知の事実だろう。今回取り上げる本作『ドリトル』は代表作というだけでなく、ロック史に残る名盤として永遠に語り継がれる作品である。
パンクロックとそれ以外のロック
ロックの歴史について書かれた本を読むと、70年代中頃にパンクロックが登場してロック界は大きく変わったとされている。確かにそれは間違いではないのだが、リアルタイムで60年代中頃からロックを聴いてきた人間として補足したいことがある。パンクが現れた時、それ以外のロックは成熟を極めており、大人だけが楽しむ保守的な音楽になっていた。70年代中頃にはハードロックでもプログレでもスタイルを保持することが中心となり、R&Bやロックンロールが登場した50年代のような破壊的インパクトはとっくに消え失せていた。大人になったロックは、もはや若者たちにとってフラストレーションの受け皿とはならなかったのだ。もともとは若年層をターゲットにしたロックではあったが、アーティスト側もリスナー側も歳を取るという事実は当然の帰結である。そこで、エネルギーに満ちあふれた若者の代弁者として登場したのがパンクロックである。パンクロック登場以降は一般リスナーの青年以上はパンク以外のロックしか聴かないし、若者たちはパンクロックしか聴かなくなった。
前置きが長くなったが僕が補足したいのは、ロック界はリスナーの年齢や感性によってパンクとパンク以外の“棲み分け”が整然と行なわれるようになり、“棲み分け”は大人と若者の好きなアーティストがまったく重ならず、広がりがなくなってしまったということである。かつてのロックファンはツェッペリンとCSN&Yを、またはイエスとジョン・デンバーを同じように聴いていたのだが、パンクが登場してからはクラッシュとボズ・スキャッグスを、イーグルスとラモーンズをどちらも聴くことはなくなってしまったのである。
メジャーとインディーズのバランス
もうひとつ、パンク以前と以後で変わってしまったことは、ビルボードなどのチャートに上がってくるのはビッグセールスを上げているアーティストばかり(チャートの集計そのものが売上げベースであるから当然であるが)で、メジャー契約している大物パンクロッカー以外はどんなにライヴで人気があってもチャートには反映されないことである。主にパンクロッカーたちはインディーズで活躍しているのだからチャートに出てこないのは当然のことであるが、若者たちは自分たちの正しいチャートが必要だと考えていたのだろう。そして、若者による若者のためのチャートが生まれた。それが1979年に誕生したCMJ(カレッジ・メディア・ジャーナル)である。これは全米の大学のラジオでオンエアされる回数によって順位が決まるというもので、売上げに左右されないだけに純粋なチャートだと言えるだろう。
CMJが設立されたことで、大人と若者のそれぞれのチャートが存在することになった。80年代のロックシーンはメジャー所属でもインディーズ所属でもきっちりと評価されるようになり、これが90’sオルタナティブロックを生み出す根幹となった。REM、ドリーム・シンジケート、ロング・ライダースのようなペイズリー・アンダーグラウンドのグループやソニック・ユース、ハスカー・ドゥ、ザ・リプレイスメンツなど、90’sオルタナティブロッカーに多大な影響を与えたグループに注目が集まったのもCMJならではの現象である。これらの音楽は普通ビルボードのチャートに出るような音楽性を持たず、大人とは違う若者たちの鋭い感性が生かされた結果となった。中でも、REMはCMJが生んだ世界的なインディーズ・スターである。