ホール&オーツの絶頂期にリリースさ
れた充実作『プライベート・アイズ』

ホール&オーツはブルー・アイド・ソウルから始まって、ロックやAORまで、さまざまな顔を見せながらも、実はビシッと筋の通った頑固なところがある。あれだけ息の長い活動ができたのは、頑固なまでのソウル好きと、何より万人に愛される良い曲が書けたことだろう。世代的なものかもしれないが、僕は彼らの初期にあたる73年〜75年のサウンドが一番好きだ。「シーズ・ゴーン」「ラスベガス・ターンアラウンド」「サラ・スマイル」などの楽曲群は未だによく聴くが、名曲だと思う。時流に合わせてさまざまなタイプのヒット曲を繰り出していくが、彼らの良さは培った経験を捨てることなく、しっかりと積み重ねながら成長していったことだ。今回紹介する『プライベート・アイズ』は通算11枚目(ベストアルバムは除く)となるアルバムで、2枚目のセルフプロデュース作。良い曲は「プライベート・アイズ」だけじゃないので、じっくり聴いてみてほしい。

レーベルごとに違った顔を見せる変幻自
在のミュージシャン

ホール&オーツの活動は、大きく分けると3つの時代にわかれる。ひとつ目はデビュー時の72年から78年までのブルー・アイド・ソウル期で、アルバムはアトランティックレコードから3枚、RCAレコードから4枚リリースした頃だ。この時期には前述した「シーズ・ゴーン」「ラスベガス・ターンアラウンド」「サラ・スマイル」の他、初の全米ナンバーワンを獲得した「リッチ・ガール」などのシングルヒットがある。
ふたつ目がロック時代で、デビッド・フォスター(著名なプロデューサー兼ミュージシャン)がプロデュースし、RCAから「赤い断層(原題:Along The Red Ledge)」(’78)と「モダン・ポップ(原題:X-Static)」(‘79)の2枚のアルバムをリリースしている。この2枚はブルー・アイド・ソウル風味はあまり前面に出さず、ロック〜AOR系のサウンドで勝負している。ヒット曲は「It’s A Laugh」(『赤い断層』に収録)と「Wait For Me」(『モダン・ポップ』に収録)がある。天才的な才能を持つプロデューサーを迎えたことで、ダリル・ホールはデビッド・フォスターから作曲やプロデュースの手法について多くを学んでおり、これ以降に怒涛のごとくリリースするヒットメーカーとしての準備期間とでも言うべき重要な時期であった。
3つ目はホール&オーツが大ブレイクするときで、セルフプロデュース作の『モダン・ヴォイス(原題:Voices)』(‘80)、本作『プライベート・アイズ(原題:Private Eyes)』(’81)、『H2O』(‘82)、『ビッグ・バン・ブーム(原題:Big Ban Boom)』(’84)の4枚のアルバムが該当する。彼らふたりが最も影響を受けたフィリーソウルをベースに、80年代の流行りであったシンセポップの味付けをしながら、独自のサウンドを創り上げた時期で、彼らの手腕は見事であったと思う。これらのアルバムから、ホール&オーツの代表作である「Kiss On My List」「Everytime You Go Away」「Private Eyes」「I Can’t Go For That(No Can Do)」「Did It In A Minute」「Maneater」「One On One」「Family Man」「Out Of Touch」「Method Of Modern Love」「Possession Obsession」などの大ヒット群が生まれており、これらの曲は未だによくオンエアされている。

ホール&オーツとしての最後のヒット

このあと、彼らはホール&オーツの音楽の原点を見つめ直すために、テンプテーションズのメンバーを迎えてアポロ劇場でのライヴ盤『ライヴ・アット・ジ・アポロ』(‘85)にリリースし、一旦ホール&オーツとしての活動を休止、88年にアリスタレコードに移籍し、第一弾アルバム『Ooh Yeah!』をリリース、彼らにとって最後の大ヒット「Everything Your Heart Desires」(全米3位)を出す。彼らのヒットメーカーとしての勢いはここまでで、以降のアルバムから大きなヒットは出ていない。ただ、ヒットは出なくてもアルバムの完成度は高く、彼らがアメリカ屈指のソングライターであることは間違いない。その後、休止〜再スタートなどの期間を経て、現在もライヴ活動には積極的で、日本でも2015年に4年振りの来日公演を行ったばかりだ。

人力演奏の魅力

テクノが主流の80年代に、ホール&オーツは費用のかかる分厚いバックのミュージシャンたちに支えられていた。僕はここに彼らの成功の秘訣があったのだと考えている。もちろん、彼らもリズムボックスやシンセを使っているのだが、基本は凄腕のミュージシャンたちによる人力演奏が中心であった。当時、リアルタイムで彼らの82年のライヴDVDを観たのだが、ベースとドラムの重いグルーブ感に圧倒された記憶がある。他のグループが流行のチープな音でライヴをやっている時に、70年代前半のようなバンド編成でロックスピリットにあふれた演奏を繰り広げていたのである。彼らのライヴを観ると、やっぱりロックは人力による演奏が一番だってことを再認識させられる。冒頭で彼らには“筋の通った頑固さがある”と言ったのはそういう部分なのだ。

本作『プライベート・アイズ』について

本作からは「Private Eyes」「I Can’t Go For That(No Can Do)」の2曲が全米チャート1位を獲得、アルバムも5位となった。特に「Private Eyes」は、当時のディスコ人気と、始まったばかりのMTVでのヘヴィローテーションもあって、それまでにない多角的なヒットの仕組みを作ったことでも忘れられない曲となった。
アルバムの構成は、特に流行りの音を採り入れているわけではなく、彼らのルーツであるソウル(特にフィラデルフィアソウル)をベースに、優れたポップソングをちりばめるという、いたってシンプルな組み立てだ。良い曲を書くことがいかに難しいかは、音楽ファンとして想像できるが、ここではタイトル曲の際立った出来はもちろん、多くの曲がとてもよく練り上げられていて、彼らふたりがもっとも乗っていたことが推測できる佳曲が揃っている。また、この頃にはバックを務めるミュージシャンが固定されており、ベースのTボーン・ウォーク、ドラムのミッキー・カーリー、サックスのチャーリー・デシャントらの活躍も見逃せないところで、随所に絶妙のサポートを見せている。
本作で僕が最も好きな曲は「I Can’t Go For That(No Can Do)」で、この曲はフィラデルフィアソウルというよりは、どちらかと言えば南部寄りのソウルテイストを感じさせるが、伝統的な(ある意味で古臭い)スタイルを採り入れながらも、ちゃんと80年代サウンドとして提示できているところが見事だと思う。
当時、評論家やマニアックな音楽ファンには、単なるヒット制作集団として軽く受け流されたホール&オーツだが、リリースされてから35年が経って、改めて本作を聴いてみると、彼らの真摯なアルバム作りと、単なる流行のサウンドではない普遍的な音楽を追究していたことがよく分かる。本作を含め、彼らが80年代にリリースしたアルバムは秀作揃いなので、まだ聴いたことがないという人は、この機会に聴いてみてほしい。

著者:河崎直人

OKMusic編集部

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