ザ・バンドの傑作
『ロック・オブ・エイジズ』は
入門用にもってこいの逸品!

『Rock Of Ages』(’72)/The Band
ザ・バンドというジャンル
メンバー5人(うち4人がカナダ人)が幼い頃から聴いていた音楽は、カントリー、ブルース、ロックンロール、ロカビリー、R&B、ソウル、ゴスペル、ブルーグラス、フォーク、ジャグバンド、オールドタイムなど、確かにアメリカのポピュラー音楽の根っこにあるルーツ系音楽だ。ただ、彼らの作り上げた音楽は、それらの輪郭が分からないぐらい混ぜ込んで、まったくのオリジナルなサウンドを作り上げているのだ。僕は彼らの音楽に魅せられてから、すでに45年以上が経過するのだが、その独特のソングライティングや演奏のカラクリがどうしても理解できないのである。他の誰にも似ていない、まったく新しい形態の音楽を生み出したのがザ・バンドというグループなのだ。だから、僕は“ザ・バンド”というグループそのものがひとつのジャンルだと考えている。
ザ・バンドの不思議なデビュー
エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、はっぴいえんど、はちみつぱい、ムーンライダース、ジョン・スコフィールド、ビル・フリゼル、イギリスの多くのパブロック・グループ、メデスキ、マーティン&ウッドなど、ザ・バンドを敬愛し音楽的にも影響されているミュージシャンは少なくないが、残念ながら誰もザ・バンドの域には到達していない。
68年にリリースされた彼らのデビュー作『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』は商業的成功などまったく考えていない、いわば芸術的スタンスで制作された作品だ。これが世に出たこと自体、不思議なことである。プロデューサーを含め、レコード会社(キャピトル)も売れるとは考えていなかっただろう。しかし、彼らの音楽は売れようが売れまいがリリースしなくてはいけないという、芸術家にとってのパトロン的な意識が働いたとしか思えない。当時のレコード会社には、良いものを分かっている人がちゃんといたんだという証だと思う。
時代をまったく無視した音作り
こういう時代にザ・バンドはデビューした。『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』のジャケットでは、見開きの左側には西部劇に出てくるような田舎くさい髭面のメンバーが写っており、右側には同じくメンバーの祖父母や両親など家族の集合写真がある。僕がこのアルバムを手にしたのは中学3年(72年)で、当時の印象は白黒の西部劇を観ている感じであった。これは流行や時代にはまったく関心がないという意思表示であろうし、良い音楽を追求するというスタンスの表明であったのかもしれないが、楽曲や演奏にポップな部分がないので、子供である僕にとって、最初は彼らの音楽がまったく理解できなかった。おそらく彼らにとってリスナーがどうこうと言うよりは、自分たちの目指す音楽をストイックに創り上げることだけが命題であったのだろう。そういう意味で、彼らの音楽は大人向けのものであった。それが理解できたのは、何度も何度も聴いてアルバム全曲が歌えるようになった時。それ以来45年以上、まったく飽きることなく彼らのアルバムを聴き続けているのである。
本作『ロック・オブ・エイジズ』
について
本作は彼らの5枚目となるアルバムで、それまでの4作から選ばれた13曲と未収録(ライヴではよく演奏していた)だったナンバー4曲を合わせ、全17曲を収録している。本作の特徴としては、ライヴ盤であるにもかかわらず録音状態が良く、ミキシングも抜群に巧いため、演奏の臨場感が素晴らしい。ゲスト参加のホーンセクションはジャズ(当時フリー系の一流どころを揃えている)のフィールドから5名が参加、最高の演奏を聴かせている。ホーンアレンジと指揮はニューオリンズの大御所、アラン・トゥーサンが担当、前作の『カフーツ』(’71)で既にザ・バンドとの付き合いがあったためか、実にザ・バンドらしいホーンアレンジとなっている。アメリカのルーツ系アーティストなら南部で活動しているメンフィスホーンズなどを使うのが普通であるが、このへんがザ・バンドのワン・アンド・オンリーたる所以でもある。ただ、僕は本作のホーンアレンジはアラン・トゥーサンではなく、メンバーのガース・ハドソンだと個人的には考えている。トゥーサンは最終チェック程度のような気がするのだが…。
ロビー・ロバートソンの乾いたテレキャスター、リック・ダンコの跳ねるフレットレス・ベース、レヴォン・ヘルムの重いけどタイトなドラム、リチャード・マニュエルの枯れたヴォーカル、そしてほぼ全員のコーラス、そのどれもが素晴らしいのだが、やはりガース・ハドソンのピアノとオルガン(サックスも)は絶品だと再認識させられる。彼のすごいプレイはそれだけに耳をすませて聴いてみると、ゴスペルやR&Bというよりはプログレに近い演奏なのだが、本作に収められた7分半の即興独演「ジェネティック・メソッド」では、アイリッシュトラッド的な香りや前衛音楽寄りのスタンスが感じられる名演が聴ける。
彼らのアルバムは、デビュー作の『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』(’68)、2ndの『ザ・バンド(俗称ブラウンアルバム)』(’69)、3rd『ステージ・フライト』(’70)、4th『カフーツ』(’71)、本作『ロック・オブ・エイジズ』(’72)、6th『ムーンドッグ・マチネー』(’73)、7th『南十字星(原題:Northern Lights - Southern Cross)』(’75)までは、どれも完璧な仕上がりで、僕はどれもがアメリカ音楽の至宝だと確信しているが、本作に収録された曲はどれもザ・バンドの代表曲と呼べるものばかりで名曲揃いなだけに、ザ・バンドの入門作品としてはこの『ロック・オブ・エイジズ』が最も適したアルバムだと思う。
TEXT:河崎直人