哀愁あるメロディーを轟音で料理する
ダイナソーJr.のメジャー移籍第一弾
『グリーン・マインド』

『Green Mind』(‘91)/Dinosaur Jr.
ポストパンクからオルタナティブへ
ブラック・フラッグ、ソニックユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ピクシーズ、ハスカー・ドゥ、デッド・ケネディーズなどが人気を得て、当初は地域密着型(地元でのライヴ、地元近辺のインディーズレーベルと契約)のスタイルで人気を集めていく。CMJがそれらオルタナティブロックのアーティストたちを取り上げると大きな話題となり、レコードは大いに売れた。また、彼らが一般的なビルボードチャートやMTVに登場することはなかったが、グランジ、スラッシュメタルなどインディーズから発信される新しいロックは、あっと言う間に全米レベルで浸透していった。
全米各地のインディーズレーベル
サウンドガーデン、マッドハニー、ニルヴァーナなどといった大物オルタナティブロッカーを擁したシアトルのサブ・ポップは、ローファイとグランジを広めたレーベルで、所属アーティストだけでなく所属してない地元アーティストまでをぎっしり詰め込んだサブ・ポップならではのサンプラー盤は、バンドごとのディスコグラフィーも付いていてマニア心をくすぐり、真似をするレーベルが続出した。このサンプラーのおかげでオルタナティブロックのファンは間違いなく増えた。
ハリウッド発のエピタフレコードは、バッド・レリジョンのブレット・ガーヴィッツが中心となって設立されたレーベル。もちろん当初はバッド・レリジョンのレコードをリリースしていたが、オフスプリングのアルバムが1,000万枚売れたことで、トム・ウェイツやマール・ハガードまでリリースする、もはやインディーズとは呼べない中堅レーベルにまで成長している。
ブラック・フラッグのグレッグ・ギンがカリフォルニアのロングビーチで創立したSSTレコードは、ハスカー・ドゥ、ソニックユース、ミニットメン、バッド・ブレインズといった硬派のアーティストたちや、フレッド・フリス、ヘンリー・カイザーなどの前衛音楽のアーティストが所属し、オルタナティブロッカーの間では半ば神格化されていたレーベルだ。ソニックユースのサーストン・ムーアに紹介され、ニューヨークのインディーズからすでにデビューしていたダイナソー Jr.は念願のSSTに移籍し、87年に2ndアルバム『You’re Living All Over Me』をリリース。ニール・ヤング&クレイジーホースのサウンドにターボエンジンを積んだような爆音サウンドを武器に、オルタナティブロック界の雄として注目を集めることになる。