ロック史上、最も神秘かつ
謎に包まれたバンドとされる
サード・イアー・バンドの
異端の世界を覗いてみる
ピンク・フロイドがいた
“プログレ”レーベル
『ハーヴェスト』からデビュー
どのようなメンバーで、どんなふうにバンドはスタートしたのか、近年になるまで何も伝わってこなかったのだが、インターネットの時代になって、バンドの画像の他に、動画サイトに演奏風景までが紹介されるようになり、いかにも70年前後のロックバンド然としたロングヘアーのメンバーたちが演奏する姿を目にして、私は唖然としたまま見入ってしまったものだ。本作で言えばメンバーはグレン・スウィーニー(パーカッション)、ポール・ミンス(オーボエ、リコーダー)、リチャード・コフ(ヴァイオリン、ヴィオラ)、ウルスラ・スミス(チェロ)だが、メンバーは流動的で、こののちリーダーのグレン・スウィーニー以外は大幅に入れ替わっていくのだが、一時的に関わったメンバーを含めると結構な人数になる。中にはエルトン・ジョンやデヴィッド・ボウイをはじめとした英国ロック界のスターの間で引っ張りだことなり、さらにマイルス・デイヴィスのようなジャズ界の巨匠とも仕事をするポール・バックマスター(チェロ、オーケストレーション)や、これまたデヴィッド・ボウイのステージをサポートしたサイモン・ハウス(ヴァイオリン)、モット・ザ・フープルのメンバーとしても活躍したモーガン・フィッシャー(キーボード)など、逸材を輩出しているところも興味深い。個々の経歴、特にグレン・スウィーニーのミュージシャンとしての歩みなど知りたいところなのだが、ほとんど明らかになっていない。数少ないインタビューで、スウィーニーは影響を受けたミュージシャンとして、ラヴィ・シャンカール、サン・ラー、ピンク・フロイド、マイルス・デイヴィス、テリー・ライリーの名を、他にイングランド出陳の神秘主義者あるいは魔術師で知られるアレイスター・クロウリーや禅思想を挙げていた。他のメンバーも同様に黒魔術や禅に入れ込んでいたかどうかは分からないが、演奏者としては、みんな、クラシック音楽の素養があると見ていいだろう。
バンドは1968年頃にロンドンで結成されているのだが、時のアンダーグラウンド音楽やカルチャーの中心だったUFOクラブ(ピンク・フロイドやソフト・マシーン、ヨーコ・オノらが出入りしていた)でのフリーセッションで集まったメンツの中からバンドが形作られたことが分かっている。よく知られているのは本作を含む、初期の『錬金術』(’69)、本作『天と地、火と水』(‘70)、サウンドトラック盤『マクベス』(’72)の3作だが、バンドは解散、再編成を繰り返しながら1997年頃まで散発的に活動が続けられたようだ。ライヴ作としてサード・イアー・バンド名義で『Exocisms』(‘16)、『Spirits』(’17)という作品が残されているが、いずれも過去のライヴ音源のリイシュー作だと思われる。意外なところでは、1969年にクリーム解散後にエリック・クラプトン、スティーブ・ウィンウッド、ジンジャー・ベイカー、リック・グレッチらで結成されたブラインド・フェイスのロンドン、ハイドパークで行なわれたフリー・コンサートの前座に、どういういきさつかサード・イアー・バンドが出演している。わずかなものだが、演奏シーンが記録されている。ブラインド・フェイスのブルース系ロックを期待して集まった観客が、彼らの演奏に当惑した表情を浮かべている様子、トリップし踊る女性の姿など見ることができる。他にもボブ・ディランやジミ・ヘンドリックス、ザ・フー、ジョニ・ミッチェルらも出演したワイト島フェスティバルにも彼らは出演しているらしいのだが、こちらの映像は今のところ発見されていないらしい。