80年代以降の音楽の構造を
変革したクラウト・ロックの鬼才
ホルガー・シューカイの傑作
『ムーヴィーズ』
米英ポピュラー音楽市場に
衝撃をもたらした『ムーヴィーズ』
カンの頭脳であり、その風貌から変人、奇人をイメージさせるシューカイのソロだから、出てくる音はさぞや実験性たっぶりで難解だろうと身構えていたところが、出てきたのは何ともポップなサウンドだった。実はカンの音楽性も意外とポップで聴きやすいところが多々あったものだが、最初の印象は裏をかかれたと思うくらい意外なものだった。
冒頭、「クール・イン・ザ・プール(原題:Cool In The Pool)」は、一瞬ヒップホップを思わせる、ねじれたダンスチューンみたいな曲。何も知らずに聴けばシューカイだと気づかなかっただろう。デヴィッド・ボウイの「レッツ・ダンス(原題:Let's Dance)」(’83)の先を行くようでもある。続く「オー・ロード,ギブ・アス・モア・マネー(原題:Oh Lord, Give Us More Money)」は一転して冷ややかな空気感に支配されたインプロビゼーション風の長尺曲。ここでもテープ・コラージュやオーバーダブを駆使し、様々なフレーズや音源が重ねられている。万華鏡のように曲は変化していくが、不思議な統一感があり、聴くほどに馴染んでいく。
アナログ時代はB面のオープニングとなる「ペルシアン・ラヴ」は先のほうでも少し述べたが、改めて聴くと、この奇妙なダンスビートも、80年代のユーロビートよりもずっと先んじたものだったことに唸らされる。私は未確認だが、発表当時、ディスコではこの曲で踊る人たちもきっといたことだろう。何というクールなことをやっていたのかと、今の耳で聴いても古さを全く感じない。そし、て不可思議な曲構成を持った「ハリウッド・シンフォニー(原題:Hollywood Symphony)」はいかにもカン=シューカイらしさが現れた傑作だ。次々と現れては消える音像の展開はタイトルからうかがえるようにハリウッド・ムーヴィーを切り貼りしたようにイメージを喚起させる。15分という長さにも関わらず冗長さをまるで感じさせない。
このアルバムで聴ける様々な音のコラージュは、録音テープを微細に切り貼りするという手法で行なわれている。ビートルズやピンクフロイドなどもやっていたアナログな作業である。さぞや手間のかかる作業だっただろう。デジタルデータ化した音源をPC上でDTM編集する現在なら1日でやれてしまいそうな作業に、当時は2年もの時間と労力を費やしたことになる。だが、手作業というプロセスを経たからなのか、本来なら硬質かつ無機質、機械的なものにまとまりそうなシューカイの音楽が、ローファイな質感を伴い、妙に人肌のぬくもりさえ感じさせる温かさ、人間味が加味されているようにも思える。そんなところも、本作を傑作たらしめているのではないだろうか。