巧みな表現力で
私小説のように名曲を紡いだ
シンガー・ソングライター、
ジャニス・イアンの名作『スターズ』
「Stars」にまつわる、
もうひとつのドラマ
ピアノに座り、シモンが歌い出したのはジャニス・イアンの「Stars」だった。ところが観客席を歩く人を目にすると彼女は歌を中断し、怒気をはらんだ声で「座りなさい…。座れ!」と一喝するのだ。いつしか観客を叱りつけるアーティスト=ニーナ・シモンという有り難くないイメージまでつけられることになる有名な事件だった。
もっとも、彼女にとっては事件というほどのことではなく、以前から「私は客に失礼な態度を取られた時には、それは私の音楽に対する冒涜であるから演奏を中断することにしている」と公言していたから、その考えに従ったまでのことだった。観客席を歩いていたことがどれほど失礼なことなのかは判断がつかないけれど…。
会場は一瞬凍りつくが、やがて拍手に包まれる。そしてニーナ・シモンは何事もなかったように再び「Stars」を歌い始める。この有名なシーンは彼女のドキュメンタリー映像作品『ニーナ・シモン〜魂の歌』(2015年Netflixで公開)のハイライトとして紹介されている。
#Nina Simone - Stars
(at Montreux Festival in 1976)
70年代〜80年代、ジョニ・ミッチェルやカーリー・サイモン、リンダ・ロンシュタット、キャロル・キング…と、名だたる女性シンガーらがチャートを彩った時代だが、彼女たちほどカリスマ性を持ち合わせてはいないにせよ、星の数ほどの魅力あるシンガーが現れては消えるシーンにあって、ジャニス・イアンやジェニファー・ウォーンズ、フィービー・スノウ、ヴァレリー・カーター、ケイト・ウルフ…etc、といったシンガーはそれに次ぐ存在だったかもしれない(彼女らのアルバムもいつか紹介したいと思う)。浮き沈みの激しい人生だったかもしれないが、長く音楽活動を続け、多くの秀作を残したジャニス。ぜひ、この機会に彼女の名作に耳を傾けてほしい。
TEXT:片山 明