巧みな表現力で
私小説のように名曲を紡いだ
シンガー・ソングライター、
ジャニス・イアンの名作『スターズ』

「Stars」にまつわる、
もうひとつのドラマ

1976年のモントルー・ジャズ・フェスティバルは一人の女性アーティストのパフォーマンスによって、長く語り継がれるものになった。その女性とはニーナ・シモン(Nina Simone、1933-2003)。米国初の黒人クラシック・ピアニストを目指したほどの卓越した演奏家であり、ジャズ、R&B、ゴスペル、ブルースを縦断したシンガー、そしてマーティン・ルーサー・キング牧師を師と仰ぐ公民権運動の闘士でもあった。その彼女がほぼ10年振りにモントルーのステージに立った。それは、この間に栄光と挫折を繰り返した女王の全身全霊をぶつける激情のステージだった。充分な音楽活動の機会が得られない状況、米国を離れ、アフリカやスイスと住まいを変えざるを得なかったこと、私生活の破綻、過度の飲酒等、トラブルまみれだったことが嘘のように、それは圧倒的なものだった。そしてアンコールでドラマは起こる。

ピアノに座り、シモンが歌い出したのはジャニス・イアンの「Stars」だった。ところが観客席を歩く人を目にすると彼女は歌を中断し、怒気をはらんだ声で「座りなさい…。座れ!」と一喝するのだ。いつしか観客を叱りつけるアーティスト=ニーナ・シモンという有り難くないイメージまでつけられることになる有名な事件だった。

もっとも、彼女にとっては事件というほどのことではなく、以前から「私は客に失礼な態度を取られた時には、それは私の音楽に対する冒涜であるから演奏を中断することにしている」と公言していたから、その考えに従ったまでのことだった。観客席を歩いていたことがどれほど失礼なことなのかは判断がつかないけれど…。

会場は一瞬凍りつくが、やがて拍手に包まれる。そしてニーナ・シモンは何事もなかったように再び「Stars」を歌い始める。この有名なシーンは彼女のドキュメンタリー映像作品『ニーナ・シモン〜魂の歌』(2015年Netflixで公開)のハイライトとして紹介されている。

#Nina Simone - Stars
(at Montreux Festival in 1976)

※最初のほうで紹介したジャニスが最後のスタジオレコーディング作としている最新作『Light At The End Of The Line』(’22)には敬愛するこのニーナ・シモンにあてて「Nina」という美しい曲が収められている。

70年代〜80年代、ジョニ・ミッチェルやカーリー・サイモン、リンダ・ロンシュタット、キャロル・キング…と、名だたる女性シンガーらがチャートを彩った時代だが、彼女たちほどカリスマ性を持ち合わせてはいないにせよ、星の数ほどの魅力あるシンガーが現れては消えるシーンにあって、ジャニス・イアンやジェニファー・ウォーンズ、フィービー・スノウ、ヴァレリー・カーター、ケイト・ウルフ…etc、といったシンガーはそれに次ぐ存在だったかもしれない(彼女らのアルバムもいつか紹介したいと思う)。浮き沈みの激しい人生だったかもしれないが、長く音楽活動を続け、多くの秀作を残したジャニス。ぜひ、この機会に彼女の名作に耳を傾けてほしい。

TEXT:片山 明

アルバム『Stars』1974年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. Stars
    • 2. The Man You Are in Me
    • 3. Sweet Sympathy
    • 4. Page Nine
    • 5. Thankyous
    • 6. Dance with Me
    • 7. Without You
    • 8. Jesse
    • 9. You've Got Me on a String
    • 10. Applause
『Stars』(‘74)/Janis Ian

OKMusic編集部

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