夭折した
ジェフ・バックリーが残した
永遠に色褪せない不朽の名作
『グレース』
発売から10年後、
新たなフォーマットで蘇った新装版
『Grace』
特にボブ・ディラン、ブッカ・ホワイト+ロバート・ジョンソン、ニーナ・シモンといった秀逸なカバーからはジェフのシンガーとしての表現力の凄さを知ることができるだろう。同様にオリジナルアルバムの収められたレナード・コーエンの「Hallelujah」もそうだし、『Live at Sin-é』に収録されているヴァン・モリソンの「The Way Young Lovers Do」もぜひ聴いてみてほしい。“オリジナルを超えている”と書いたのでは先人に失礼になるかとは思うのだが、ジェフの一連のカバーを耳にすると、これはある意味、“オリジナルである”と言いたくなるほどの、“自分のものにしている”感が激しく伝わってくるのだ。
また、DVDにはスタジオレコーディング映像、ライヴ・パフォーマンスとともに、ジェフをはじめ、プロデューサー、バンド仲間など、当時このアルバム制作に関わった人々による証言からなる、名盤『Grace』の誕生秘話が語られるドキュメンタリーとなっている。さらにプロモビデオ、凄まじいほどに才能がほとばしるシカゴでのライヴパフォーマンスも収録されている。こうした映像からジェフの、繊細でストイックなアーティストとしての一面、純粋かつ情熱的、強烈な個性が記録されている。
オリジナルアルバム『Grace』だけでもいいが、いくつかの曲を聴いてもっと彼を知りたいと思われた方は、ぜひLEGACY EDITION『Grace』、原石のようなピュアなジェフの才能の煌めきが感じられるLEGACY EDITION『Live at Sin-é』をお求めになるといい。
ここまでの文脈からジェフがすでにこの世の人ではないことはおわかりかと思う。彼は1997年5月29日夜、レコーディングのために滞在していたメンフィスの、ミシシッピー川で遊泳中に溺死する。友人と食事をした後、ドライブに出かけ、なぜかブーツを履いた状態で川に入って泳いでいたが、同行者が目を離した瞬間に姿が見えなくなったという。地元警察らによって捜索活動が行われたものの見つからず、5日後の6月4日に地元住民が遺体を発見する。不可解な死だった。飲んではいたが泥酔するほどではない。ドラッグの使用も疑われたが、同行者はそれを否定している。自殺の線も考えにくい。単なる事故なのか…。今ほどインターネットが普及している時代ではなかったが、遺体発見の報を受け、ラジオが伝える速報を耳にした時は愕然としたものだ。父親のティム・バックリーは28歳で亡くなっている。そんなところまで同じ夭折の血筋を辿らなくてもいいではないか、と当時そんなことを思ったものだ。
世界中から期待される、『Grace』に続く2ndアルバムの制作は難航していたと言われる。ひと通り完成させた録音を、なぜか彼は没にしている。新たに仕切り直しをするべく、マット・ジョンソン(Dr)らバンドメンバーをニューヨークから呼び寄せることにする。何ということか、メンバーはメンフィスに到着したその日に、ジェフの行方不明を知らされるのだ…。
ジェフの死の翌年、製作途中だったアルバム『Sketches for My Sweetheart the Drunk(邦題:素描)』が遺作として発表されている。プロデュースを努めたトム・ヴァーラインとのセッション、ジェフがひとりでメンフィスの借家で録音したものなどを中心に構成された2枚組を聴くと、なぜ彼がこれを没にしたのか分からない素晴らしい作品が詰まっている。彼には彼の考えがあったのだろうと思うしかないのだけれど。同作は98年度グラミー賞の「最優秀男性ロック・ヴォーカル賞」にノミネートされている。
生きていれば、56歳になろうかというジェフ・バックリー。こうして音源を振り返ればなおのこと、その早すぎた死、運命のいたずらを恨まずにはいられない。
※もうひとつのとてつもない才能、父親ティム・バックリーに触れるスペースがなかったが、別の機会にぜひ紹介したいと思う。
TEXT:片山 明