夭折した
ジェフ・バックリーが残した
永遠に色褪せない不朽の名作
『グレース』

生まれながらに“伝説”をまとった
ジェフ・バックリー

ジェフ・バックリー(Jeffrey Scott Buckley)は1966年、カリフォルニア州アナハイムで生まれている。父親はティム・バックリー。ジャズに接近した独自のフォークスタイルと比類なきヴォーカリゼーションで、60年代を代表するシンガーのひとりである。しかし、ジェフが生まれた時には彼の母親とティムは離別しており、出産の事実も知らされなかったという。その後、ジェフが8歳の頃に一度だけ父子は会ったことがあるそうだが、その1年後にはティムはドラッグのオーバードーズにより急逝している。

ジェフは母親マリーに育てられるのだが、彼女もピアノやチェロを弾く人で、音楽環境には恵まれていたようだ。ティーン・エイジャーになるころにはロックからフォーク、ジャズ、ブルース、さらにシャンソン、民族音楽まで手当り次第に聞き漁り、バンド活動も始めたようだ。高校卒業は音楽学校に通い正式な音楽教育も受けつつ、ホテルで働きながらバンド活動を続けるものの、まったく芽は出ず、また誰も彼のヴォーカリストとしての魅力にも気づかなかったようだ。下積み生活を続けるうちに、意を決して彼は亡き父親の元マネージャーに連絡を取り、デモテープを送ったり、レコード会社に自ら売り込んだりする。しかし、なかなか契約には至らない。だが、その元マネージャーからある日、一本の電話がかかってくる。それが、1991年4月26日、NYブルックリンの聖アン教会で行なわれたティム・バックリィのトリビュートコンサート「Greetings from Tim Buckley」についてであり、電話はジェフへの出演依頼だった。母と自分を捨てた父への葛藤から、ふたつ返事で出演を承諾…ということはなく気持ちは逡巡したようだが、最終的にはジェフは出演をオッケーし、ニューヨークへ向かう。結果、ティム・バックリーを偲んで会場に集まったファンは、ジェフの驚くべき才能を目にすることになる。父親譲りとしか言いようのないヴォーカリゼーションには、まだパフォーマーとして未熟でありながらも、ティムのDNAが確かに息子に受け継がれ、とてつもない歌い手になるかもしれないという期待感を抱かせたのだ。

このあたりの情景は『グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの』(2014年公開)と題され、映画化された、ジェフをモデルとした伝記ドラマをご覧になるといいだろう。

以降、ジェフはニューヨークを拠点にし、クラブやカフェを中心にライヴ活動を繰り返す。その時期にイーストヴィレッジにあるクラブ「Sin-é」での弾き語り4曲を収録したものが『Live at Sin-é』(’93)としてコロンビア傘下のインディーズから出る(ジェフの死後、2003年にレガシーエディションとして2CD+DVDで再発されている)。このアルバムあたりから日本でも「ティム・バックリーの息子ジェフが…」と音楽雑誌でも取り上げられ始めたと思う。私が彼を知ったのもそんな頃だ。そして、ついにジェフは業界大手のコロンビアレコードと契約、時を置かず『Grace』のレコーディングが開始される。

アルバムは発売後、爆発的に売れて…とはいかなかったようだ。それどころか、売上は最初、芳しくなかったという。実際、年間チャートを見ると、トップ10に入ったのはオーストラリアぐらいで、自国のビルボード200でさえ149位ぐらいにとどまっている。ところが、「ティムの息子」という話題性も含め、ジェフのヴォーカルのすごさ、巧みなギター演奏、ソングライティングに対し、評判が評判を呼び、次第にチャートを駆け登り始める。それも世界中で。また、評論家筋、それからポール・マッカートニーやエルトン・ジョン、ジミー・ペイジ、U2、エルヴィス・コステロ、デヴィッド・ボウイ、ボブ・ディランといった名だたるミュージシャンがこぞってこのアルバムを絶賛し、ジェフのコンサートは瞬く間に軒並みソールドアウトとなるのだ。そして、ゆっくりと時間をかけ、アルバムは米英、フランス、イタリア、オーストラリア、カナダ、他で軒並みプラチナ、ゴールド・ディスクに認定される。1995年1月には来日公演も行なわれている。

アルバムからは「Grace」「Last Goodbye」「So Real」「Eternal Life」がシングルでヒットする。また、レガシーエディションに収録された「Forget Her」が2004年にシングルとして出てヒット、本稿の冒頭で書いた「Hallelujah」にいたっては2007年になってシングルカットされ、全英チャートで2位を獲得する。本人の死後、それも数年たってなお、チャートに上ったりするとは、普通は考えられないことだ。
※「Forget Her」は本来はオリジナルアルバムに収録されるはずだったが、ジェフの“個人的な理由”で「So Real」に差し替えられたという経緯があった。

OKMusic編集部

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