11月の来日公演が近づいてきたイエス。何せ、名盤『こわれもの-Fragile -』『危機-Close to the Edge-』を完全再現、ついでに日本初披露の新曲も演奏という触れ込みだけに、古くからのプログレッシブロック・ファンには見逃せないショーになるのではないかと。もちろんイエスを知らない若いリスナーにも、この名バンドの鉄壁の演奏に触れる絶好の機会だ。ぜひ足を運んでほしい。というわけで、予習のための5曲を選んでみようかと思う。トータルアルバム・コンセプトを売りにしてきたバンドだから、先述の名盤2枚をぶっ通しで聴いてほしいのは山々なれど、ここは知恵を絞って厳選してみよう…と意気込んだものの、やっぱり悩んだ。すごい演奏ばっかりなのだ。いっそ、歴代キーボーディスト(トニー・ケイ、リック・ウェイクマン、パトリック・モラーツ、ジェフ・ダウンズ)で各1、2曲をと思ってみたりしたのだが、コンサートに備えてということを考えれば、やはり『こわれもの-Fragile -』『危機-Close to the Edge-』/ リック・ウェイクマン時代の作品から選ぶ、というのが順当かと。ちなみに、11月の来日メンバーはChris Squire/クリス・スクワイア (B)、Steve Howe/スティーヴ・ハウ (G)、Alan White/アラン・ホワイト (Ds)、Geoff Downes/ジェフ・ダウンズ (Key)、Jon Davison/ジョン・デイヴィソン (Vo)と、残念ながら『こわれもの』『危機』を制作した時のラインナップではないのだが、ジェフ・ダウンズは「ロンリー・ハート」('83)を全米No.1ヒットさせた立役者だし、認知度はゼロに等しいのだがヴォーカリスト、ジョン・デイヴィソンはジョン・アンダーソンの声を再現できる実力派だと評判も上々だ。じゃ、いってみようか!

1.「Roundabout」('72)

 『こわれもの-Fragile -』の冒頭を飾る、彼らの代表曲。音響効果も抜群の導入から、エッジの効いたロックバンド然とした疾走感が素晴らしい。特に、ここでのクリス・スクワイアのうねるようなベースは強烈。転調に次ぐ転調で、いかにも彼ららしい複雑な構成を持った曲だが、5分ほどのハードな展開をすぎて、静謐なオープニングテーマに立ち返ると、そこから先陣を切るようにリック・ウェイクマンが見事なキーボードのソロを決める。この曲ではシンセは多用せず、オルガン主体のロックキーボードでドライブ感を生むのに貢献している。それを受けて立つようにスティーブ・ハウが鋭角的なギターを弾きまくる。ライヴでもそのあたりの両楽器の担い手の応酬が見せ場となるだろう。

2. 「Heart Of The Sunrise」('72)

 “構成美”なんて言葉はないけれど、そう言いたくなるような曲。超高速でベース、ギター、そしてドラムがユニゾン的にリフを仕掛け、怒濤のスタートを決めると、一転して幻想的な静けさに場面を移す。ここでビル・ブルフォードが一世一代のドラミングを披露する。とても本人以外には真似のできない、イマジネーションとテクニックを総動員し、変拍子多用の複雑かつ繊細、芸術の領域に踏み込むようなドラムだ。劇的に歌い上げるジョン・アンダーソンの美しいヴォーカルも見事だ。パズルを組み合わせるように、それぞれのパートが繰り返し演奏される構成なのだが、11分28秒の長尺曲であり、全員一丸となって一寸のズレもない、凄まじいばかりの演奏で駆け抜けるさまは何度聴いても圧巻だ。ライヴで再現するのは至難の業のはずだが、彼らはライヴ作『Yessongs』('73)で難なくこなしている。

3.「Close To The Edge」('72)

 何とLP時代には『危機-Close to the Edge-』のA面を占めていた1曲である。18分43秒もある。もっとも、組曲的な展開なので1曲であることを感じさせないだろう。川のせせらぎに鳥のさえずりという、何とも美しい導入にうっとりしていると、一気になだれ込むように全員で鋭角的に切り込んでくるが、ほぼジャズ的な展開でフレーズを繰り出すスティーブ・ハウのギターはすごい。リック・ウェイクマンのシンセも実に効果的。シーケンサーなどなかった時代であり、手弾きでこなしていたことを考えると、それも驚き。個々が繰り出す壮絶なまでのプレイが化学反応を起こし、とてつもない緊張感を生んでいる。そうした息もつかせぬ演奏の一方で、美しいメロディーで静・動を目まぐるしく転調させる曲構成。イエスの魅力がこれでもかと詰め込まれた曲だ。

4.「And You And I」('72)

 スティーブ・ハウのアコースティックギターに導かれて始まる、イエスの数ある楽曲中で最も美しい一曲かもしれない。次いでインしてくるリック・ウェイクマンのシンセの温かい音色、転調してから雄大なまでに流れるメロトロン(キーボード)によるオーケストレーション。硬質なベースに、竹を割ったような抜けのいいドラム、およそロックヴォーカリストらしからぬ生成りのようなアンダーソンのヴォーカル、それらが融合して生み出されるサウンドの息を飲むような美しさには、発表から40年以上が過ぎても色褪せない。テクニックうんうぬんが語られることが多いイエスだが、このあたり、エンジニアのエディ・エフォードのサウンドメイクの技術、センスによるところも大きかったに違いない。

5.「Siberian Khatru」('72)

出 だしのスティーブ・ハウのギターカッティングがビシッと決まり(カッコ良すぎ)、ハードにドライブする、ライヴでも演奏されることが多い人気曲だ。メンバーチェンジの遍歴を重ねたイエスだったが、歴代最強、最高時のメンバーによる演奏のすごさを心底実感させてくれる曲でもある。プログレバンドに付きものの、奇をてらった演出やコンセプトうんぬんを語る前に、彼らは個々のスキルを余すところ使い切り、それを極めてロック的なダイナイズムの中で生かし切る。そんなところが潔いというか素晴らしい。陰鬱に悩んだりしないのだ。この曲でも少しでも息抜き、楽をしていそうなメンバーは誰もいない。楽曲の構成、展開の素晴らしさともに文句なし。聴き終わると、そのテンションの高さに叩きのめされ、しばらく身動きできないのは私だけだろうか。

著者:片山明

OKMusic編集部

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