馬場俊英が
流行に塗れない歌い手であることを
天下に堂々と示した
『人生という名の列車』
作編曲家としての確かな手腕
“そりゃあメジャーのレコード会社はこのアーティストを放っておかないだろう”──今もそう感じる楽曲がある。ポップスとしてちゃんとしているし、いろいろと巧みなのだ。例えば、M3「風の羽衣」。聴く人によっては、フォーキーなナンバーと受け取る人もいるかもしれないし、それはそれで間違ってもいないのだろうが、個人的には単にフォーキーと片づけられないほどに、いちいち良くできていると感じる。確かにイントロではアコギのストロークが聴こえてくる。M1、M2「君の中の少年」はまさにフォーキーだし、テンポは少し落ちるとは言え、それらに引き続いてのM3であるから、聴き手のアーティスト像は大きく変わらないだろう。ただ、そこにフルートが重なる。エレキギターがワウペダルを使ってチャカポコと鳴らされ、ファンキー要素のあるナンバーであることが露わになっていく。1番と2番の間、いわゆるブリッジでのサウンドはそれがさらに派手になっていくし、後半のサビでは溜めの効いたブレイクを入れて決めてくる。サビもキャッチーでさわやかなので、これはフォークというよりも、昨今ブームのシティポップ寄りと言ったほうが良かろう。M1、M2からシームレスに曲をつなげつつ、サウンドを変化させていく。アルバムとしてなかなか粋な作りだ。
M4「STATION」はミドルバラード。バンドサウンドでエレキギターも強めな上、ピアノ、ストリングスも配されている。サビメロはドラマチックでR&B的でもある。アコギが聴こえてくるものの、これも単にフォーキーというわけではない。続く、M5「一瞬のトワイライト」はM3以上にシティポップなサウンドを聴くことができる。Aメロは言葉多めで、そこは一瞬フォークソング要素を感じてしまうが、楽曲が進むに連れて、その言葉の多さにはブラックミュージック的な解釈ができることに気付く。ラップ…とまでは行かないけれど、リズミカルにヴォーカルが展開しているのである。加えて、サビはレンジが広く、M4以上にR&B的。キャッチーでありながら、しっかりと昇っていく。メロディーメーカーとしての確かな手腕が分かろうというものだろう。
アルバム後半も、M7「涙がこぼれそう」での、やはりブラックミュージック要素を感じさせるメロディを聴かせつつ、ロック色の強いサウンドも聴きどころではあるのだが、最注目はM8「アイビー」だろう。The Beatlesのオマージュ全開である。ブラス、ストリングス、オルガンに加えて、リバース音も聴こえてくる。ドラムの音も何ともらしい。歌のメロディは、それなりにJ-POP的で(…というと若干語弊があるかもしれないが)、展開はThe Beatles楽曲を彷彿とさせる。《タンジェリンとマーマレードのフレイバー》という歌詞は「Lucy in the Sky with Diamonds」からの拝借だろう。別にThe Beatlesオマージュが偉いとか言いたいのではない。もっと言えば、前述のシティポップやブラックミュージック要素が特別にいいというわけでもない。そういうことではなく、この辺からは、M1やM9で披露している歌詞の世界観だけでなく、その他の音楽的要素──メロディー、サウンドのポテンシャルの高さが馬場俊英に備わっていたことがしっかりと感じられる。こんなアーティストをメジャーのレコード会社はもちろんのこと、音楽好きなリスナーが放っておくはずがない。彼はそもそもブームに吞まれないアーティストであったのだ。
TEXT:帆苅智之