小野リサが
ハワイアンも取り込んだ傑作アルバム
『BOSSA HULA NOVA』に
ボサノヴァの真髄を見る
クラシカルなナンバーをアップデイト
個人的には、「BLUE HAWAII」というとやはりElvis Presley版の、ある種まったりとした印象があるのだが、M3はイントロからしてそれがまるでない。スティールギターを前面に出していないからだろう(おそらくほとんど使っていない)。テンポも若干上げているようだ。Presley版があまりにも有名なため、むしろそこから遠ざけたと思うのが、実際のところはどうだったのだろうか。一方、M8は、スティールギターなどは使わずに、如何にもボサノヴァ的と言える涼しげなサウンドながらも、テンポは原曲に近い。楽器のアンサンブルと歌唱法を変化させると、こんなにも楽曲の印象が変わるという好例かもしれない。その意味では、カバーらしいカバーと言えるだろうか。
M1、M3、M8は、前述したハワイ民謡よりは新しめとは言え、それぞれの初出はM1が(おそらく)1938年、M3が1937年、M8が1948年である。「BLUE HAWAII」のPresley版にしてもヒットしたのは1961年。いずれもクラシカルなナンバーと言っても呼んで差支えはなかろう。『BOSSA HULA NOVA』の良さは、そうしたハワイ民謡やクラシカルなハワイアンだけでなく、本作リリース時に比較的近い時期に制作されたナンバー(と、そうと思しきナンバー)と、小野リサのオリジナル楽曲を収めていることだろう。これによってハワイアンの歴史が紹介できると同時に、ボサノヴァの意味がはっきりとメッセージされていると思う。
M6「HAWAIIAN VAMP」のオリジナルはM13にゲスト参加しているTeresa Brightのアルバム『Self Portrait』(1990年)に収録されている(George de Fretes And His Royal Hawaiian Minstrelにも同名のインスト曲があるが、作曲者も異なるので同名異曲だろう)。原曲はソウルっぽいというか、それこそコンテンポラリーR&Bにも通じるものがあるように思うが、M6では可愛らしい感じに仕上げている印象。これもまたカバーの面白さを感じるところではある。M9「POLIAHU」とM12「SWAY IT,HULA GIRL」とはともに原曲を探すことができなかったのだが、どうやら前者はフラダンスの大家と言われる方が作ったナンバーで、後者はハワイアン音楽のプロデューサーとして知られるKenneth Makuakaneが制作に関わったものらしい(M12はハワイの“ソウルディーヴァ”と言われたLoyal Garnerが最初に歌ったものかもしれない)。どちらも完全オリジナルを聴くことが叶わなかったので何とも言えないところではあるけれど、M9はドラマティックに、M12はフレンチポップスのように仕上がっているので、そこにボサノヴァの本質である、新たな音楽的解釈があるのは確実だろう。M4「MANOA」も原曲を探せなかったのだが、作曲者が、かつてブラジルにあったレコード会社の創始者のようで、本作以前にハワイアンをボサノヴァしたナンバーのカバーなのかもしれない(調べがつかなくてすみません。どなたかご存知の方がいらっしゃったら教えてください)。
ハワイアン史の中でも多岐に渡るナンバーをカバーしたことに加えて、M5「MAUNA LOA」、M7「E ASSIM」、M11「FLOR DE YEMANJA」というオリジナル楽曲を創作している──しかも、この3曲にはしっかりとハワイアンの要素が導入されているというのも、冷静に考えると、ちょっと空恐ろしいほどだ。ハワイ音楽のアーカイブは膨大で、このアルバム制作時も、M6で分かる通り、それは途切れることなく続いていた。片手間で聴き齧った程度ではコピーすることすら難しいだろう。ボサノヴァの意味や意義と同時に、小野リサというアーティストの深淵なる才能をも感じた『BOSSA HULA NOVA』である。
TEXT:帆苅智之