『m.c.A・T』は
日本ヒップホップシーンを加速させた
音楽史上での重要作であると思う

ブラック、ダンスの潮流から生まれた

シングル曲だけを例に挙げたが、この他の『m.c.A・T』収録曲もシングルと同様、歌メロが立ったものばかりであると断言していい。ラップがヴォーカルパートの大半を占めるようなものはない。というか、昨今のヒップホップに慣れたリスナーにとっては、ラップパートは短いと感じるくらいではないかと思う。実際、ポップスで言うAメロに相当する箇所がラップになっているのがほとんどである。M2は比較的ラップが長い印象ではあるが、それでもその後に例のCメロが続くので、その長さが覆されるというか、Cメロが効果的に響くところがあると思う。メロディーを強調は意識的であったことを、のちにm.c.A・Tは述懐している。日本語ラップがまだ黎明期であると判断し、当時はまだスタイルとして新しかったラッパーが自ら歌うというかたちを選択したのだという(『m.c.A・T』収録曲のラップが韻を踏んでいなかったのも、黎明期という判断からだったという)。その判断も、彼の出自から考えると納得である。m.c.A・Tは1993年のデビューだが、彼はそれ以前に富樫明生の名義で1989年にデビューしている。今、富樫明生でググっても多くの情報を得るのに難儀するほどなので、はっきり言えば、最初のデビューはパッとしなかったようではある。ただ、その活動内容が薄かったかと言えばそういうことでもない。当時のブラックミュージック、ダンスミュージックのシーンでは確かな足跡を残している。“FUNKAHIPS ALL STARS”にそれを見出せる。

そう言われもピンとこない人がどのくらいいらっしゃるか分からないので、説明しよう。“FUNKAHIPS~”とは、1986年にデビューして一気にメインストリームに昇り詰めた久保田利伸を中心に、当時の新進気鋭のブラックミュージック、ダンスミュージックのアーティストが集まったグループのことだ。久保田とAMAZONSのプロデュースでもあった石谷仁氏が“日本のモータウンを作りたい”と1988年に発足させた“NEW BLOOD”が前身で、1989年に“FUNKAHIPS~”と改名し、ライヴ活動を中心に、シングル「OUR SONG」を発表している。参加メンバーは久保田利伸&MOTHEREARTH、AMAZONS以外に、GWINKO、DA BUBBLEGUM BROTHERS、清水美恵、DALE SANDERS、ROLLETTA HEYWOODらで、初期には米米CLUBもライヴに参加したという。そこに名前を連ねていたのが富樫明生である。1988、1989年というと日本のヒップホップも黎明期も黎明期なら、ブラックミュージックという括りで言っても、それこそ、メインストリームでヒット曲を出していたのは久保田くらいで(DA BUBBLEGUM BROTHERSの「WON'T BE LONG」の発売は1990年)、それ以前のSHANELS~RATS & STARを加えても、まだまだ小さなカテゴリーであったと言っていい。それゆえに“FUNKAHIPS~”なるグループが作られたところがあると思うが、m.c.A・T以前から富樫明生は日本の音楽の潮流をその只中で見ていたことになる。富樫名義で活動していた頃から歌うだけでなく、コンポーズ、サウンドメイキングも行なっていたわけで、その流れをいち早く自らの音楽に取り込んでいったことは容易に想像できる。“FUNKAHIPS~”は一度全国ツアーを行なったのち、シングルを発表して以降、グループでの活動は縮小していったようだが、そこに参加していた富樫明生からm.c.A・Tが生まれたことを考えると、その功績は少なくないだろう。とりわけ、ここまで再三言ってきた『m.c.A・T』収録曲でのメロディー強調のスタイルは、ブラックミュージックの同士たちとの交歓の影響はあったと考える。

TEXT:帆苅智之

アルバム『m.c.A・T』1994年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.m.c.A・T is 2 Funky.
    • 2.Coffee Scotch Mermaid
    • 3.Funky Gutsman!
    • 4.灼熱のMY BABY
    • 5.From Summer Time...It's All Right...
    • 6.I Miss U.
    • 7.Gold Chocolate.
    • 8.Bomb A Head!
    • 9.愛は2 SHY
    • 10.Girl, Girl, Girl
『m.c.A・T』('94)/m.c.A・T

OKMusic編集部

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