南佳孝の真のデビューアルバム
『忘れられた夏』に聴く
名うてのミュージシャンたちの
素晴らしきアンサンブル
絶妙な演奏とオリジナリティー
M9「ひとつの別れ」はM4の面子で奏でるミドルテンポのナンバー。ここでもギターのエフェクトが印象的だったりもするが、歌詞の世界観を損ねない、極めて抑制の効いたアレンジが素晴らしい。演奏しているメンバーも流石であることは言うまでもない。M10「これで準備OK(inst)」はM1のインストで、メンバーもM1とまったく同じ。アルバムの最初と最後に同じ曲を置くというのはよくある手法ではあるけれども、シンガーソングライターの作品でラストにインストを(しかも歌を除いて演奏はほぼ同じものを)配するというのは、南佳孝にとって、このメンバーとのレコーディングに相当な好感触を得たからであったことは言うまでもなかろう。また、こういうことをするには当時は異例だったように思うが、それを許容する(もしくは推した)制作スタッフであったことも注目ポイントではあろう。フォーク、ポップスのアルバムがセールス的に成功し始めていたことも追い風になったのかもしれない。
『忘れられた夏』は変に前例にとらわれることのない、素晴らしい作品となったと言える。セールスは…と言うと、正確なデータがないのでよく分からないけれども、それほど芳しくはなかったことは想像できる。しかしながら、一時は裏方を指向していた南は、以降、3rdアルバム『SOUTH OF THE BORDER』(1978年)、4th『SPEAK LOW』(1979年)、5th『MONTAGE』(1980年)、6th『SILKSCREEN』と立て続けに良作を発表。シンガーソングライターとして確固たるポジションを築きつつ、『SPEAK LOW』収録の「Monroe Walk」を郷ひろみがカバーしたり、『SILKSCREEN』収録の「スローなブギにしてくれ (I want you)」が角川映画『スローなブギにしてくれ』の主題歌となったりと、日本の音楽シーンにおいて欠かせない存在となった。彼は『忘れられた夏』を“本当のデビューアルバム”と言ったそうだが、確かにそうなのであった。
TEXT:帆苅智之