BUCK-TICKが
バンドの凄まじき成長と
進化を見せつけた初期の集大成
『殺シノ調べ
This is NOT Greatest Hits』
潜在能力の高さを再確認
《歩き出す月の螺旋を 流星だけが空に舞っている/そこからは小さく見えたあなただけが/優しく手を振る》《頬に流れ出す 赤い雫は せめてお別れのしるし》(M9「JUPITER」)。
別れをこれほどまでに幻想的かつ美しく描いた歌詞も素晴らしく、櫻井の手腕を感じざるを得ない。こちらも原曲のシングルリリースから時間が経っていなかったためだろう。星野のアレンジには苦労のあとが見られるが、元のメロディー、歌詞、コード進行が優れているのでまったく問題はない。
M10「...IN HEAVEN...」は原曲と聴き比べると、さすがに『SEVENTH HEAVEN』版はいろいろと若さを感じさせるものの、基本的なアレンジは大きく変えていないようだ。Bメロからサビへの展開であったり、サビに重なるギターであったり、センスの良さはそのままで、これもまた原曲の良さが分かる。その辺はM10に限った話ではないが、特に原曲に初出が古いものほど、逆説的に“若い頃からセルフプロデュースでこんな楽曲を作っていたのか!?”という、バンドの潜在能力が高かったことを伺わせるところである。天賦の才と言い換えてもいいかもしれない。その本格的な開花が『殺シノ調べ』と言える。M10からシームレスにM11「MOON LIGHT」へとつながっていく仕様は、まさにハイセンスの表れだろう。
M12「JUST ONE MORE KISS」は、当時をリアルタイムで体験したものにとっては、いわゆる“バクチク現象”の絶頂期を彷彿させるナンバー。今回聴き直してみて、メロディーの良さを再確認した。とりわけAメロの贅沢さを思い出した。《JUST ONE MORE KISS》以下の部分は十分にポップでメロディアスなので、それこそ最初にCMで聴いた時、そこがサビだと感じたこともあったような気がするが、ここはまだAメロ。《天使のざわめき 悪魔のささやき 月夜に甘いくちづけ》がBメロで、さらに《キラメキは届かない つぶやいた/I WANT YOU LOVE ME》のサビへと繋がっていく。若き日の今井の、ポップなメロディーメーカーとしての才能が爆発したナンバーであったと言える。「JUST~」はBUCK-TICK最初のシングル曲だが、それも当然のことであっただろう。
M13「TABOO」は、「JUST~」も収録されていた4thアルバムのタイトルチューンでもあった楽曲。ザ・ドリフターズの加藤茶のギャグ“ちょっとだけよ、あんたも好きねえー”で用いられたラテンのスタンダード曲、Lecuona Margarita「Tabú」をあしらっているところに、ユーモアというか、ここでも余裕のようなものを感じる(“ちょっとだけよ”を知っている貴方は昭和生まれ)。原曲よりも軽快になった印象がありつつも、個々の音がしっかりと存在感を示しいている辺りは、のちに(『十三階は月光』は辺りから?)デジタルを排除して剥き出しのバンドサウンドで勝負していくBUCK-TICKの姿を想像させるところでもある。歌は《くちづけ 肌を焦がす》から始まるが、ど頭から《くちづけ》という歌詞が似合うヴォーカリストは、男女合わせても櫻井敦司だけじゃなかろうか。妖艶だ。
アルバムの締めはM14「HYPER LOVE」。原曲がそもそもドラマチックで、これも若かりし日のBUCK-TICKのセンスの良さ、音楽的な高みを目指していたことを伺わせるが、今、聴くと、メロディーの展開、コード進行は、1990年代のビジュアル系の原型となったのではないかと思わせる節もある。他のバンドで、これに空気感、雰囲気の似た楽曲はいくつもあったように思う。ブロックが移る際にシンバルでのキメを強めに作っているところなどは他のバンドにも影響を与えたのだろう。だが、この『殺シノ調べ』Ver.はブラッシュアップではあるものの、イントロのゴージャスな装飾とは裏腹に、キメが薄くなった印象もあり、バンドのグルーブが途切れることなく続いていく。アダルトな雰囲気になったという言い方でもいいだろうか。その後のBUCK-TICKの進化、成長を確信させるナンバーであった。
TEXT:帆苅智之
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