『TRANSIT』のデビュー作らしい
多彩さに垣間見る
女性シンガーソングライター、
泰葉の輝きと意欲
大傑作「フライディ・チャイナタウン」
で、サビメロである。このキャッチーなメロディーは一体何だろう? いきなりの高音。《It's So Fly-Day Fly-Day CHINA TOWN》の《It's So》からして旋律と歌声が強靭だ。この時点でこの楽曲の勝利は決まったと言っていい。バッターならホームランを確信して走らないだろう。確信歩き的メロディーと言える(?)。ただ、派手ではあるが、このメロディーは高音が単に耳を惹くだけに留まらない。大陸的であり、異国感──とりわけアジア感もあるが、和の要素もある。愁いを秘めた印象をわずかに…だが、確実に感じる。何をどうしたらこういうメロディーが出て来るのか。この旋律を産み出した事実だけで、彼女を“天才”と呼ぶことに躊躇はない。愁いが隠れていると言ったが、リズムがラテン調であることで、その愁いが浮き出すようにも思える。そう。アレンジもなかなかいい。最も優れていると思うのはコード。エレピの音色を追えば分かるが、パンチの効いたメロディー、アッパーでダンサブルなリズムにしては(と言うのも失礼かもしれないが)、洒落た和音を当てていることに気付くだろう。編曲は井上鑑が担当。言わずと知れた名編曲家である氏は「フライディ・チャイナタウン」と同じ年に、寺尾聰『Reflections』でも編曲を担当している。そして、「ルビーの指環」で第23回日本レコード大賞編曲賞を受賞。「フライディ~」は当時、最も脂が乗り勢いのあったアレンジャーが手掛けた楽曲ということになろう。泰葉本人がピアノを弾いているのも、もちろん見逃せないところだ。
この楽曲はメロディーとアレンジで、その勝利がほぼ9割9分決まったと断言していいだろう。そう言い切れる証拠はある。基本的な構造がサビメロとイントロの繰り返しなのだ。Aメロもあるにはあるが、サビメロが4回出てくるのに対してAは2回。タイムが3分半程度であることを考えるとAが少ないのは理解できるとしても、明らかにサビが多い。イントロで流れる印象的なフレーズは間奏とアウトロも同じだ。間奏では転調して繰り返される(もしかするとアウトロでも転調しているかもしれない)。フェードアウトするアウトロでは、エレキギターがやや個性的なプレイを見せているが、ここも基本的にはリフレインだ。これらは、のちにどんどん複雑になっていったJポップ、Jロックに比べればそう感じることなのかもしれない。だが、だとしても、最も印象的なメロディーだけで勝負していることは間違いなかろう。歌詞については、《踊りつかれていても 朝まで遊ぶわ》《どこか静かな場所で 着がえてみたいのよ》や《私も異国人ね》といった辺りに、当時まだ20歳という彼女がやや背伸びをしているようなスタンスや、新たに音楽シーンに臨む決意といったものを感じなくはない。しかしながら、最もインパクトのあるのはやはり《It's So Fly-Day Fly-Day CHINA TOWN》であって、このワードをあのメロディーの乗せたのが歌詞での最大の成果と言えよう。