G-FREAK FACTORY 茂木洋晃×高崎 clubFLEEZ 本多裕和 - the Homeground 第18回 -

G-FREAK FACTORY 茂木洋晃×高崎 clubFLEEZ 本多裕和 - the Homeground 第18回 -

G-FREAK FACTORY 茂木洋晃×高崎 cl
ubFLEEZ 本多裕和
- the Homeground 第18回 -

ライヴ活動を行なうアーティストの拠点となるライヴハウス。思い入れ深く、メンタル的にもつながる場所だけに、アーティストとライヴハウス、それぞれの目線から出会いや第一印象などを語ってもらった。もしかしたら、ここで初めて出る話もあるかも!?

 G-FREAK FACTORY

G-FREAK FACTORY

G-FREAK FACTORY プロフィール

レゲエ/ファンク色が強いミクスチャー・サウンドを展開。横ノリのゆるーいグルーヴを巧みに利用しつつ、ソリッドなバンド・アンサンブルによる、ハードコアの瞬発力/アタックを効かせたナンバーが耳を惹く。01年には「NORTHERN LIGHT TRIBE」で活動の場をメジャーへと移し、さらなる飛躍を試みる。オフィシャルサイト

地方のライヴハウスとして、その最たる
“立ち方”を作ってほしい

改めて、G-FREAK FACTORYの結成について教えてください。

もともと、自分はアメリカにいました。幸い、当時の周りの環境は目的を持って行動する仲間ばかりだったんです。そこに影響されてか自分には何があるのかと模索した結果、帰国したらバンドで行けるところまで行ってみたいという淡い夢を抱くようになりました。そこに当時高級ホテルマンだった現ギターリストの原田から手紙が来て、自分がバンドをやることを伝えたら辞職して待っていてくれたという…お互いのプレイなど観たことないのに(笑)。

このバンドならではのライヴや楽曲へのこだわりは?

ライヴはまさにやり直しのきかない現場なので、予習なくとも楽しめるものであるべき。何としてもその日の足跡を残すことを最優先に考えてます。楽曲はさまざまなトーンの曲がありますが、曲順や選曲に関して…ステーキのコースを食べに行った時にスープ、サラダ、肉、デザートという順番があるように、引き立て合うチャンネルのようなものをイメージしてます。今だから、この歳だから言えることを綴りたいですね。

G-FREAK FACTORYは自身主宰で2008年に高崎 clubFLEEZにて『COLOSSEUM』を開催、その後はグリーンドーム前橋にて『GUNMA ROCK FESTIVAL』(2012年〜2014年)、『山人音楽祭』(2016年、2017年)と地元群馬を率先して盛り上げるための活動を行なっていますが、もともとはどういったきっかけから開催に至ったのでしょうか?

もともとは地元に対してレッテルやコンプレックスのほうが多く、群馬のことを本当に好きになれたのは最近なんです。イベントは“遊び場がなければ、それを嘆くより作ればいい”をコンセプトに始めました。皮肉なことにイベントを通して地元のことを調べるようになり、自分の地元への知識のなさを痛感したこともありました。そこからはローカルバンドとして、限界まで行ってみたくなりました。

イベントを続けていく上で、バンドとして変化した部分はありますか?

『山人音楽祭』をやる上で、日常の中でもイメージをするようになりました。吐きそうになるほどのイベントサイドのアクションやプレッシャーに負けそうで、とても怖くなる日もあります。でも、この挑戦の回数を重ねるほど少しずつ強くなっていくことを実感します。だからきっと歩みを止めない限りまだまだよくなると思います。

イベントの企画や開催に関する面で参考にしているところは?

地方のイベントとしては『KESEN ROCK FESTIVAL』や『Sky Jamboree』などのようなその土地の魅力を存分に活かしたローカル感。バンド主催フェスでは『京都大作戦』ですかね。他にもたくさんありすぎて書ききれませんが。

今年は9月23日に開催される『山人音楽祭』ですが、現在の意気込みを語っていただけますか?

永遠のテーマとして、“ライヴハウスにより多くの人たちに足を運んでほしい”という願望があります。そして、スタイリッシュでなくていいので群馬らしさをもっと取り込みたいです。まだ今年のステージ内容は決定はしてません。スペシャルなことをやるのが必ずしもいいことだとは言えませんが、いつかライヴハウスでのライヴとは少し違ったこともやってみたいと思ってます。コーラス部隊やホーン、パーカッションなどの楽器を加えた編成で『山人音楽祭』のステージに立ってみたいです。

では、高崎 clubFLEEZの本多さんとの出会いについて教えてください。

高崎に移転する前の前橋 clubFLEEZです。胸を張って自慢できる、最高の場所でした。本多さんはその時バーカウンター担当で、打ち上げが終わったあとに帰る場所をなくして、みんなでclubFLEEZのフロアーにダンボールを敷いて、ステージの幕を掛け布団にしてよく雑魚寝してましたね。

出会った時の第一印象は?

争いが嫌いな人だなと思いました。いつも丸くて誠実で、分かりやすく解決の道を探していた先輩です。当時はジャンルがもっとはっきりと分かれていたので、大変だったと思いますけど。

逆に、本多さん側からはどのような印象を持たれていたと思いますか?

ポッと出の生意気な奴だと思ってたと思いますよ(笑)。当時は“自分が世界変えてやるんだ”なんてね。今思えば俺はとんだ勘違い野郎でしたし。チャラかったからなぁ。

では、今現在の本多さんに対する印象はどうですか?

地下のライヴハウス以外に出没しないので、たまには家に帰ってください(シャワー完備のFLEEZ泊がほとんど…)。仕事の責任を背負うようになったのも分かるけど、もっと遊んでほしいな。

G-FREAK FACTORYの前橋 clubFLEEZでの初のライヴは覚えていますか?

1997年で、洋楽のコピーと未熟なオリジナル曲で洋服屋さんのイベントに出演したことが初ライヴハウスでした。

今までで一番印象に残っているライヴについて教えてください。

年末に東京~長野~前橋と、トリプルヘッダーを演った時かな。しかも、当時はバンドがたくさん出るイベントが多かったので、最後の前橋が5時間押しだったという…もう朝でしたね。

ライヴで起きた、今だから言えるトラブルは?

酸欠で失禁したことがあります。対処方法なんぞございませんでした…。

高崎 clubFLEEZでの出来事で今現在のバンドに影響を受けていると思うことはありますか?

『COLOSSEUM』をやるというわがままを聞いてくれたことですね。当時の俺は何とかして環境を変えたかったのですが、今思えばそれが全て群馬ロックフェスティバル『山人音楽祭』の始まりだったのかもしれません。

改めて、本多さんをはじめ高崎 clubFLEEZの魅力はどういうところだと思いますか?

まだまだ着色できる点が最大の魅力だと思います。イズムや発信の全てが空間作りにつながるので、ドンと構えて深く濃く築いてほしいですね。地方のライヴハウスとして、その最たる“立ち方”を作ってほしいです。

高崎 clubFLEEZのおすすめポイントは?

楽屋が広いこと。キャパも2パターンあって使いやすいです。そしてモニターを常設しているリハスタが神です。

面白エピソード、もしくはここだけの話があれば教えてください。

数年前の夏、『FUJI ROCK FESTIVAL』の日。スタジオでリハーサルをしていたら、まるでユラユラと船の上で演奏しているような感覚に見舞われました。夏の集中豪雨がもたらした地下がゆえの床上浸水です。リハを中断してみんなでバケツリレーしたな…。

最後に、本多さんにひと言お願いします!

これからも群馬を盛り上げましょう。重ねますが、たまには家に帰って人間っぽいことしてください(笑)。
『G-FREAK FACTORY“ダディ・ダーリン”TOUR 追加公演』2017年2月18日@高崎 clubFLEEZ

『G-FREAK FACTORY“ダディ・ダーリン”TOUR 追加公演』2017年2月18日@高崎 clubFLEEZ

風林花山7/19 リリース BADASS
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OKMusic編集部

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