【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#7 平
尾昌晃の言葉
作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、バンドマン、振付師、……そして、歌手。きらびやかな日本の歌謡界を支えてきた偉人たちを紹介するとともに、その方々が発したエネルギー溢れる言葉を伝えます。常軌を逸した言動の裏に、時代を牽引したパワーが隠されているのです! このコラムで、皆様の生活に少しでも艶と潤いが生まれることを願います。
仲村 瞳(なかむらひとみ)
編集者・ライター。2003年、『週刊SPA!』(扶桑社)でライターデビュー後、『TOKYO1週間』(講談社)、『Hot-Dog PRESS』(講談社)などの情報誌で雑誌制作に従事する。2009年、『のせすぎ! 中野ブロードウェイ』(辰巳出版)の制作をきっかけに中野ブロードウェイ研究家として活動を開始。ゾンビ漫画『ブロードウェイ・オブ・ザ・デッド 女ンビ~童貞SOS~』(著・すぎむらしんいち/講談社)の単行本巻末記事を担当。2012年から絵馬研究本『えまにあん』(自主制作)を発行し、絵馬研究家としても活動を続ける。2014年にライフワークでもある昭和歌謡研究をテーマとした『
』を発足し会長として活動中。
【仲村瞳の歌謡界偉人名言集】#7 平尾昌晃の言葉
マージャン仲間が、いま、できたてほや
ほやのメロディを聞いたばかりなのに、
すぐにみんなで口ずさんだ事実は馬鹿に
できない。やはり、「歌」は、誰もが歌
いたくなる歌でなければいけないのだ、
と確信した。
『昭和歌謡1945~1989 歌謡曲黄金期のラブソングと日本人』(廣済堂新書/著・平尾昌晃)より
※「うそ」(昭和49年 / 中条きよし)、作曲の際のエピソード。平尾昌晃がマージャンの半荘抜けの間(約2時間)にギターを弾きながら作曲をした。すると、それを聞いていたマージャン仲間がすぐに覚えて歌い出したという。同曲は、154万枚の売り上げを記録、レコード大賞大衆賞を受賞した。作詞は山口洋子。名曲誕生の裏側には、思いがけないエピソードがあるものだ。