京都・先斗町で光×伝統芸能を体験す
る『ZIPANGU』ーー新進気鋭のクリエ
イターたちが目指す、日本発の「本物
」で憧れのジパングへ

2023年12月7日(木)から11日(月)まで、京都・先斗町歌舞練場(ぽんとちょう かぶれんじょう)にて『ZIPANGU(ジパング) 光が彩る演舞祭』が開催される。光と伝統芸能と体験型のエンターテインメントショーと銘打たれた公演だ。日本で育まれた芸能として芸舞妓の踊り、OSK日本歌劇団のステージ、そして石見神楽(いわみかぐら)に、最新のLED技術を駆使した「光の演出」が融合。さらに没入型体験演劇(イマーシブシアター)の要素も加わるという。それぞれ手掛けるのは、歌舞伎やOSK日本歌劇団の作・演出にも携わる戸部和久(松竹)、光の演出を担う藤本実(MPLUSPLUS)、体験演出を仕掛ける広屋佑規(ノーミーツ主宰)。新たな試みにどのような景色が生まれるのか。異なる分野のクリエイターへのインタビューから、『ZIPANGU』の根底にある文化へのリスペクトとエンターテインメントへの熱意を探る。
『ZIPANGU』
■伝統✕光の体験で、憧れのZIPANGUへ
—— 公演名『ZIPANGU』に込めた思いをお聞かせください。
戸部:訪日外国人の方々に伝わりやすいタイトルを意識しました。マルコ・ポーロの時代、「ZIPANGU」は世界の人々にとって憧れの地でした。当時、情報が乏しい中でも皆、まだ知らない素晴らしいものとの出会いや冒険に憧れていたのだと思います。皆の憧れの国であり続けたいという意味を込めています。そして日本には、昔も今も変わらずに輝き続ける素晴らしい伝統文化があります。情報が氾濫するこの現代でも、海外から訪れた方がここで新たな発見に出会えるように。日本の人たちには、ここから自分たちの国や文化への自信を取り戻し、再び日本が輝けるように。そういった願いも込めています。
—— インバウンドを意識されるのは、開催地が京都・先斗町だからでしょうか。
戸部:ええ。観光庁さんの「観光再始動プロジェクト」の助成金の関係もありまして。
(「いい話のあとに……」「正直すぎる」「生々しい」など、一同口々に)
藤本:でも実際、助成金なしには語れない挑戦なのです(笑)。はじめに僕から松竹さんに、インバウンド向けに日本発のイベントを作りたい、と企画を持ち込みました。訪日外国人には「日本に来たなら、本物を観たい」という気持ちがある。それに応えるものを作りたいと考えました。松竹さんの伝統芸能と、MPLUSPLUSが目指す最先端の光の演出を組み合わせれば、新しいものが作れるはず。日本のインバウンド需要は、コロナ禍の前まで盛り上がってきていましたが、一度ゼロになってしまいました。どう復活を試みるか、というのが観光庁さんのプロジェクトと僕が考えていたコンセプトが一致したことが『ZIPANGU』のはじまりなのです。
広屋:藤本さんとは、それ以前からお話をしていて。「MPLUSPLUSさんの光の演出を、よりショーナイズドしたものにできないか。インバウンドのお客様向けにやれないか」と。その流れで藤本さんから「松竹さんとこういう話をしているけれど、よかったら広屋さんも」と巻き込んでいただいて。松竹さんの伝統芸能の文化と、MPLUSPLUSさんの最新技術のエンターテインメントショーの組み合わせに、体験演出を加えることができたなら、面白い化学反応が生まれるのではないかと興味が湧きました。
■歌舞練場で「本物」に出会う
戸部和久(松竹)
——『ZIPANGU』で出会える「本物」についてお聞きします。まずは、芸舞妓さんの踊りです。振付は、歌舞伎や舞踊の世界でご活躍の尾上菊之丞先生(日本舞踊尾上流四代家元)です。
戸部:芸舞妓は京都の歴史の中で何百年と培われてきた文化です。その文化の、ある意味では真髄でもあると思う。「こういうものがあるんだ」と観てほしい。いわゆる本物のお座敷でしか観られないものを、『ZIPANGU』の舞台でご覧いただきます。
——続いてOSK日本歌劇団のパフォーマンスが披露されます。宝塚歌劇団、松竹歌劇団と並ぶ三大少女歌劇のひとつで、 1922年にはじまり紆余曲折を乗り越えて100年。NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』で再注目されています。
戸部:歌劇は、日本ならではのエンターテインメントです。OSKさんの歌と踊りを、井筒衣裳(井筒装束店)さんの衣裳でお見せします。井筒衣裳さんは、天皇陛下が即位の礼でお召しになった着物を作られたりもしている、1705年創業の京都の老舗です。日本の着物の自然の色、糸、織物の美しさを、ファッションショーではなくOSKさんの華やかなステージで楽しんでいただきたいです。
——戸部さんは、歌劇の作詞もされていますね。
戸部:日本語の言葉、唄の美しさを体感してほしいです。その歌詞は、もしかしたら現代の人には、パッとは意味が分からないかもしれません。それでも言葉そのものに美しい響きを感じていただけたら。
——そして石見神楽です。絢爛豪華な大蛇(おろち)による奉納の舞がクライマックスを飾ります。
戸部:神楽はより根源的、土着的な文化ですよね。田んぼで稲刈りした後の秋祭りとかで村のみんなで踊る、といった日本人の魂の深いところから生まれて根づき、伝承されてきたものだと思っています。今回は、藤本さんの光の演出で大蛇全身を光らせていただきます。約5,000粒のLEDが巻き付いた15メートルの胴体がバーって伸びたり縮んだりしながら、ウワッとなり、光がダーッてなって! ですよね?(と藤本に視線を投げる)
藤本:鋭意製作中です!(笑)
広屋:90分間の公演全体、そして会場全体にも光の演出が入るんですよね。
藤本:たとえば芸舞妓さんたちのパートでは振りや仕草と連動して空間全体が染まる、などの見せ方を考えています。開演前や幕間の広間もデザインしているので、アーティストさんのアリーナツアーと変わらない規模のLEDを歌舞練場に仕込みます。
戸部・広屋: おおー!
■光の演出はオーダーメイド
藤本実(MPLUSPLUS)
——MPLUSPLUSさんは『東京2020パラリンピック』開会式でも光の演出を担当したクリエイティブカンパニーです。LEDを搭載したフラッグやリボンを使ったダンスパフォーマンスを発表された他、最新の布ディスプレイは縦6.8m✕横2.6mに17,280個のLEDを搭載されたとか。『ZIPANGU』における挑戦とは?
藤本:一番は、やはり大蛇です。全長15メートルあり蛇腹状の可動式で、多少伸縮しても壊れることなく安定して光を制御できるもの。それをパフォーマンスできる重量におさめなくてはいけません。神楽では胴体が何度も床に叩きつけられますので、耐久性も必要です。少し前ならできないご相談だったかもしれませんが、LED自体が日々改良され、僕らも100回地面に叩きつけても壊れないリボンを開発できていた。構造的にはできるかもしれない、とお引き受けしました。
広屋:藤本さんはプロジェクトごとにハードウェアから作られるんです。そして物語に紐づいて、光が意味のある変化をみせます。ここまで柔軟に脚本や演出に寄り添えるクリエイティブチームは、なかなかありません。
——それができるのはなぜですか?
藤本:ステージの演出に特化して、電池から全て特注で開発しているからです。一般的なLEDは、インテリアや内装に使うためのものなので、そこまで小さくする必要はありません。ですから既存のLEDで大蛇を作ろうとしたら、重さが30キロでは済まないでしょう。でも自分たちは、チューイングガムくらいのサイズのハードウェアを開発し、それで2,000個のLEDを個別にコントロールします。
戸部:藤本さんは、「これが出来たらすごくないですか?」に対し、「たしかにすごいですね!」と反応してくれるところがいいですよね。
藤本:普通の業者なら「無理です」と断るところさえ(笑)。自分自身が開発者であると同時に、パフォーマーでもあり演出もするからだと思います。それは観たい! と思ったアイデアは、どうにか実現したいと引き受けてしまいます。
——戸部さんは、最新技術とのコラボにどのような思いがありますか?
戸部:正直に言ってしまえば「伝統と最新技術がコラボする初の試み」は、弊社としてはもう何十年とやってきていることなのです。僕自身も、松本幸四郎(当時市川染五郎)さんとチームラボさんのラスベガス公演で脚本を担当しました。
——たしかに近年でも『超歌舞伎』(バーチャルシンガーとNTTの最新技術とのコラボ)や仮想空間での『META歌舞伎』などがありますね。
戸部:もちろん毎回切り口は変わります。でも「最新技術を使ってください。新しいものを作りましょう」と持ち込んでいただきつつ、毎回最後は、技術の制限に伝統芸能側の人間の力で対応していくことになります。伝統芸能にはそれができる柔軟性と包容力があり、だから数々のコラボもやってこられました。でも人間が合わせるのではなく、人間が使いたいように便利に使える道具にならなくては続きませんよね。数々の最新技術やクリエイターチームに浮気をしつつ、時代も進み、少しずつ、使いたいように使える世界が近づいている感じはあります。だって今回も「大蛇を光らせたい」という無茶に対応いただいているのですから。
■物語世界への没入体験へ
広屋佑規(ノーミーツ)
——現在の先斗町歌舞練場は、1925(大正14)年着工の本物のレトロがつまった建物です。『鴨川をどり』の会場としても知られています。広屋さんが担当されるのは、歌舞練場と町を繋ぐエンターテインメント体験のパートです。
広屋:一般チケットの方は、歌舞練場に入場したところからMPLUSPLUSさんがつくる光輝く世界観をお楽しみいただきます。一方スペシャル体験チケットの方は、先斗町の花街の町中や鴨川を歩き、歌舞練場へ向かうところから『ZIPANGU』のイマーシブ体験がはじまります。まずはMPLUSPLUSさん開発の「光るはっぴ」という、何とも楽しい衣装を着て京都の町中を歩いていただきます。これだけでも高揚感が増すと思いませんか?
——記念写真を大量に撮ります!
広屋:是非、撮ってください(笑)。

⋱はっぴが光る
「スペシャル体験チケット」をご購入の方は
光るはっぴを着用して京都の街なかを歩き
そのままステージをご鑑賞いただけます!
舞台と連動する光の演出を身にまとい
より一層 #ZIPANGU の世界観をお楽しみください
チケットはこちらhttps://t.co/tflRf77xDH pic.twitter.com/t03Jrpog2J
— 【公式】12/7〜11 ZIPANGU 光が彩る演舞祭 (@zipangu_kyoto) November 27, 2023
戸部:先斗町のあの狭い路地にこれが集合するの? 絶対楽しいじゃん! と言って、僕は裏で先斗町のえらい方やお茶屋のお母さんに「すいません。ちょっと街が騒がしくなるかもしれなくて」とお願いに周って。
藤本:そこも含め、松竹さんのおかげで実現するエンターテインメント体験です(笑)。
——ノーミーツさんは「新しい物語を生み出すストーリーレーベル」として様々なイベントに携わっています。オールナイトニッポン55周年記念公演『あの夜を覚えてる』では、東京国際フォーラム・ホールAの空間を、まるごと架空のラジオ番組のイベント会場という設定に。来場者はリスナーとして客席にいる、という仕掛けが生きた没入型体験を演出されました。
広屋:お客さんが会場にいる意味が、メタ的にひとつ乗っているんですよね。それはノーミーツとしてこだわりで、個人的にも好きな作りなんです。『ZIPANGU』でも、ステージを楽しんでいただくのはもちろん、京都の町を歩いて歌舞練場に足を運び、公演を観て帰るところまでに意味をのせた体験を演出したいです。光の演出が舞台を拡張する。それを体験型の演出で町中にも広げられたら。
——具体的に、どのようなアイデアか伺えますか?
広屋:公演とは別にイマーシブのためのキャストが登場します。街をジャックしよう、というアイデアからはじまりましたが、神官と妖怪が登場し、お客さんを歌舞練場に誘う。そこに、戸部さんが作る舞台に沿ったストーリーを作れれば。公演の前後や幕間にも仕掛けも作っています。そして詳しくはお話できないのですが、公演後も体感としての思い出となる演出を計画中です。
戸部:広屋さんのアイデアは、かつての日本の芝居見物のあり方に戻す試みにも思えます。たとえばニューヨークのマンハッタンに、The BOXというナイトクラブがあります。超一流のショーマンたちのステージをお酒を飲みながら楽しんで、最後はお客さんも舞台もひとつになり朝まで踊る。またヨーロッパなら、オペラ鑑賞といえば観る前にも後にも食事やお酒を楽しむのがセットです。
——江戸時代の芝居小屋も、そのように観劇を楽しんでいたと聞きます。
戸部:神楽もそう。夕方から近所の皆でご飯やお酒を持ち寄り、子どもたちも集まって楽しみ、最後はみんな一緒に盛り上がり、余韻のままに帰っていく。今の日本は、観劇の楽しみが「舞台を観る」で独立してしまっている気がします。そして客層も歌舞伎、オペラ、バレエ、ミュージカルを観る人、現代劇でも小劇場と大劇場で分かれている。広屋さんのやりたい事は、そうなってしまう前に時間を戻すことに繋がるんじゃないでしょうか。そして来日観光客の方にとっては、日本でそのような体験をできる場所が他にない。だからこそ需要があるような気がします。
■ZIPANGUの持続可能性と拡張性
『ZIPANGU』
——今回限りではもったいない取り組みですね。継続してほしいです。
藤本:インバウンド向けならば継続は重要です。海外から来られる方が「今度京都でどこへ行こうか」と調べた時、「京都に行けばいつでもこれが観られる」というコンテンツとして。オフブロードウェイのようなライトさで、オムニバスだけどノンバーバルで楽しめるもの。それが日本発の本物であること。
——たしかに観光客として京都を訪れた時、神社仏閣は夕方に閉まってしまうから、夕方以降は何をしようかな、と色々探した経験があります。
戸部:京都には五花街(ごかがい。祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東)があり、歌舞練場も5箇所あります。季節により持ち回りとかで、ある程度継続的にできる可能性も感じますよね。
——ところで日本初ではなく、日本発にこだわるのはなぜですか?
藤本:ヒップホップやウエストサイドストーリーを輸入しても、やはり二番煎じになってしまうのですよね。そして自分が海外に行った時に思うのは、どこの国で買い物をしても、大抵のものは日本で買えるものと変わらない。食文化も想像以上に国を越えていて、日本食もわりとどこでも食べられるし、ラーメンも2,000円以上するけれど普通に美味しい。ファッションも食も世界が均一になっている中でも、日本の本物の芸能は、日本に来なければ観られないと気づきました。最後は人だと思ったのです。
——芸舞妓さん、OSKさん、神楽、そして歌舞練場を含めた街そのものが、そこに当てはまるのですね。多方面に意義のある公演になりそうです。本番に向けて、この先ハードルとなることはありますか?
戸部:どれだけ良いコンセプトで意義のある挑戦でも、お客さんにたくさん来ていただかないと興行としては成功とは言えません。そこが一番の課題です。
広屋:光るはっぴを着たお客様が、神官や妖怪達と一緒に街中をうろちょろ徘徊します。京都観光の方々が「あれはなんだ?」と気づいてくれたらうれしいですね。
藤本:世界の奇祭ではないけれど、相当珍しい光景になりますね。
戸部:「その後をついていけば、面白いものが観られるよ。切符も買えるよ」と広めてください。
広屋:ぜひ後についてきてください!
『ZIPANGU』
取材・文=塚田史香 撮影=福岡諒祠

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