演出家 藤田俊太郎、大竹しのぶ一人
芝居『ヴィクトリア』の脚本・ベルイ
マンを語る「私の人生に決定的な影響
を与えた表現者」

20世紀を代表する映画監督の一人で、本国スウェーデンでは劇作家・演出家としても活躍したイングマール・ベルイマン。一人芝居『ヴィクトリア(原題:A SPIRITUAL MATTER/精神的な問題)』は、世界的に見てもあまり公演記録のない戯曲だが、藤田俊太郎&大竹しのぶのタッグで、日本初上演が実現した。先に行われた東京公演では「鳥肌が立った」「濃密にして贅沢な時間」と、多くの感動の声が集まっている。

その公演中の6月26日(月)に、藤田俊太郎が京都のミニシアター「出町座」で、ベルイマンの代表作『鏡の中の女』上映後のトークに登壇。7月5日(水)から3都市ツアーがはじまる『ヴィクトリア』の話題はもちろん、彼自身「特別な存在」と語るベルイマンの魅力や、大竹しのぶの都市伝説めいた逸話まで、貴重な話が飛び出したその模様をレポートする。
(左より)井手亮(京都芸術劇場プロデューサー)、藤田俊太郎
同じ日に行われた、関西メディア向けの会見では「ベルイマンは、私の人生に決定的な影響を与えた表現者で、こういう作品を作りたいと思わせた方」と明言していた藤田。彼の映画作品の多くを観ているが、幾度か来日公演も行われていたベルイマンの舞台作品は、残念ながら観る機会は得られなかったそうだ。
「世界的な名声を得ながら、常に探究心を持ち続けて、映画と演劇を非常にバランスよく創造してきたパイオニア。現代では、領域を垣根なく飛び越えてものを創ったり、新たな価値観を作るということは、当たり前になってきたと思うんですが、先鋭的な創作を20世紀から意識的にやっていらした。生涯演劇人であり続けたことは、非常に注目じゃないかと思います」
1976年作の映画『鏡の中の女』は、突然自殺をはかった精神科の女医が、自分でも見過ごしていた心の傷に向き合っていく様を、幻想的なシーンも交えながら描いた作品だ。一人の裕福な女性が、精神的には恵まれなかった半生を振り返っていく『ヴィクトリア』とは、非常に似通ったモチーフがあると藤田は言う。
(左より)井手亮(京都芸術劇場プロデューサー)、藤田俊太郎
「(英題の)『Face to Face』というタイトル通り、自分自身と向き合う話。女性の人生、葛藤やコンプレックス、父もしくは母の不在みたいなことが語られていますが、それは『ヴィクトリア』にもモチーフとして出てきます。女性の驚くべき内面が、画面にあふれ出ていると感じます。映画と演劇の価値観の、見事なコラボレーションではないかと考えます。おそらくベルイマンが演劇人でもあったからこそ、人物の内面を見事に表出することができたのではないかと、私は思っています。
ベルイマンは著書や自伝で『神を描くこと』に触れています。私個人は、神そのものだけではなく、20世紀の神なるもの……対峙すべき巨大なものが崩壊した時代に、どうやってその喪失感と向き合っていくのか? というのが、ベルイマンの主題の一つだったんじゃないかと今、あらためて考えています。その崩壊や喪失との対峙が、個人の美しさとして作品の中に集約されているのだと、改めて感じました」
(左より)井手亮(京都芸術劇場プロデューサー)、藤田俊太郎
『ヴィクトリア』は、当初映画作品の脚本として書かれたものの「俳優のクローズアップだけで成立させる」という実験的なアイディアに賛同する制作会社が現れなかったため、ラジオドラマとして発表されたという背景を持つ。しかし藤田は、そのアイディアが一周回って、非常に現代的だと評価する。
「2020年のコロナ禍以降、そういうワンショット・ワンシチュエーションの素晴らしい映像作品が、YouTubeにたくさんあったと記憶しています。誰しもが自分で(映像を)記録できるというのが、今の時代の空気感だとするならば、ベルイマンはそれを予見して、言葉の強さをワンショットで記録しようとしたのでは。実は誰よりも先鋭的だったんじゃないかなと、戦慄が走りました」
大竹しのぶ一人芝居『ヴィクトリア』東京公演 撮影=宮川舞子
精神を病んだ女性・ヴィクトリアが、少女時代から現在までの記憶を振り返る。一人芝居とは思えないほどシーンチェンジも登場人物も多いが、藤田はセットも衣装も変えず、大竹の演技だけですべてを見せるという、思い切った演出プランで挑戦。そして大竹は見事に期待に応え、藤田が「何にも代えがたい演劇体験を残してくれる大竹さんの、新境地の一つではないか? というふうに思う」と語るほどの作品になった。
「『鏡の中の女』もそうですが、ベルイマンの作品には、人間のエグい部分を覗き込むような暗さがあります。でも『ヴィクトリア』はその逆で、喜劇的な要素もたくさんあるし、大竹さんがチャーミングなヴィクトリアを作ってくださいました。価値観が変わっていく20世紀を生きた女性の生き様が、年代順ではなく、演技だけで行ったり来たりしながら繰り広げられていく。キャスト、プランナー、スタッフ、カンパニーで力を合わせ、もともとの台本に対する、演劇的な回答ができたと思っています。
大竹しのぶ一人芝居『ヴィクトリア』東京公演 撮影=宮川舞子
稽古が始まった頃、大竹さんは『この女性は、なんでこんなに過去にこだわり、病み続けているんだろう?』というふうなことをおっしゃっていました。でも『ベルイマンは何を描きたかったのか』という真髄に迫った時に、そこには徒労感や絶望感とは違う、未来に向けたメッセージ……『生き続ける』ということがあるんじゃないかと。それを見出して、大竹さんは(ヴィクトリアに)共感されたんじゃないかと思います」
ちなみに藤田は、20代の頃に蜷川幸雄のもとで演出助手をしていた時分から、稽古場での大竹の姿をたびたび目撃してきた。当然その凄みを身をもって体感してきたし、さらには都市伝説のようなことも、いろいろ耳にしていたとか?!

『ヴィクトリア』演出の藤田俊太郎
「大竹さんが稽古をしている現場に花を飾ると、花が枯れるとか、育たないという伝説があるんです(笑)。それはもちろん冗談ですが、本当のような話に思えるのは、稽古の段階から自分の持っているものをみんなに伝えようとして、花を枯らしてもおかしくないぐらいのパワーで向かってらっしゃるからなんですよね。

大竹さんは、劇場にいるお客さん全員の空気を取り込みながら、すべてを放出することができるという、類まれな俳優ですけど、稽古場でもその力が強すぎて、みんなが魅了されてしまいます。『自分も大竹しのぶさんじゃないか?』と思ってしまうほどです(笑)。
今回の稽古場でも(プランナー、スタッフ、カンパニーの)みんなが『私はヴィクトリアじゃないか?』と思えたし、そして大竹さん自身も望んだことですが、同じ目線で私たち全スタッフと共に創作することができました。大竹さんを中心としたカンパニーの力強さは、(本番でも)お客さんにも伝わると思います」
そして約30分のトークの最後を、このような力強いメッセージで締めた。
『ヴィクトリア』演出の藤田俊太郎
「東京公演が開幕して、お客様がものすごい集中力で観ているのが伝わって、非常に手応えを感じています。人生は辛いこともたくさんあるけど、ベルイマンはもっと明るい未来に向けたメッセージを、こんなに豊かに遺してくれていた……というのが『ヴィクトリア』だと思います。まさにヴィクトリア(ローマ神話の勝利の女神)です(笑)。未来に向かっている今の私たちに響く言葉があるし、何よりも大竹さんが本当に見逃せない。きっと満足していただける演劇体験になると思います」
『鏡の中の女』と『ヴィクトリア』は、同時代に書かれた作品ということもあり、確かに姉妹作と言えるほど相通じるものがある。この映画が好きな人なら『ヴィクトリア』も間違いなくツボに入るだろう。いやむしろ、一人の女性が得体のしれない精神の旅をする、その現場に生で立ち会うことができる分、より強烈な体験となるに違いない。嘘か真か、花を枯らせるぐらいの力を持つ身体が、東京を飛び出してこちらに向かってくる。私たちもそれに負けないパワーを貯めた状態で、相対しようではないか。
『ヴィクトリア』演出の藤田俊太郎
取材・文・撮影=吉永美和子

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