NODA・MAP最新作『兎、波を走る』(
作・演出:野田秀樹)が開幕~ベール
に覆われていたものが見えるとき…【
ゲネプロレポート】

 NODA・MAP第26回公演『兎、波を走る』(作・演出:野田秀樹)が、2023年6月17日(土)、東京芸術劇場 プレイハウスで開幕した(東京公演は7月30日(日)迄。その後、大阪公演、博多公演あり)。出演は、高橋一生 松たか子 多部未華子 秋山菜津子 大倉孝二 大鶴佐助 山崎一 野田秀樹 ほか。ここでは、初日の前日に報道向けに公開されたゲネプロ(総通し稽古)の様子をお届けする。
 冒頭、脱兎役の高橋一生による詩のようなセリフで心を掴まれ、『兎、波を走る』の世界に我々観客は一気に巻き込まれる。この芝居のモチーフである『不思議の国のアリス』のアリスが、兎を追いかけて不思議の国に迷い込んでしまうように。
NODA・MAP 第 26 回公演『兎、波を走る』(撮影:篠山紀信)
 『兎、波を走る』は、脱兎を追って不思議の国に行ってしまったアリス(多部未華子)と、娘を探し続けるアリスの母(松たか子)の物語という主線と、潰れかかった遊園地の物語が、2本の平行世界のようにして猛スピードでひた走っていく。
 潰れかけた遊園地は不動産業者のシャイロック・ホームズ(大鶴佐助)によって競売にかけられているところ。元女優ヤネフスマヤ(秋山菜津子)はこの場所で幼い頃、ママと見た「アリスの物語」を再現したくて、第一の作家?(大倉孝二)に脚本を書かせている。だがそれは、幼い頃に楽しんだ物語とは違っていて、気に入らないヤネフスマヤは第二の作家?(野田秀樹)にも依頼する。
 おなじみの『不思議の国のアリス』では、アリスが大冒険のすえ現実の世界に戻っていくが、第一、第二の競作するアリスの物語は、混乱の様相を呈していく。さらに、第三の作家?(山崎一)が現れて、世界はさらにまたひとつ、開かれていく。オリジナル作品が時を経て換骨奪胎、あるいは二次創作されていくうちにずいぶん様変わりして、それが無数のマルチバースとして存在していく。だが、ガワは変わっても芯の部分はひとつーー。混乱の闇の果て、アンダーグラウンドに奥底に潜む芯なる部分にかすかな光が当たる。素早く変わっていくいくつもの世界の行き来を追いかけているうちに、ベールに覆われていたものが見えはじめて来たときの、衝撃たるや。
NODA・MAP 第 26 回公演『兎、波を走る』(撮影:篠山紀信)
 言葉にできない、などと書くのは、文筆を生業としている者として最もやってはいけないことだが、そう書くしかない。
 野田秀樹の冴え抜いた筆によるアリスの物語と、遊園地の物語と、第三の新たな物語、めまぐるしく入れ替わる世界を俳優たちがキレのいい身体表現で、全力で駆け抜けていく。
 脱兎役の高橋一生はNODA・MAPに初出演した『フェイクスピア』(21年)で第29回読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞した。二度目の出演でも、抜群にキレのいい身体性を持ちながら、その反面の影のある表現が今回も脱兎を奥深いものにしている。
 アリス役は多部未華子。NODA・MAP初参加の多部は、伸びの良い高い声が野田秀樹の世界にハマっている。アリスの衣裳(衣裳:ひびのこづえ)を着こなし、純粋無垢な少女そのものだ。
 消えた娘を探し続けるアリスの母役は松たか子。前作『Q』(19、22年)からNODA・MAP連続出演で、彼女がいると安心する。例えば、NODA・MAPがオーケストラとしたら、その基本の音は、彼女の声でチューニングされているのではないか(いわゆる「ラ」の音より松の声はもうちょっと高い気がするが)。
NODA・MAP 第 26 回公演『兎、波を走る』(撮影:篠山紀信)
 NODA・MAPに過去何作も出演している大倉孝二と秋山菜津子は、軽妙なテンポで遊園地パートを盛り上げる。高橋、松、多部の醸すテイストとかなり違って、別の世界であることがわかりやすい。
 アリスを捜索する東急半ズボン刑事、はたまた、ある場所である教えを行っている東急半ズボン教官と第三の作家?を演じる山崎一は、『半神』(99年)から24年ぶりのNODA・MAP参加。飄々としながら、この男、何者なのか? 感を漂わせる。
 シャイロック・ホームズを演じるのはNODA・MAP初参加の大鶴佐助。アングラの雄・唐十郎を父に持ち、詩的なセリフに合う声質を受け継ぎながら、『兎〜』ではドライな現代人的役回り。でもそれだけではないものが滲む。
 そして、野田秀樹。『フェイクスピア』でシェイクスピアの孫を演じた野田がふたたび、ある大作家をモチーフにした役を演じる。第一の作家と第二の作家の作家対決(?)は見どころのひとつだろう。
 遊園地の現実と、劇中劇らしいアリスの世界と、新たに生まれくる物語、現実と妄想、過去と現実と未来、すべてが混ざり合い混沌とするかと思えば、すべてが整然と繋がって見えたり。このあらゆる事象の交錯に寄与するのは、美術(堀尾幸男)、照明(服部基)、プリズムミラーや、アンサンブルの活躍と、人形劇師・沢則行による人形の数々や映像(上田大樹)である。俳優たちの演技とこれらが融合して、圧倒的な総合力として、不思議の世界が立ち上る。同じ像の連なる無間地獄のようなビジョンや無数の人形たちの集まった場面は、美しくもちょっとこわくて、子供が見たら、一生忘れないのではないだろうか。いや、大人だって一生忘れられそうにない。
 言葉でうまく言えなくても、心に、脳に、刻み込まれる何かが強烈にある『兎、波を走る』を観たあとは、いつもはスルーしていた街の片隅の風景に、ふと目を止めてしまう。アリスを探して。
NODA・MAP 第 26 回公演『兎、波を走る』(撮影:篠山紀信)
取材・文=木俣冬

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着