NODA・MAP最新作『兎、波を走る』を
野田秀樹と高橋一生と松たか子が語る

野田秀樹率いるNODA・MAPの2年ぶりとなる新作が、6月から東京、大阪、博多で上演される。タイトルは『兎、波を走る』。NODA・MAP初出演となった2021年の『フェイクスピア』で読売演劇大賞 最優秀男優賞に輝いた高橋一生と、昨年ワールドツアーを成功させた『Q』:A Night At The Kabukiに続いて7度目のNODA・MAP出演となる松たか子の舞台初共演など、またしても見どころ満載となりそうだ。さて、どんな野田ワールドが繰り広げられるのだろう? 野田と高橋と松に話を聞いた。
(撮影:中田智章)

――NODA・MAP最新作は『兎、波を走る』。これまでの作品と、一味違ったタイトルですね。
野田 私は結構気に入ってます。イメージを持ちやすいんじゃないかな、きっと。
高橋 最初に作品名を聞いた時、いろいろ考えました。“因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)”のことが頭に浮かんで、神話的な世界になるのかなと想像したりして。
松 私は、小説を思わせるようなタイトルだな……と、ちょっと思いました。
――辞書で「兎波を走る」を調べると、大きく二つの意味が載っていますが……。
野田 それは、あまり関係ないです。導入部というか、大枠のモチーフは『不思議の国のアリス』の世界。潰れかかった遊園地がありまして、そこで劇中劇のようなショーが行われている……そんな話で、劇作家も二人出てきます。すでに何回かワークショップをやっているんだけど、結構みんな来てくれて、とてもいい時間でしたよ。私の頭の中にあるアイデアを試すことができたし、同時に役者さんも自由にいろいろやってくれて、面白いアイデアも出てきました。その時に、台本も少し渡したんだよね。そう考えると、いつもより台本を書くペースは早いかもしれない。まあ、今のところだけど。
――その台本の感触をぜひ聞かせてください。
高橋 「アリスの世界なんだ」と思いました。寓話的な話と捉えると、ちょっとゾクッとするところがあって、「野田さんは一体、どのような思考で書かれているんだろう」と思いながら読みました。寓話って、よくよく解体してみると怖い話だったりするので。
松 私も、まず「アリスの世界を使うんだ」と思いました。ただ、読んだだけではわからないことが、私にはたくさんあって。アリスとか、おとぎ話の世界で、もちろん現実世界も出てくるんですけど、その現実も私個人にとっては、よく知らない、わからない世界なので、どこまでがファンタジーで、どこまでが現実なんだろう?と。「え、こんな人が!?」と思うくらい、いろいろな人も出てくるので、私にはまだちょっと受け止めきれませんでした。それで、ワークショップが終わった後、1回スタッフの方に台本をお返ししたんです。持っているのが怖くて、「とりあえず出直します」みたいな気持ちで。
(撮影:中田智章)
――NODA・MAP出演7回目の松さんが!?
松 稽古場で「新作についての情報は、お取り扱いに気を付けてください」と言われたことで、余計に怖くなったというのもあると思います。私はSNSなどはやってはいないんですが、本当気をつけなきゃと思った時に、自然と台本をお返ししていました。
野田 うっかり台本を落として、どこかで上演されちゃうかもしれないしね(笑)。
松 さすがに落としたりはしませんよ!(笑) 台本以外の資料はそばに置いておきたいと思って、ちゃんと家に持って帰りました。ただ、何かこう、いろんな意味で、今回は今まで以上に緊張感はあるかもしれないです。
――ドラマ『カルテット』での共演が今も印象に残る松さんと高橋さんは、舞台では今回が初共演ですね。キャスティングは、わりとすぐに決まったのですか?
野田 決まりましたね。(高橋に向かって)たかちゃん(松)が『フェイクスピア』を観た後、よかったっていうメールをくれたでしょ? あの時に、一生とたかちゃんで新作を作るのはいいなあと思ったんだよね。
高橋 よく覚えています。松さんが観に来られた次の日、楽屋で野田さんが「たかちゃん(松)からメール来た? もう見た?」と、あのシェイクスピアの格好で言ってきてくださって…、僕も「来ました、嬉しかったです」と。
野田 だって、珍しいからサ。たかちゃんが芝居を観た後、すごく興奮してメールをくれるなんて。
――松さんは『Q』のパンフレットのインタビューでも『フェイクスピア』のことを話されていましたよね。連続ドラマの仕事が終わって、「ふう。もうこれで最後でもいいや」みたいな気持ちになっている時に観劇して、目を覚まさせてもらったと。
松 はい、とても感動して。だから、一生さんと今回ご一緒できるのが嬉しくて、再会を楽しみにしていました。『カルテット』の撮影も、絶妙な4人のキャストの関係が面白くて、すごく楽しかったんですよね。いつか一生くんと舞台で出会えたりするのかなあと思っていたんです。
高橋 僕もです。それこそ、僕は『フェイクスピア』をやった時に、「もうこれでいいかな」と思ったんです。楽しかったですし、幸福でしたし、と同時に、何かぐっと重しになるようなものが、あの作品の中には眠っていて。そういうことも全部含めて、もうこれ以上のものはやれないんじゃないかな、と。そしたら、またNODA・MAPさんからお話をいただけて、しかも、野田さんのもとで松さんとご一緒できるというので、おおっ!という感じでした。
(撮影:中田智章)
――野田さんが、直近の作品に出演した俳優さんを立て続けにキャスティングされるのは、珍しいことですよね。この二人で書きたいことがあるのだろうなと想像しているのですが。
野田 その通りです。今回書こうと思った世界には、年齢に関係なく演じられる人が必要で、そういうこともあって二人にオファーしました。
松 頑張ります。「またお前か」という皆さんの心の声も感じるので、申し訳ない気持ちもあるんです。でも、やりたい気持ちが勝ってしまったので、野田さんの言葉を埋もれさせないために頑張ろうと思います。
高橋 僕はもう、お話をいただけて純粋に嬉しかったです。さっきお話ししたように、『フェィクスピア』を作っている最中から、これまでにない充実感があったんです。俳優でもある野田さんは、お芝居を作っていく過程の楽しみ方が、演出のみされる方とは決定的に違っていて、まずは自由にお芝居を見てくださる。そこが僕にとっては、ありがたいです。
――ちなみに、今回の作品の構想期間はどれくらいですか?
野田 具体的に考え始めたのは、『フェイクスピア』が終わった後ぐらいかな。「これを書いていいものだろうか」というものが一つあって、いろいろな資料や本を読みながら、どうしたものか考えていたんだけど、去年『Q』の再演をやっている時には、もう書いていましたね。自分の年齢もあると思うんだけど、今はあらゆるものがどんどん忘れ去られていくから、自分が書いておくことで少しでも残るのであればと思って書いています。少なくともこの半年くらい、俺はその当事者の人の次に、そのことについて考えているだろうなと言える自信はある。朝起きた時から、ずーっとそのことばかり考えているので。
――ということは、今回も寓話のような物語が進むにつれ、表層とはまた別のものが見えてきて……という野田作品ならではの醍醐味が味わえそうですね。
高橋 そうだと思います。僕も『フェイクスピア』の次にこう来たか!と思ったので、観る方によっては気づかれる方もいるのではないでしょうか。特にこの3年でどんどん近づいてきた印象がある、現実と寓話的な世界……それがファンタジーなのか、ディストピアなのかわからないけれど、その両者が繋がる瞬間が、劇構造の中に組み込まれていくのかなと想像しています。
松 私は、まだ受け止めきれていないので、何とも言えないです。ただ、このカンパニーでこの芝居に向かっていけるのは、すごく幸せなことだなと感じています。(大鶴)佐助くんとは初共演なんですけれども、一生くんをはじめ、「上手いなあ」「すごいなあ」と思っていた人ばかりなので、どうしよう!?と思いつつ、稽古が楽しみです。
野田 二人とも、どうしても言葉が濁っちゃうよね(笑)。台本をちょっと渡した時に少し話したから、二人とも“どこに行くか”ということはもう知っているんだけど、今はそこを言えないから。
――そこはもう、劇場で観てのお楽しみということで。野田さんの「これを忘れちゃいけない」「書いておかなきゃ」という使命感のようなものは、何に起因しているのでしょう?
野田 やっぱり年をとったからかな。(十八代中村)勘三郎の葬式の時に、(十代坂東)三津五郎が「役者っていうのは辛いね。本人がいなくなったら、全部なくなっちゃうから」と言っているのを聞いて、「そうか、俺は少しだけ違う立場に居るんだよなあ」と思ったことも大きいですね。演劇は肉体の芸術で、役者だけやっている人は肉体がなくなったら終わりだけれども、書いた物は残るから。役者とはちょっと違うところで、芝居と向き合わなくちゃいけないし、向き合っているんだろうなという気はします。
(撮影:中田智章)
――高橋さん、松さん以外のキャストの皆さんについても、一言いただけますか?
野田 多部(未華子)ちゃんとは、2010年の『農業少女』(松尾スズキ演出)の時から、いつか一緒にやろうねと言っていたんだけど、それがようやく実現して、今回、NODA・MAP初参加です。私の台本をすごく前に進めてくれる秋山なっちゃん(菜津子)と大倉(孝二)は、6回目ですね。本当は『フェイクスピア』に出るはずだったんだけど、それがわなかった大倉には、次に新作をやる時は必ず声を掛けるよと、前から話していました。
高橋 大倉さんは『フェイクスピア』に出演できなかったことを本当に申し訳なさそうにされていたので、今回ご一緒できてよかったです。
野田 でも、この間のワークショップでは、横柄な大倉に戻ってたよね(笑)。「ワークショップって、やる意味あるの?」とか言いながら、いちばん張り切ってたし(笑)。佐助も、今回がNODA・MAP初参加です。去年『パンドラの鐘』(杉原邦生演出)の稽古初日に行った時に、台本の読み合わせで抜群にいい第一声を出した役者がいて、誰?って聞いたら、大鶴佐助だと。言われてみれば、声も顔も、俺が出会った頃の唐さん(大鶴の父・唐十郎)にそっくりなんだよね。(山崎)一と一緒にやるのは、かなり久しぶり。『農業少女』に多部ちゃんと一緒に出ていたけど、よく考えたらNODA・MAPは『半神』(99年)以来だから、24年ぶりですよ。
――人形劇師の沢則行さんが初参加される点も楽しみです。
野田 今回の作品を考え始めた時、アリスの世界を立体的に表現するのに、沢さんはどうだろう?と思って。沢さんの人形はただ可愛いだけじゃないから、そこもいいなと。ちなみに、映像ディレクターの上田大樹さんも今回初参加しますよ。
――ありがとうございます。最後に読者へメッセージ、もしくは抱負をお願いしたいです。
野田 とにかく、ついてきてくださいっていう感じかな。というか、演劇じゃないとやれない仕掛けや表現を楽しんで欲しいなと思いますね。「わからない」と言って拒んだりせずに。
高橋 抱負を挙げるとすれば、この作品にどれだけ帰依できるか、です。もともと作品を通して自分が成長するとか、挑戦をするとか、全く考えていない方ですし、野田さんが「ついてきて」とおっしゃっているからにはなおさら、出しゃばらず、劇世界の一つとして還元されたいなと。もちろん、重要なピースにはなりたいですけれど。
松 私は……まだ堂々とは語れないし、心の中はしばらくザワついたまま芝居をすることになるのかなと感じていて。ただ、真摯に受け止めてやりたいです。重くはしたくないし、軽くはできない。謙虚に、でも大変なところはちゃんと大変にやる……というのが抱負ですかね。でも結局はいつも通り、ただただ必死にやることになるんだろうなと思います(笑)。あとはもう、観る方に委ねたいですね。
(撮影:中田智章)
取材・構成・文/岡崎 香   写真撮影/中田智章

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着