【BUCK-TICK リコメンド】
この環境下で
生まれるべくして生まれた
不幸を振り払うお守りのような作品
壮大なスケールで巡り巡る愛と死を表現した『No.0』から約2年。33度目のデビュー日にBUCK-TICKがニューアルバム『ABRACADABRA』(アブラカダブラ)をリリースする。新型コロナウイルスの蔓延による影響で、レコーディングが中断されるというアクシデントもあった今作には、こんな世界だからこそ伝えたいBUCK-TICKからのメッセージが込められている。
最新作『ABRACADABRA』と
The Beatlesの『Revolver』の接点
先駆けて今作を聴いた人たちと話をすると、“BUCK-TICKの初期を感じた”とか“90年代初頭のBUCK-TICKを思わせる”など、その印象や感想はさまざまで同じものがない。かくいう筆者が思い浮かべたのは、バンドの転機と言われる『Revolver』(1966年発表)をリリースした辺りの中期The Beatlesだった。それはM4「SOPHIA DREAM」の歌詞に、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967年発表)収録の「Lucy in the Sky with Diamonds」を呼び起こすようなフレーズがあるからではないかと言われたら、きっとそうなんだろうと思う。『Revolver』や『Sgt. Pepper's 〜』はサイケデリックなアルバムとして知られているが、『ABRACADABRA』はそういうわけでもない。シンプルな音作りを軸に、オルタナティブ、サイケデリック、エレクトロなどさまざまな要素を散りばめた多彩な作品である。
しかしながら、実験的かつ革新的な今作の佇まいが、この頃のThe Beatles作品を思わせるのだ。『Revolver』のアルバムタイトルが、もともとは“Abracadabra”だったという偶然も興味深いではないか。さらに余談になるが、The Beatlesは『Revolver』をリリースした年に、コンサート活動を終了した。さまざまな要因から自らそれを選んだThe Beatlesと、このコロナ禍でコンサート活動の自粛を余儀なくされた現代のバンドの状況を重ね合わせるのはいささか乱暴だが、“コンサートのない日常”という状況もまたひとつの共通項として感慨深く思った。
さて、BUCK-TICKの話に戻そう。『ABRACADABRA』は近年の作品の延長線上にありながら、描かれている世界観はそれらとは一線を画す作品になっている。『或いはアナーキー』(2014年発表)、『アトム 未来派 No.9』(2016年発表)、『No.0』(2018年発表)の3作品は、稲垣足穂的SF観という共通したビジュアルワークを持ち、シュールレアリスムやスチームパンクといった世界観を、大きなスクリーンで映画を観ているかのような壮大さと鮮やかさで描いていたが、『ABRACADABRA』はどちらかと言えば広さではなく深さで、より人間の深部へと誘う。同じように映像を観ているという感覚はあるが、こちらはまるでテレビを観ているような感じがするのだ。今まさに画面の向こう側で起きているようなニュース性があって、飽くなき矛盾を繰り返す人間の営みや感情が物語として描かれている。そこには生と死、善と悪、太陽と月など、相反するものが表裏一体となって存在する。面白いのはイメージされるそのテレビが薄型の液晶ではなく、思いっきり分厚いブラウン管であることだ。最新の4K画質のようなクリアーさではなく、ブラウン管特有のザラザラとしたレトロ感も、今作のエッセンスになっているのではないだろうか。
実験的遊び心とシンプルさの
対比が色濃く出た作品
星野英彦(Gu)作曲の楽曲は「凍える」とM5「月の砂漠」、M9「ダンス天国」の3曲。「月の砂漠」は冒頭のコーラス部分が思い浮かんだことから“遠いところ”をイメージして作曲していったという。そのイメージを汲み取った櫻井は、童謡の「月の沙漠」をオマージュしたような世界観を描いた。ヤガミ・トール(Dr)が打ち鳴らすトライバルなリズムが遠い異国を思わせる。「ダンス天国」もまた1960年代にヒットした同名曲を思い浮かべるが、そのタイトル通りちょっとレトロでアッパーなダンスチューンだ。性別を超えて快楽に身を委ねるこの曲も、言うなれば開放的であり解放の歌である。
今作での星野は作曲の面でもギタープレイの面でも“シンプル”であることに徹したそうで、それによって今井 寿(Gu)との対比がより鮮やかになったと言う。「堕天使」の頃に今井が打ち出していた“逸脱”というテーマは、やはりこのアルバムの根底にもなっていると思う。今作で今井は新たに仕入れたエフェクターを使ったサウンド遊びをさまざまな楽曲に散りばめていて、その音が各曲のフックになっていたりする。それが星野の言うところの“シンプル”との対比だ。今井作詞作曲のM2「ケセラセラ エレジー」はキラキラと回転するサウンドや、未来を向きつつもどこか憂いを帯びた歌詞の世界観を持ったテクノナンバー。M3「URAHARA-JUKU」はヘヴィな4つ打ちと、日常のすぐ隣りにある闇の入口に警鐘を鳴らす強い言葉で、ガンガンと心を追い詰めてくる。M4の「SOPHIA DREAM」も今井作詞曲で、独特の浮遊感を秘めるサイケデリックなナンバー。イントロから流れる樋口 豊(Ba)の印象的なベースリフが耳に残る。そして、M6「Villain」は櫻井と今井によるツインヴォーカル曲。デモの段階からついていたこのタイトルをもとに、自分が歌うパートの歌詞をそれぞれが書いているのだが、ふたりの言葉が共鳴し合っていて面白い。M8「舞夢マイム」は歌謡曲調のメロディーに男女のかけ合いを乗せた歌詞が秀逸。男性パートにつけた低音のコーラスと、女性パートにつけた高音のコーラスは聴きどころだ。
さらに聴きどころと言えば、関連性を持った曲順もそのひとつ。日常に巣食う闇社会の駆け引きを描いた「URAHARA-JUKU」から、どこかドラッグミュージックの香りもする「SOPHIA DREAM」に流れる。「SOPHIA DREAM」にはシタール風の音が入っていて、次のオリエンタルな「月の砂漠」へとつながる。「Villain」の音が歪んでいくラストから、凍りつくような「凍える〜」へ。M1のSE「PEACE」はM13「ユリイカ」のフレーズから生まれた曲で、「ユリイカ」が最後の曲ならば、1曲目とぐるりとつながりそうなところだが、ラストを飾ったのはミディアムナンバーのM14「忘却」だった。冒頭のほうで今作の櫻井の歌詞には厭世観が漂うと書いたが、この曲では薄らとこの世界への未練のようなものも感じ取れる。とても含みのある楽曲で締め括ったところがBUCK-TICKらしい。
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