新国立劇場 2024/2025シーズン 演劇
ラインアップ説明会レポート~ブルノ
国立劇場招聘公演、フルオーディショ
ン企画など7演目が登場

新国立劇場 2024/2025シーズン 演劇ラインアップ説明会が2024年2月28日(水)に開催され、小川絵梨子演劇芸術監督が登壇した。芸術監督就任7年目となる2024/2025シーズンのラインアップについて小川は冒頭「このラインアップはロシアのウクライナ侵攻が始まった頃にプランしたものが多い。失ったり、不安になったり、傷ついたり、恐怖を感じたり、その中でもなんとか生きて未来への希望を見出したいと葛藤する人々を丁寧に描く物語が多く集まったと思っている」と述べた。

幕開けは、2003年にロンドンで初演され04年にローレンス・オリヴィエ賞、04-05年ニューヨーク演劇批評家協会賞を受賞した、イギリスの劇作家マーティン・マクドナーによる戯曲『ピローマン』だ。翻訳・演出は小川が務める。小川は2013年に名取事務所で同作の翻訳・演出を手掛けたことがあるが「今回はキャストもコンセプトも一新した形での上演となる。日本でも大変人気のある作品なのでご存じの方も多いかもしれないが、ある架空の国の、ある作家を中心に描かれる物語。困難だったり理不尽だったりする世の中で、物語というもの、もしくは物語を生み出す作り手の意義と責任、そして物語が紡ぎ出していくべき希望について問う作品になればと考えている」と語った。
『ピローマン』(左から)成河、亀田佳明
11月は、小川が芸術監督就任初年度から継続している、一年間を通して作品を育てていく「こつこつプロジェクト」の第二期参加作品より『テーバイ』が上演される。船岩祐太が構成・上演台本・演出を手掛け、ソポクレスの『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』を一つの戯曲として再構成する新作となる。小川は「一度試演会をしているが、そこからアップデートさせる。よき為政者となろうとしながらも、人間の持っている不安や迷い、自己欺瞞などにより困難を体験しながらテーバイの地で生きていこうとする人々を描く物語となっている」と述べた。
『テーバイ』(上段 左から)植本純米、加藤理恵、今井朋彦 (下段 左から)久保酎吉、池田有希子、木戸邑弥
12月は、20世紀のロシアを代表する作家、ミハイル・ブルガーコフの『白衛軍The White Guard』を上演する。日本初演となる今回は、2010年に英国ナショナルシアターで上演されたアンドリュー・アプトンの英語台本に基づき、小田島創志が翻訳、上村聡史が演出を務める。小川は「ロシア革命の直後、ソヴィエト政権が誕生した時代に、ウクライナのキーウに暮らすある一家の物語。戦争、侵略が正義の名の下に行われており、そうした破壊活動は人々の人生、家族の生き方、個人の思い、そして命をも潰していってしまう。1918年を描いた作品ではあるが、今につながる物語だと思う」と述べた。
『白衛軍 The White Guard』(上段 左から)村井良大、前田亜季 (下段 左から)上山竜治、大場泰正、大鷹明良
2025年4月は、こつこつプロジェクト Studio公演として『夜の道づれ』が上演される。2021年に始動したこつこつプロジェクト第二期を経て、さらに作品を深めるべく引き続き第三期への参加が決定し、通常公演よりやや小規模な「Studio公演」と銘打って一般公開する本作は、三好十郎が1950年に文芸誌「群像」に発表した戯曲を、京都を拠点に活躍する劇団烏丸ストロークロック主宰の柳沼昭徳が演出する。小川は「元々ラジオドラマとして書かれた本なので、三好の作品の中ではあまり上演されていないと思う。主人公の2人が(新国立劇場に隣接している)甲州街道沿いをずっと歩いているという作品で、歩みを止めないことがひとつの象徴になっているし、物語の軸になっている。戦後の日本の夜中の甲州街道を2人で歩きながら、日本がどのように歩んできたのか、そしてどのような道を選択して歩んでいくべきかを問いかける作品」と述べた。また、Studio公演について「お客様を入れた試演、という形で、他の公演よりもチケット代をなるべく低価格にしてたくさんのお客様に見ていただき、公演後に観客とのトークセッションなどを入れて、さらに作品の強度をあげるという、こつこつプロジェクトの延長で行う新しい試み」と説明した。
『夜の道づれ』(上段 左から)石橋徹郎、金子岳憲 (下段 左から)林田航平、峰 一作、滝沢花野
2025年5月からはシリーズ「光景~ここから先へと~」シリーズ三部作が上演される。小川はシリーズについて「三作品とも登場人物がほぼ家族のみという作品。社会の最小単位ともいえる様々な家族が織りなしていく光景を通して、今の日本、そして世界、社会の有り様を映し出し、それを手掛かりに考えていこう、ということを意図している」と説明した。
5~6月はシリーズVol.1として、海外招聘公演『母』が上演される。チェコ共和国・ブルノ国立劇場専属演出家のシュチェパーン・パーツルの演出で2022年4月に同劇場で上演された、チェコを代表する小説家で劇作家のカレル・チャペックが1938年に書いた『母』のチェコ語上演(日本語字幕付き)となる。小川は「先日、ブルノ国立劇場に行って作品を拝見し、演出家、そして劇場の演劇芸術監督と話をすることができた。『母』はブルノ国立劇場のレパートリーの一つ。演出家と芸術監督も公演に合わせて来日予定なので、国際交流も必ずやりたい」と語った。
『母』舞台写真 提供:ブルノ国立劇場
6月はVol.2として『ザ・ヒューマンズ─人間たち』が上演される。劇作家・脚本家として活躍するスティーヴン・キャラムによる作品で、2014年にシカゴで初演、2015年にオフ・ブロードウェイで上演、2016年にブロードウェイで上演、ピュリッツァー賞演劇部門最終候補、トニー賞ほか様々な賞を受賞するなど大きな話題を呼んだ。演出は2022年に『ロビー・ヒーロー』で新国立劇場に初登場した桑原裕子が務める。小川は「家族の日常の会話が描かれているが、家族であろうと共有しえない、打ち明けられない、個人たちが抱えているそこはかとない不安、果てしない恐怖が会話の中からこぼれ出していくような作品。私はあまり見たことがないようなとても不思議な作品だが、アメリカでは非常に評価が高く、映画化もされている。孤独や不安というものが個人の中にどれだけ巣くっているのか、不安にどれだけ苛まれているのかということが、現代的な怪談話のような要素も持って描かれている作品」と述べた。
シリーズの最後、そしてシーズンの最後を飾るのは、7月上演の『消えていくなら朝』だ。2018年7月に蓬莱竜太が新国立劇場に書き下ろし、当時の芸術監督だった宮田慶子の演出により初演された作品で、今回は蓬莱自らが演出も勤める。小川が芸術監督就任1年目から行っているフルオーディション企画の第7弾として、6名の出演者を今後決定する。小川は「当時も切実な問題だったと思うが、宗教二世の問題にも切り込んでいる作品。今さらに鮮明で身近な物語として我々に響くのではないかと考えている」と述べた。
このほか、「こつこつプロジェクトーディベロップメントー」の第三期、「ギャラリープロジェクト」の継続も表明した。小川は「船岩祐太さんや柳沼昭徳さんのような、劇場としても新しい若手の登用を今後も積み重ねていきたい。すべての公演ではないがプレビュー公演も行っており、2日間のプレビュー公演でお客様からアンケートをいただいて、3日間ほど劇場を閉めてさらに稽古を積み重ね、デザイナーの方々は作品とのマッチングをさらに磨き上げていただいて、客観的な目を通した上での初日を迎えるといった、様々な演劇の作り方や演劇の創造の場をさらに模索、開拓していくことも積み重ねていきたい。また、世界の国立劇場との繋がり、国際交流も積極的に繋いでいきたい」と思いを述べた。
新国立劇場 2024/2025シーズン 演劇ラインアップ説明会 小川絵梨子演劇芸術監督
質疑応答で現時点でプレビュー公演が決まっている演目があるかと聞かれた小川は「正直言うと全部やりたいが、現在調整中。これまでだと私が演出した『スカイライト』や『タージマハルの衛兵』などで行った。『タージマハルの衛兵』のときは、お客様からいただいた意見でラストシーンの衣装を変えた。お客様がアンケートを書いてくださることは、作り手にとって励ましだけでなく気づきもあって、大きな意味がある」と答えた。(なお、後の記者懇談会において、現時点で『ピローマン』ではプレビュー公演の実施が決定していると明らかにされた)
なぜこのシリーズタイトルになったのかを問われると、小川は「家族を描く作品は世界中にたくさんあるが、登場人物が家族のみというものは珍しいので、そこはひとつの切り口。「家族」という言葉をシーズンタイトルに入れるのであれば、現代は血の繋がりだけではなくもっと豊かな形、新しい形、多様的な形があることを描かなければならないと思う。今回はその切り口ではなく、家族という光景の中に詰まっている現代の世相を描き、社会を生きる人間が抱える問題ともう一度出会い、そこから未来に向けて何を考えていくのかということをテーマにしている」と説明した。
説明会終了後、小川を囲んでの記者懇談会が行われた。
今回発表されたラインアップの中では新作が1本のみであったことについて問われると、小川は「新作は最低1本は入れたいとは思っているが、本数は年によってまちまち。毎年で決めるというよりは、4年間という大きな構想の中で決めている」と答え、太田チーフプロデューサーが「2022/2023シーズンは新作が4本だった」と申し添えた。
小川が演出する『ピローマン』について、今回の上演でどのように変えるのかを聞かれた小川は「コロナ禍に、あらゆる物語、芸術や舞台活動には意義があるのではないか、作り手というのはどんな責務を感じるべきなのか、を考えた。この作品では物語の必要性について語られていて、世の中が苦しくて不安定であればあるほど物語の意義が大きく問われていくことを感じた。以前演出したときよりも、その視点が強くなると思う」と答えた。
ブルノ国立劇場に行って印象に残ったことを問われると、小川は「新国立劇場と同じように、バレエ・オペラ・演劇と分かれていてそれぞれに芸術監督がいる。演劇の芸術監督は35歳くらいのドラマターグの方で、『母』の演出のシュチェパーン・パーツルも30代。私はチェコの演劇が好きなので彼らと話が弾み、チェコは国自体が大きな変遷をたどってきた上で、改めて現代のお芝居というものに挑戦していくんだ、ということを熱く語ってくれた。シュチェパーンは昨年ハマスの攻撃が始まった直後に『母』をテルアビブで上演していて、観客から「今の自分たちの話だ」と言われたと教えてくれた」と語った。
フルオーディションへの反響について問われると、小川は「オーディションというものが、ただ自分が選ばれるためだけのものではなく、一緒に作る仲間を探す場なんだ、と感じられたと参加者から言われたことは嬉しかった。オーディションに参加した方たちには「(劇場側の)私たちのことも見てください」とお伝えしていて、相互の関係性を探すためのオーディションだと思っている。オーディションを経ているかどうかでスタートが違うので、稽古場の雰囲気も全然違う。キャリア関係なく平等にオーディションを経てきたということや、垣根のない創造の現場でスタートできることは大きい。オーディションシステムとは何なのかということを、この8年間を通して模索して問うていきたい」と述べた。
2023/2024シーズンの演劇ラインアップが4演目だったのに比べ、例年並みの演目数に戻ったこと、そして昨年は行われなかった、テーマを設定したシリーズ企画が復活したことは喜ばしい。ただ、Studio公演という新たな試みはあるものの、全体的に落ち着いたラインアップという印象も否めない。演目自体は、今上演することに意義を感じられる興味深い作品が並んでいるので、会見中に小川が語ったように、プレビュー公演の積極的な実施や、ブルノ国立劇場の招聘公演の際に公開の場で国際交流を行ったり、またStudio公演では終演後に観客と相互のやり取りができるようなトークの場を設けるなど、劇場が鑑賞するだけの場所で終わらずに、多様な体験ができるような一歩踏み込んだ新たな試みがプラスされることにも期待したい。
取材・文・撮影(会見)=久田絢子

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