「父の思いを繋いでいきたい」勘九郎
と七之助が意気込みを語る 十八世中
村勘三郎十三回忌追善『中村勘九郎
中村七之助 陽春・春暁特別公演2024

中村勘九郎、中村七之助を中心に中村屋一門が、2005年から毎年行ってきた全国巡業公演(※2020年はコロナ禍により中止)が、2024年3月26日(火)~4月1日(月)に「陽春歌舞伎特別公演」として全国6ヶ所、「春暁歌舞伎特別公演」として全国15ヶ所で開催される。
2022年には全国47都道府県すべてでの開催を達成、そして2024年は20年目という節目、また勘九郎、七之助の父である十八世目中村勘三郎の十三回忌追善としての巡業公演となる今回に向けての意気込みを、勘九郎、七之助の2人に聞いた。
まずは合同取材会が行われ、冒頭の挨拶で勘九郎は「中村屋の巡業特別公演も20年目を迎えることになった。今回は父の十三回忌追善として行う。十三回忌と聞いたときは「もう」という思いと「まだ」という思いが自分の中にあった。陽春公演には私の子も出演するので、父の思い、父が愛した歌舞伎、そして芸というものを繋いで、全国の皆様方に楽しんでいただけるような公演にしたいと思っている」、七之助は「2月の歌舞伎座の追善に引き続き3月・4月にも、私達の記念すべき20年目の巡業と併せて十三回忌の追善ができることを嬉しく思っている。今年は10月まで父の追善が続くので、本当に役者冥利に尽きると思う」とそれぞれ述べた。
中村勘九郎
巡業公演ではおなじみとなったトークコーナーについて大事にしていることを問われると、勘九郎は「中でも質問コーナーは、お客様に手を挙げてもらって直接お話しをするという、とても楽しく土地柄の出るもの。コロナ禍でしばらくそれができなくなっていたが、昨年秋の公演でやっと復活した。今回もより多くのお客様と直に触れ合ってお話しできたら」、七之助は「お客様との対話ができるようになり、その土地の行って欲しいところをお客様が提案してくださって、昼夜公演の間に2人で行ったりした。今回もそうしたやり取りを楽しみにしている」と、観客との直接のふれあいを大事にしている様子を語った。
演目について問われると、まず陽春の演目から勘九郎が『鶴亀』(つるかめ)について「長唄舞踊の代表的な作品。おめでたい踊りとして、公演の序幕に踊ることが多い。今回は小三郎・仲弥・仲四郎が勤め上げる。中村屋の巡業としてお弟子さんたちもいろいろな演目に出演してお客様に見ていただくことでレベルアップしてきたので、今回もこの3人でしっかりとした踊りを見せることができると思う」、七之助が『舞鶴雪月花』(ぶかくせつげっか)について「祖父の俳名『舞鶴』がついた、祖父のために作られた踊り。私も桜の精で1回、松虫でも出演したことがある。様式美も高く、季節の移ろいを描いた美しさや、雪達磨のユニークな踊りなど、いろんな歌舞伎舞踊の面白さがつまっていて見ごたえがある」と紹介。
春暁の演目から、勘九郎が『若鶴彩競廓景色』(わかづるいろどりきそうさとげしき)について「中村屋のお弟子さんの仲助・仲侍・仲之助と、おじの澤村藤十郎のお弟子さんの國久さんが勤める。國久さんは私たちと共に修行をし、毎回サポートをしてくれている。踊り自体は、俄獅子をベースとした踊りで、鳶頭と芸者のさわやかで粋な目にも楽しい舞踊だと思う」、七之助が『舞鶴五條橋』(ぶかくごじょうばし)について「これも『舞鶴』とついている演目。『五條橋』の踊りがベースだが、母親の常盤御前と牛若丸の親子の別れを描いているところが『五條橋』とは違うところ。親子の愛や憂いを描いた後に、牛若丸と弁慶が初めて出会った場面での迫力ある立廻りを味わえる踊りになっている」と紹介した。
中村七之助
質疑応答で、今回はどういった経緯で演目が決まったのかを聞かれた勘九郎は「今回は父の追善ということで、中村屋にゆかりのある踊りを選んだ。その中でも、祖父のために作られた『舞鶴』と名のついた踊りが残っているうえに、素晴らしいものばかりで、祖父にあて書きされている部分があるので情にあふれたところがあり、祖父そして父らしい踊りだな、と改めて思う」と思いを述べた。
各地に出向いて演じる際に大事にしていることを問われると、勘九郎は「トークコーナーで『今回初めて生で歌舞伎をご覧になる方』聞くと7割くらいの手が挙がる。最初に触れる歌舞伎が『よくわからなかった、つまらなかった』では絶対に嫌なので、面白いもの、記憶と心に残るものを心がけて、一つひとつ丁寧に勤めることを意識している」、七之助は「これを機に歌舞伎に生で触れて好きになっていただいて、中村屋だけでなく歌舞伎に足を運んでいただく、これが未来につながることだと思っている。一生懸命勤めるというのは父からの教えでもあり、常に心がけている」と語った。
『舞鶴雪月花』で初役となる雪達磨を演じることについて問われた勘九郎は「とにかくチャーミングな役。父は「あれはできない」と言って一回しかやらなかった。あて振りと言って歌を振りにして踊るというのがメインで、言ってしまえばパントマイムのようなもの。その表現方法やリアルさをうまくできたらいいなと思う」と述べた。
陽春公演に出演する勘太郎と長三郎への期待を問われると、勘九郎は「勘太郎は中村座で『舞鶴五條橋』牛若を勤めているが、長三郎は『舞鶴』と名のついた舞踊に初めて出演する。祖父のために作られ、父が受け継いで、脈々と繋いでいく中に初めて入るということが嬉しいし、こうやって繋がっていってくれたらと思う。松虫はとてもかわいらしく不思議な振りで、長三郎は独特の感性を持っているので、安心してできるのではないかと思う」、七之助は「2人と巡業ができることが純粋に楽しく嬉しい。2月の歌舞伎座で、勘太郎は初めて主役で一ヶ月勤め上げるし、長三郎は初役で仔獅子をやるので、一ヶ月やった後に役者として一回りも二回りも大きくなってこの3月を迎えるであろうと僕は確信している。二人の成長ぶりも楽しみ」とそれぞれ思いを語った。
春暁公演では歴史ある芝居小屋をまわることについて問われると、七之助は「芝居小屋でやるというのは、ホールや歌舞伎座でやるのとは違った魅力がある。芝の上に居ると書いて芝居、ということが実感できるような経験ができて、とても面白いし楽しい」と述べた。
中村七之助

今年の抱負を問われると、勘九郎は「42歳になり、去年は生まれて初めてぎっくり腰になったので、健康面に気を付けていきたい」、七之助は「父の十三回忌追善が続くので、体調に気を付けて一つひとつの公演を一歩一歩踏みしめて一年を過ごしていきたい」と述べた。

公演が終わった後で、息子2人にご褒美などは考えているのか、と問われた勘九郎は「全く考えていないですね」ときっぱりと答えて取材陣の笑いを誘った。続けて「でも昨日、長三郎が『2月が終わったらこれをもらおう』というのを僕の隣で聞こえるようにつぶやいていた。彼の中ではもらう気満々だと思う。ちなみに『HUNTER✕HUNTER』に登場する「軍儀」を買ってくれと言われた」と明かした。自身も漫画好きの勘九郎は「名作がこうやって読み続けられているというのが嬉しい。それは作品の持つ魅力や、(作者の)富樫義博先生や声優さんやアニメーション制作スタッフさんたちの結晶。そうやって『やりたいな、楽しいな』と思っていただけるものを僕らもずっと続けていかなければならないと思った」と歌舞伎と照らし合わせながら思いを語った。
勘太郎と長三郎を見ていて、勘三郎と似ていると感じるところはあるか、という質問に勘九郎は「勘太郎は、セリフを言ってにらんだ目が、父と似ている。あの目はなかなかできない。あれは言ってみれば(『ONE PIECE』に出てくる)「覇王色の覇気」。覇気をまとえるのはすごいなと思った。長三郎は非常に真面目なところが父と似ている。真摯にやる姿勢、スイッチの入り方が違う。稽古のはじめに『お願いいたします』と言った瞬間から別人格になる。なかなか面白い2人だと思う」と、父親の顔ものぞかせた。
中村勘九郎
今年3月で東日本大震災から13年、巡回公演では東北へも行く。被災地への思いを問われると、勘九郎は「僕たちができることはその土地に行って、皆様に少しでも笑顔になっていただく、元気になっていただくという思いを持ちながら公演をすること。その気持ちは忘れずに今回も勤めていきたい」と述べた後、能登半島地震と小倉駅前商店街の火災にも触れ「今年はいろいろなことがお正月から起きて、去年の秋の公演で富山の氷見に行ったばかりだし、小倉で一番行っていた「耕治」という中華料理屋さんが全焼してしまった。自分たちの知っている土地でお世話になった人たちが苦しい思いをしている。でも僕たちには舞台の上から発信することしかできないので、それはずっと続けていきたい」と胸の内を明かした。七之助も「舞台に立つときは常に、大切な人だったり、地震や火災などで苦しい思いや悲しい思いをした方々に喜んでもらえるようにやることが、僕たちの仕事であり生きがいであると思うので、常にいつも心の中で思っている」と思いを語った。
合同取材会終了後、勘九郎と七之助がSPICE単独インタビューに応じた。
ーー巡業特別公演の演目を選ぶときに、どういった点を重視されているのか教えてください。
勘九郎:歌舞伎の演目の中でも特に舞踊は様々なバリエーションがあって、今まであまり歌舞伎座などでも上演されないような埋もれてしまっている名作が多々あるので、そういったものをこの機会に見ていただきたいという気持ちで選んでいます。あとは初めて歌舞伎を見る方が多いので、渋めのものや難しいものは外して考えるようにしています。今回の演目に関して言えば、そういった観点からも『舞鶴雪月花』『舞鶴五條橋』が私たちの家の演目としてあることがとてもラッキーだなと思いました。初めて歌舞伎をご覧になる方たちの中には「見方がわからない」とおっしゃる方が多いのですが、「見方なんてないよ」ということをわかっていただきたいですね。歌舞伎となると、どうしても固定観念というか頭で難しく考えてしまう部分があると思いますが、そういったものを取っ払って見ていただけたらと思います。
(左から)中村七之助、中村勘九郎
ーー七之助さんは巡業に臨むにあたり、例えば歌舞伎座や平成中村座のときとお気持ちの違いというものは感じていらっしゃいますか。
七之助:やはり巡業公演が20年目という節目の年でもありますし、そこに今回は父の十三回忌追善ということもありますので、一生懸命勤めたいなという思いを抱いています。巡業の楽しいところは、会場ごとに全然違うところです。特に春暁で回る芝居小屋は、周りの雰囲気であったり、もちろん小屋の中、内装であったり楽屋であったり、その小屋や土地特有のものがあるところが、とてもワクワクしますし、初めて行く場所であれば「どんなところなんだろう」と想像するだけでもドキドキしますね。
ーー様々な公演形態、そして様々な演目にご出演されていて、歌舞伎以外の舞台や映像を含めて様々なお話しも来ると思います。そういった中で、自分たちのやりたいことと、周りから求められるものの間にギャップやジレンマを感じることはあるのでしょうか。
勘九郎:正直な話、お仕事のお話しについてはいただいたものがほとんどで、自分たち発信のものはなかなかやれていないので、その点に関してギャップやジレンマというものは全然感じていないですね。ありがたいことに、祖父の17代目勘三郎はギネスブックに載ったぐらい本当に多くの役をやっているので、その精神といいますか、その血を継いでいるので、もちろん何でもやればいいというものではないですが、「何でも来ていいですよ」という気持ちでいますので、どんな役でも楽しんで演じようと思っています。
七之助:私も仕事に対してジレンマのようなものはないですが、歌舞伎俳優としては古典の演目を常にできるようにしていかなくてはいけないと思いますので、それは主なベースとして考えています。映像に関しては、僕は極力お断りをしています。例えば宮藤官九郎さんとか源孝志さんとかお世話になっている方に声をかけていただいたり、この間出演した『どうする家康』だったら(松本)潤との縁だったり、そういうものを大切にしてお受けするのであって、自分から映画がやりたいとか、こういう役がやりたいというのは全くないです。もし、歌舞伎と映像と両方同時にオファーが来たら、どんな役でも確実に歌舞伎を取ります。
(左から)中村七之助、中村勘九郎
ーー今、宮藤官九郎さんのお名前が出ましたが、ちょうどシネマ歌舞伎で2022年10~11月に平成中村座で上演された『唐茄子屋 不思議国之若旦那』が上映されています。
勘九郎:『唐茄子屋 不思議国之若旦那』は新作歌舞伎ですが、父が受け継ぎ、大切にして、心から愛した古典がベースになっているので、そこは後世に繋げていかなければいけないというのが一番の使命だと思っています。宮藤さんはこれからも歌舞伎を書いてくださると思いますし、そうした才能あふれる方たちが歌舞伎を面白い、楽しいと思って書いて演出してくださる作品にはどんどん出演していきたいなと思いますね。
七之助:『唐茄子屋 不思議国之若旦那』は面白かったですし、とにかく兄がほぼ出ずっぱりで大変でしたよね(笑)。みんなが楽しんで稽古をしていたのも良かったですし、僕個人としては荒川良々というバケモノをみんなに見せたかったので、稽古場での彼に対するみんなの憧れの眼差しを見ながら「でしょ?」とほくそ笑んでいました。勘太郎と長三郎も大活躍していましたし、平成中村座で新作を上演したのが初めてだったので、2ヶ月やってよかったなと思いますし、シネマ歌舞伎として残してもらえたのはとても嬉しいことです。
勘九郎:あの公演のときはまだ感染症対策も厳しくて、僕が客席に降りる芝居の時も、しゃべっちゃいけないと言われて口を押えていましたよね(笑)。もちろんまだ注意は必要ですが、次に中村座でやるときはもっと劇場全体を巻き込んだようなものができたらいいな、と思います。コロナのことで言えば、全国巡業では特に、なかなか歌舞伎を見る機会のない土地の方たちに見ていただこうと行くわけですから、そこで体調不良者が出て休演となってしまうことは何としても避けたい。今回もしっかり気を付けて、回らせていただきたいと思います。
七之助:体調に気を付けて一生懸命勤めて、各地のお客様にいいものをお届けしたいですね。
取材・文・撮影=久田絢子

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