段田安則「どなたかの真似ではなく、
少し毛色の違ったリア王でもいいのか
な」~PARCO PRODUCE 2024『リア王』
に挑む心境を語る

2022年、イギリス出身のショーン・ホームズ演出の『セールスマンの死』で主人公ウィリー・ローマンを演じ、高い評価を受けた段田安則。そのショーン・ホームズ演出のもと、今回挑むはウィリアム・シェイクスピアの不朽の名作『リア王』だ。『セールスマンの死』同様、現代寄りの演出になるという。段田に作品への意気込みを聞いた。
ーー『セールスマンの死』でタッグを組んだショーン・ホームズさんと、今度は『リア王』に挑戦されます。
今は、大丈夫かなという不安ばかりです。ショーンさんに「シェイクスピアで何がやりたい?」と聞かれて、「ロミオ」って言ったら「ジュリエットはどうだ」と返されて(笑)。その後実際には『リア王』でご依頼をいただきました。『リア王』は、1991年に蜷川幸雄さんの演出で、エドガーを演じたことがあって、その時に、いい芝居だなぁ、と感じ入った記憶があります。今回、改めて読み返して、はてさて、自分がどういう風にできるのかと考え込んでしまいました。もちろん、楽しみは楽しみですし、うれしいことなのですが、今はまだ、楽しみな気持ちと不安な気持ちと半々です。
ーーショーンさんの演出についてはいかがですか。
海外の演出家さんは、イギリスやアメリカ、ルーマニアの方々など、これまで何度かご一緒してきましたが、それぞれに皆さん素晴らしかったんです。その中でも、ショーンさんは、稽古も全然無理がない進め方で、相性がいいというか、戯曲への向き合い方も、とても面白いと思いました。今回も、演出がショーンさんじゃなかったらもっと不安が大きかったかもしれません。『セールスマンの死』で得た彼への信頼感はとても大きいですね。そういえば、『セールスマンの死』でもそうでしたが、今回も、背広を着た現代に近づけた設定でやるらしいと聞いています。ショーンさんだったら僕でも成立する面白い創り方をしてくれるだろう、と今から頼り切っています。

舞台『リア王』ティザー
ーーショーンさんへの信頼についておうかがいできますか。

ご自分の明確な演出プランがしっかりありながらも、そのプランを押し付けるのではなく、柔軟な思考ももっていて、ユーモアもある。それで、こちらが何か提示すると、耳を傾けてくれる。最初から決まっている演出に当てはめていくのではなく、一緒に作っていく姿勢です。こっちですよ、という方向への道しるべが明確なので、じゃあ、こっちはこういうこともやってみようという前向きな作業ができるんです。冗談もよく言いますし、稽古場の空気が割と大らかで、そんなに必死すぎない、その加減がいいなと。その居心地の良さと言いますか、空気感が合っている気がしますね。
ーー『セールスマンの死』のラストで、段田さん演じるウィリー・ローマンが棺桶の如き冷蔵庫に入っていくシーンが忘れがたいです。
稽古場の割と最初の時期に決まった演出でした。ショーンさんの進め方としては、稽古場で俳優を見ながら稽古の中で考えて、どんどん練っていって、こういう形にしようと決めていっていました。ショーンさんはリアリズムだけではない演出で、ウィリー・ローマンの頭の中の出来事ということですべて答えが出て、問題が解決されていたと言いますか。普通ならありえないことも、現実と夢がそこでふわっと重なり合うというか、ショーンさんの演出によってその場面その場面で納得できるようになって、稽古をやりながら、どんどん演じやすくなっていきました。
ーー『リア王』のおもしろさをどう感じていらっしゃいますか。
以前演じたときの「面白い芝居だ」という印象はもちろん強烈に残っているのですが、今回改めて台本を読んでみて、今これを自分がやるのかと思ったら急に怖くなってきたというか……。ショーンさんが提示する現代版リア王がどういう風になるのか、自分でもとっても楽しみなんですが、本当に僕にできるのかなという不安が……。何だか不安だばっかり言ってますよね(笑)。昨日も戯曲を読んでいたら、最後に上演年表があって、多くの名優の皆さんの名前がずらっと並んでいて、僕が出た1991年の蜷川演出版も載っていたんです。あれから32年経っている、その年月の方にびっくりしました(笑)。今から30年経ったら、僕は絶対生きていないですからね。そのことに気づいたら、作品のおもしろさどころじゃなくなりました(笑)。30年前は、まさか自分がリア王を演じる日が来るとは思ってもいませんでしたから。『セールスマンの死』のウィリー・ローマンにしても、自分ができるとはまったく思いませんでしたし、そもそもウィリー・ローマン役は、しっかりした大木のようなお父さんというイメージを勝手に抱いていたので、自分には縁がない役だと思っていたんです。それが前回幸いにもお話をいただいて、実際に演じてみて、「こういうウィリー・ローマンもあるんだ」と思えたので、今回も、山﨑努さんのようなリア王にはなれないですが、僕なりのリア王という、つまり今までにないイメージのリア王が、ウィリー・ローマンと同じようにできあがるのではないか……という希望があります。そのためにも、きっとショーンさんが何かいろいろと考えて演出してくれるはずだと信じています。
ーー今、リア王という人物をどのようにとらえていらっしゃいますか。
年齢を重ねた今だからこそできる役なのではないか、と思います。最近、ブツブツと文句を言いながらテレビを見るようになってきました(笑)。若いときはそんなことなかったのに。リア王がそういう文句ばかりを言っているわけではないですけど、例えば、子供の頃は、歩けるようになったとか、自転車に乗れるようになったとか、ひとりで電車に乗れるようになったとか、前向きなことが多いですよね。それが歳を取ると、昨日階段を一段飛びできたけど今日はもうできないとか、字が見えづらくなったとか、日々できなくなっていくことが多くなってくるんです。その影響もあって、癇癪を起したり、何かにつけて腹立たしさを覚える気持ちがわかるというか。そう考えると、きっとリア王もつらかったんだろうなと思えてくるんです。だんだんリア王という老人の感情に共感するところが多くなってきました。
PARCO PRODUCE 2024『リア王』出演者
ーー共演者の方々についてはいかがですか。
『セールスマンの死』のときもそうでしたが、今回も素敵な俳優さんが揃っています。道化役の平田敦子さんは、お芝居は拝見していますが、初共演です。「道化役」はだいたい面白いおじさんがやる役というイメージですが、女性が演じることで、どういう面白さが出てくるのか楽しみです。娘たち(上白石萌歌、江口のりこ、田畑智子)は、舞台では初共演になるのかな。グロスターの息子二人(小池徹平、玉置玲央)は映像でご一緒したことがあります。ケント(高橋克実)は、確か二枚目がやる役だと思うんですけれどもね(笑)。前原滉さん(日本におけるショーン・ホームズ演出全4作に出演)はまた一緒ですが面白い役者さんです。おじさんたち二人(高橋克実、浅野和之)はね、このお二人がいなかったら僕は荒海の中にひとり放り込まれたような気分になって不安が倍増していたと思います。このお二方がいらっしゃるのでかなり心強いですね。グロスター(浅野和之)の話もおもしろいですから、僕がダメになったらグロスターに任せます(笑)。
ーー1991年に『リア王』に出演されたとき、物語のどんなところに魅力を感じましたか。
あのときは、蜷川さんの演出舞台が初めてで、それがうれしかったですし、エドガーも面白い役だったんです。父親のグロスターを思いながら、ちょっとおかしくなったふりして、目が見えなくなったお父さんに寄り添って。壤晴彦さんがグロスターで、津嘉山正種さんがリア王でした。いい戯曲だなと思いましたね。はっきりしている話で、悪人の中にもいいところがあるとかではなくて、上の娘二人は悪くて一番下の娘は心優しく親思いだとか、グロスターの方も悪巧みばかりしているエドマンドと親思いのエドガー、そのはっきりしているところがおもしろかったですね。
ーーシェイクスピアのセリフのおもしろさについてはいかがですか。
楽しいんですけど、やっぱり難しいですね。でも、難しいからこそ、芝居をしている! という高揚感が出てきて、気持ちがいいんです。
ーーショーンさんの演出では役へのアプローチを変えたりということはありますか。
特に自分の方から何かを変えるということはなかったです。ショーンさんは日本語をしゃべらないし、僕も英語をしゃべらないですが、自然にまったく問題なく稽古が進んでいった感覚で、それはいい演出家だからこそなんだと思いました。今の段階で明確に、こういう感じで行ったらこうなるかなというのがあれば不安も少ないんでしょうけれども、まだ、それがないですから。実は、こんな感じで行こうかなって画策している秘策はひとつあるんですけれども、大失敗するかもしれないのでそれは内緒にしておきます。稽古場で一回やってみて、失敗したら諦めます(笑)。『セールスマンの死』のときも、僕だったらどんな感じでできるかなと考えながら入っていったので、あまり決めずに、こんな感覚かなとか、こんなしゃべり方かなとか、具体的にこういう人というのが、稽古をしながら見えてくるんじゃないかなと思っていて。割といつもそうですね。こんな感じの歩き方とかしゃべり方とか、あんまり最初から決めないです。稽古場でやりながら、つかんでいくという感じです。
ーー過去に演じた方々を参考にされたりは?
それは難しいと思うんです。これまで、だいたい男らしい立派な方々が演じていらっしゃるイメージがありますが、体格からして僕は違うので、どなたかの真似ではなく、少し毛色の違ったリア王でもいいのかな、と今は思っています。少し違う、変化球を投げるというか…。でも、あんまり変化球を狙い過ぎてもだめですが。と言いながら、山﨑努さんの著書「俳優のノート」に、リア王を演じるにあたってお書きになった記述があるのですが、それを読んで、こんなに深いお考えをもっていろいろな挑戦をしていらっしゃるのか……、と驚くことばかりでした。うわあ、やっぱり素晴らしい俳優さんは違うな、少しでも参考にできないかなとは思っています。僕なんか出たとこ勝負みたいなところがあって恥ずかしいのですが(笑)。
段田安則
ーー現段階で何かショーンさんからお話は?
まだ具体的ではないですが、少し話を聞いたところでは、今回、今までで一番見やすい、『リア王』になるんじゃないかという感触です。初めてご覧になる方にも入りやすい、身近に感じられる舞台になればなと。衣装も現代風に背広ですし。ただ、そうすると、僕の場合、通勤電車に乗っているお父さんになってしまいそうで、ちょっと心配ですけど(笑)。
ーーさきほどから不安不安とおっしゃっていますが(笑)、最終的には舞台に立たれるわけで、そのどんな瞬間に喜びや醍醐味を感じられるのでしょうか。
やっぱり、自分の演技に対してお客様が笑ってくださったり、少しでも心が動いたり、そういう反応が感じられることが一番うれしいですね。今回もお客様の心が動けばいいなと、それだけですね。
ーーショーン演出作品のお勧めポイントは?
『セールスマンの死』にせよ『桜の園』にせよ、名作戯曲が、演出でこんなにも変わるのかという衝撃を与えてきた方なので、その世界観に注目してご覧いただきたいですね。演劇がお好きな方々は、「あの人のリア王」というのが心に残っていらっしゃる方もいると思いますが、見比べていただくのも面白いんじゃないでしょうか。「すみませんけど、こんなのもちょっとありますよ」という感じです(笑)。僕自身も、有名な演目や役を、この俳優さんで観たことはあるけれども、この俳優さんだとどうだろう、と見比べるのが楽しいので、僕が敗れ去るとしても全く構わないので(笑)見比べて楽しんでいただけたら嬉しいです。何よりも、何百年も上演され続けている名作戯曲『リア王』が。シェイクスピアの本場イギリスから来た演出家の斬新なアプローチと充実の俳優陣の総力で、今の日本にどのような姿を見せようとしているのか……。是非、劇場で目撃してください!

取材・文=藤本真由(舞台評論家)

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