イラスト:桟敷大祐

イラスト:桟敷大祐

【神風動画20周年コラム―肺魚―】#
02 神風動画誕生 25年前に確立した
“疑似セル画スタイル”

 神風動画代表の水崎淳平氏が、私小説風に同社の歴史をつづるコラム第2回。いよいよ神風動画誕生のエピソードです。

 第1回で水崎氏とチームを組んだ経緯が書かれた桟敷大祐氏、森田修平氏(現・YAMATOWORKS代表)の3人による試作で、現在まで続く神風動画の“疑似セル画スタイル”が生みだされた瞬間が明らかにされています。
 コラムで紹介された短編「ioCI」、神風動画のオリジナル中編映画「COCOLORS」の源流にあたる短編「ガソリンマスク」、2作のレアな動画も提供いただきました。コラムとあわせてご視聴ください。(アニメハック編集部)
 1979年夏。
 病室の鏡に映った自分の頭には、何かの検査用の電極がたくさん繋がっている。これが人生の最初の記憶だ。
 昆虫が大好きだった水崎は5歳の夏、1人でセミを取りに遊びに出てそのまま車に轢かれた。駆けつけた母は、頭から血を流して動かない息子を見て「死んでいる」と思った。
 怪我をした頭が現在は大丈夫なのかはちょっと怪しいところはあるが、幸いにも当時の年齢の後ろにゼロがひとつ増えた今もこうして当時のことを振り返ることが出来るのであれば、頭はたぶん大丈夫なのだろう。
 入院中は近所の友達がたくさんお見舞いに来てくれた。1973年生まれは第二次ベビーブームのピーク世代で、周囲の家にも同世代の友達がたくさん住んでいたものだった。
 お見舞いに、ともらったロボットアニメの玩具は、5機の戦闘マシンが「超電磁ロボ コン・バトラーV」という巨大ロボットに合体する超合金だ。正確には巨大ロボットそのものではなく、巨大ロボットに合体する戦闘マシンの2号機「バトルクラッシャー」である。
その当時は「コンバトラーV」が近所の友達の間で流行しており、水崎少年が退院したら持ち寄って合体させようという事だったのだろう。とても嬉しかった。
 この時から合体する超合金が大好きになっていった。
 1998年秋。
 チームとして桟敷くん、森田くんをアルバイト採用したが、肝心なゲームグラフィックの仕事はまだ本格的にはスタートされていなかった。そこでソフトウェアの習得を兼ねて、何か試作の映像を作ってみようとなる。
 2人には水崎が3DCGで試作したものを見てもらった。「LightWave3D」でモデリングしたキャラクターに標準機能でポリゴンエッジを表示させ、輪郭線だけを描画したものだった。
 キャラクターも背景も真っ白に設定し、キャラクターは発光させて陰影も出ないようにした。そのようにすると輪郭だけが描画され、白い紙に清書された線画のイラストのような見た目になるのである。
 森田くんは「こんな事できるんですか!」とても食いついた。この表現方法で何か映像を作ることで、3人のチームでの役割を見つけようとしていた。
 試作映像の内容は“鉄の塊が合体していく”ようなものをイメージし、まさしく「コンバトラーV」の合体シーンのような、大きな物同士が磁力で吸い寄せられ、合体した際に電流が走るあれをやりたかった。
 ただ作風は昭和ロボットアニメにするつもりもなく、自分や森田くんとも好みが一致している「AKIRA」「EXTRA」「MEMORIES」「ロボットカーニバル」あたりの大友克洋監督、森本晃司監督の関わる作品を目標とした。桟敷くんにもそれらの作品に染まってもらうため、その頃の京染会館4階の一室では、それらが延々と繰り返し上映されていた。
 そこからは1年間くらいノンストップで流していたかもしれない。
 桟敷くんには基本となる世界観を描いてもらったが、A4の用紙に鉛筆で描かれた緻密な工業地帯が素晴らしく、何か見本を見るでもなく、頭の中にある世界を紙に写しているようにずっと紙に向き合ってびっしりと描く姿その集中力にも驚いた。
 PCのグラフィックソフトは未経験だというので、その描いた背景をスキャンしPhotoshopで色をつける方法を教え、桟敷くんがマウスでカチカチと色をつけてゆく。絵が描ける人はマウスでも上手いんだなと当時思ったのを憶えている。
 ちなみに1998年はようやく市場にペンタブレットが出たばかりでまだ高価なものだったので導入はしていなかった。
 森田くんには合体していく大きな鉄の塊をLightWave3Dでモデリングしてもらうことに。
 彼は水崎と同じ大学出身で、コンピュータグラフィック基礎の授業も受けていることはわかっていたので、LightWave3Dの基本概念といくつかのショートカットを教え、見本となる鉄の塊は桟敷くんにひとつだけ描いてもらって、それを自分なりにデザインしながらいくつかモデリングしていってもらった。
 鉄の塊は、合体すると文字になるようにしている。ただ何かが合体するだけでは視聴理由がないため、何かの英単語が組み上がっていく構成にした。
 映像的には先に鉄の塊の文字をモデリングし、そのオブジェクトをモーフィング(ポリゴンの頂点が移動していく変形)でバラバラにし、逆再生させる方法を取った。とてもコストパフォーマンスの良い方法だ。
 これらの作業を経て、桟敷くんはPhotoshopを習得し森田くんはLightWave3Dを習得していった。ソフトを習得しただけではなく、同時に2人のポジションも見つかった事が大きい。
 背景素材と文字のオブジェクトが揃ってきたので組み合わせ、カット割りをしていく。桟敷くんの描いた緻密な世界観を背に、瓦礫が集まって合体して鉄の塊の文字になっていく。
 文字オブジェクトは真っ白にして発光させることで陰影をなくし、ポリゴンエッジを出力させると、原画を中割りしてクリンナップした動画(アニメの世界での動画)のような状態になる。
 手描きで作画したらどれだけ時間と人数がかかるのかわからないような緻密な線画が、3人で作れたことに興奮した。
 しかしこの緻密な線画にどうやって色をつければいいのかまだ道筋は見えておらず、「Photoshopで塗ってみよう」となったが今思えばそれは無謀すぎた。
 3人チームなのにWindowsは2台。夜は水崎が瓦礫以外のカットを作り、日中は2人に塗ってもらう。瓦礫の線画の中にPhotoshopのバケツツールでカチカチと色を入れていった。出力した線画を二値化するという事も思いつかなかったので、色の流し込みの際に線画のアンチエイリアス部分で泣かされる。そうして何日かかかり、ひとつの文字のカットを塗り終えた。
 データを取りまとめ秒15コマ(なぜそのfpsにしたのかは覚えていない)で並べて、3人でワクワクしながら再生してみると、エラーのようにあちこちの色がパカパカと激しく明滅しながら瓦礫がひとつの文字になっていく。
 3人は絶望した。いわゆるセルアニメでいう“セルパカ”である(編注)。
 アニメに携わる人たちが苦労をして線画を仕上げ、ルールの下で色指定を見ながらひとつひとつ塗っていく。その長年の開発の歴史の上に成り立った仕組みでアニメはできている。そのことを身をもって感じる経験となった。
(編注:「セルパカ」とは、「色パカ」「線パカ」とも言われる仕上げ工程のミスのこと。画面でセルの色や線の太さが突然変化することでパカパカとして見えて違和感を感じさせてしまうことを言う)
 これは今でも言うことだが、CGも使ってカットを作っている時にどうしても「めんどくさい!」と感じる事が何度もある。ただもっと大変な手描きや手塗りで作業をし、大きなカロリーをフィルムに乗せている工程からすれば、CGはだいぶ近道ができているのである。
 フィルムに乗ったカロリーは大きいほうがいいと今でも思う。ある程度の「めんどくさい」はカロリーを上げる必要な要素だと思って乗り越えよう、と今でも思えるのはこの時の手作業での色塗りとパカパカのショックの経験があるからだと思っている。
 とはいえ技術試作でもあるので、近道を探すことも実験のうち。手作業で塗る以外の手法を探していく。実際、2人に手作業で塗ってもらっていた時期は無謀に感じたのか、ちょっとアルバイトも休みがちになってしまっていた。水崎が作りたかったチームはそういう辛いものではなくもっと気分が上がる現場だったので、これは改善していくしかない。
 夜中は水崎がPCが使えるので、森田くんに作ってもらったCGデータで検証をしていく。文字オブジェクトには色がついているが、CGならではのリアルな陰影が出てしまう。かといって、輪郭線を描画するときのようにオブジェクトを発光させると、文字オブジェクトは狙った色ではなくなってしまう。そこで、“環境光”というものの存在に気づく。
 環境光とは?
 例えば外に出ている時に日差しを受けると、陽の当たっていない影の部分は真っ黒になるわけではなく、しっかり見えている。これは、日差しを受けている周囲から反射した光によって見えているわけである。
 3DCGでは、この光を受けた部分からの反射を計算(ラジオシティと呼ぶ)すると莫大なレンダリング時間が発生してしまうため、擬似的に光を受けていない部分でもちょっと認識出来るような影部分の光の設定がある。それが環境光である。
 水崎は思いつく。「環境光を100%にしたら?」その予感は的中し、文字オブジェクトからは陰影がなくなり、設定した色だけを描画させることができた。
 線画の情報、色の情報が得られたので、残るはセル画のような影が欲しい。しかしこれは簡単だ。
 表面色を真っ白にした文字オブジェクトに光源を当て、陰影を描写すると、モノトーンの陰影の画像が作られる。ただこのままだとリアルなCGならではの陰影になってしまうので、この陰影の画像のコントラストを100%まで上げる。そうすると陰影は真っ白か真っ黒になる。セル影情報としてはこれで十分だった。
 この3つの画像「線画」「色」「影」を組み合わせると、擬似的なセル画のように仕上がった。後の25年にも及ぶ神風動画のスタイルが確立された瞬間だった。
イラスト:桟敷大祐 高密度の瓦礫がひとつになっていき、鉄の塊の文字が完成する。合体した部分には手描きで描き加えた電流を走らせた。「コンバトラーV」のあれである。電流エフェクトは水崎が見本を作り、桟敷くんにも手伝ってもらった。1枚1枚にコツコツと描いていく作業がとにかく楽しいらしく、かっこいい合体エフェクトが揃う。
 残りの作業は水崎が夜にコツコツと進め、音楽や効果音を入れて映像は完成した。
 コンビナートの並ぶ風景の上空、いくつものモニタがついた建造物からパンダウンすると、ひとつの大きなコンビナートが爆発する。
 爆発に呼び起こされたように地面から瓦礫が出現し上昇していく。瓦礫は上空でいくつかの塊となっていく。
 巨大な文字は「I」「M」「A」「G」「E」「O」「F」「F」。
 当時、ひとりでスタートした仮の個人事業名「imageoff」のCI(編注:コーポレート・アイデンティティ)として形にした作品だったので、作品名は「ioCI」とした。夜中にコツコツと完成させ、桟敷くんと森田くんにお披露目した時は最高に盛り上がり、自分たちはこの方向性を追求しようという気持ちが一致する。
 その後この「ioCI」は、LightWave3Dによる作品コンテスト「WavyAward’99」にて最優秀賞 を獲ることになる。
イラスト:桟敷大祐 自分たちはこの作品を完成させ、多少ながらも小さな評価をもらった。これは例えるなら、わらしべ長者にとっての“わら”を手にした瞬間だった。たとえ“わら”だとしても、これを持っていないと始まらないだろう。
 この日本式の3DCG技術でいつか世界と戦いたい。
 そんな心意気を込め、このチーム名はここから「神風動画」とした。

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