カピトリーノ美術館の至宝が集結する
『永遠の都ローマ展』レポート 古代
彫刻や絵画でたどる美のルーツ

『永遠の都ローマ展』が、2023年9月16日(土)から12月10日(日)まで、東京都美術館にて開催されている。ローマとひと口に言っても、歴史がとても長いうえに、切り口は無限大。一体この展覧会は、どのようなローマを見せる展覧会なのだろうか?
『永遠の都ローマ展』エントランス
それはざっくり言うと、“カピトリーノ美術館に関するモノ”である。ローマのカピトリーノの丘に佇む同館は550年以上もの歴史を誇り、「世界最古の美術館のひとつ」と言われる。そのコレクションがまとまって来日するのは、今回が初の機会だという。同館の収蔵品を中心とした約70点の至宝に触れることで、きっと時代や国境を超えて続く美の系譜を感じることができるだろう。
それは紀元前753年のお話
会場風景
第1章「ローマ建国神話の創造」の中央で来場者を待ち受けるのは、《カピトリーノの牝狼(複製)》だ。古代ローマ関連の本やサイトで必ずと言っていいほど出てくる“これぞローマ!”な一品である。ちなみに日比谷公園と味の素スタジアムにも複製が置かれているので、馴染み深く感じる人が多いかもしれない。私たちと古代ローマを繋ぐ架け橋のような本作は、展覧会の幕開けを飾るのにぴったりだ。

《カピトリーノの牝狼(複製)》20世紀(原作は前5世紀)、ローマ市庁舎蔵

狼の乳を飲んでいるのは、古代ローマの建国神話に登場する双子のロムルス&レムス。ふたりは川に捨てられたところを、寄ってきた牝狼に助けられたという。
《カピトリーノの牝狼(複製)》部分
全身で歓喜を表現する双子。さすが、感情表現が豊かである。なお、双子はその後色々あって、弟を打ち負かした兄のロムルスがローマ建国の祖となる。もし弟が勝っていたら、ローマではなくレーマだったのだろうか……
第1章ではこの《カピトリーノの牝狼(複製)》の他にも、建国神話をモチーフにした彫刻やメダルが多数展示されている。神話自体は長く複雑なので、この章をより深く味わうなら、事前に軽く知識を仕入れておくのがおすすめだ。
ごきげんよう、皇帝陛下
会場風景
続く第2章「ローマ帝国の栄光」では、歴代ローマ皇帝や、その周辺にいた女性たちの彫像がズラリと並ぶ。そして奥へ進むと……
会場風景
一気に縮尺がおかしくなったような感覚に。こちらは本展の目玉の一つである《コンスタンティヌス帝の巨像》の一部を原寸大で複製した作品が展示されているコーナーだ。かつての巨像の全長は不明だが、断片の大きさから、小さくとも高さ12mはあったと推定されており、手足、頭部だけでも十分にその迫力が伝わってくる。これだけの巨像を作る技術にも、富にも、威信にもびっくりである。
《コンスタンティヌス帝の巨像の頭部(複製)》1930年代(原作は330-37年)、ローマ文明博物館蔵
この頭部だけで約1.8mの大きさだ。古代ローマ人たちの目線に近いように下から見上げてみると、上向きの視線が強調され、皇帝はさらなる高みを見据えているように見える。ちなみに、このコンスタンティヌス帝はローマ皇帝で初めてキリスト教を信仰し、それを公認したことで有名なお人である。
《コンスタンティヌス帝の巨像の左手(複製)》1996年(原作は330-37年)、ローマ文明博物館蔵
皇帝像は左手に、地球・天球を表すボールを持っていた。注目は、継ぎ目のある左手の人差し指部分だ。この指はルーブル美術館の収蔵庫にあったものが、近年「もしかしてあの巨像の左手にピッタリなのでは?」と再発見され、無事に里帰りしたというエピソードを持つ。本展は、そんな人差し指を含めた左手を見られるチャンスだ。
必見……東京展に舞い降りた女神!
そして本展の東京会場では、奇跡の初来日を果たした《カピトリーノのヴィーナス》が大きな見どころとなっている。特別に区切られた小部屋のような展示スペースは、ご本家カピトリーノ美術館と同じ八角形に設えてある。花のように広がる足元の模様は、同館前の広場の模様を模したものだ。格別の待遇から、「ヴィーナス様、熱烈大歓迎!」のムードがひしひしと伝わってくる。

《カピトリーノのヴィーナス》2世紀、カピトリーノ美術館蔵
《ミロのヴィーナス》に並ぶ古代ヴィーナス像の傑作と称される本作は、カピトリーノ美術館から外に出ることは滅多に無い“おひめさま”である。艶やかな大理石の輝きも、優しいカーブを描く体のラインも、溜め息が出てしまう美しさだ。ぜひとも、実際に会場で対面してみてほしい。

《カピトリーノのヴィーナス》(部分)
この彫像が制作されたのは2世紀。けれど元となった彫像が作られたのは、さらに昔の紀元前4世紀ギリシャである。古代ローマの人々は、征服先の古代ギリシャの芸術にどっぷりハマり、傑作のコピーを作らせて自宅や街を飾っていたという。それが人呼んで「ローマン・コピー」だ。模造品と侮るなかれ、オリジナルのギリシャ彫刻がほぼ失われてしまった今、遥か昔の人々が何を美しいと思い、魅せられたのかを知る重要な手がかりである。何より、「素敵な作品だからコピーを飾ろう!」という古代ローマ人のメンタリティには親近感しかない。私たちがモネやゴッホの高級複製画を購入するのと、ちょっと似ているのではないだろうか。
美術館としての進化
会場風景
第3章は「美術館の誕生からミケラジェロによる広場構想」。世界初の美術館であるカピトリーノ美術館が、誰によってどのようにして計画されたのか、そして進化していったのかを知るパートだ。
エティエンヌ・デュペラック《カンピドリオ広場の眺め》1569年、ローマ美術館蔵
エティエンヌ・デュぺラックの版画《カンピドリオ広場の眺め》は、ミケランジェロによる広場デザインを詳しく伝える版画だ。隣にあるパネルの写真と見比べると、現在のカピトリーノの丘がほぼ完璧にこの構想を実現していることが分かる。残念ながらミケランジェロの時代には建築は進まず、全体が完成したのは1世紀後、床の舗装デザインの実現に至っては1940年のことだったという。
華麗なる絵画コレクション
手前:ジョヴァンニ・ランフランコ《エルミニアと牧人たち》1633-37年、カピトリーノ美術館 絵画館蔵
そして第4章「絵画館コレクション」では、カピトリーノ美術館所蔵の16世紀〜18世紀イタリア絵画作品が展示されている。ティントレットやカラヴァッジョ派の画家など、バロック美術らしいドラマチックな明暗表現の作品たちだ。とはいえ由緒ある名家から買い取る形で創設された絵画コレクションなので、バロックといえども“どぎつく”ない、健康的かつ品のいい作品が多いような印象を受ける。写真手前の《エルミニアと牧人たち》を描いたのは、教皇パウルス5世のお気に入りだったジョヴァンニ・ランフランコ。
ジョヴァンニ・ランフランコ《エルミニアと牧人たち》(部分)
画中の子どもがやたらとこちらを見つめ返してくるのが面白い。同じエリアにある《聖母子と天使たち》や《聖家族》などでも子どもの視線を感じるので、もしかしてこれは当時のイタリア富裕層の趣味だったのかも……? なんて想像を巡らせてみるのも楽しい。
ピエトロ・ダ・コルトーナ《教皇ウルバヌス8世の肖像》1624-27年頃、カピトリーノ美術館 絵画館蔵
貫禄たっぷりの《教皇ウルバヌス8世の肖像》も必見の一作。制作当時の教皇は56歳前後のはずだが、その肌ツヤ・血色は輝くばかりで、だいぶ“盛って”描かれているようだ。画家のピエトロ・ダ・コルトーナは教皇のお気に入りとなり、数年後にはバルベリーニ宮の天井装飾という大仕事を任されることになる。
ピエトロ・ダ・コルトーナ《教皇ウルバヌス8世の肖像》(部分)
レースやベルベットの質感表現がとても得意なピエトロ・ダ・コルトーナ。足を止めてじっくりとリッチな筆遣いを鑑賞しよう。
WE LOVE ROME
手前:ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《トラヤヌス帝記念柱の正面全景》1774-75年、ローマ美術館蔵
第5章「芸術の都ローマへの憧れ−空想と現実のあわい」に入ると、グイーンと縦に長い、ピラネージの版画が目に飛び込んでくる。ローマ名物のひとつである古代彫刻「トラヤヌス帝記念柱」を描いたもので、超絶技巧と言える精密さだ。

ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージ《トラヤヌス帝記念柱の正面全景》部分

柱は高さ約30mで、トラヤヌス帝の戦勝を表したレリーフがぐるりと200m続く。後方には30分の1サイズ模型と、現在の姿を写したムービーが併せて展示されており、柱の全容を知ることができる。
展示風景
写真手前は、トラヤヌス帝記念柱のレリーフの複製。レリーフ前では来場者による撮影がOKなので、古代ローマに思いを馳せて記念撮影するのもいいかもしれない(撮影の際は、会場に掲示されている注意事項を要確認)。そして本章では他に、海外から見たローマの姿や、ローマ美術にインスパイアされたイタリア国内外の作品などが展示されている。
イッポリート・カッフィ《フォロ・ロマーノ》1841年、ローマ美術館蔵
《フォロ・ロマーノ》は、ローマ帝国の滅亡後に放置されて廃墟となっていた、フォロ・ロマーノ(市民広場)の風景を描いたものだ。右奥にはチラリとコロッセオの姿も見えている。画家のイッポリート・カッフィは北イタリア出身で、ローマに魅せられて1832年に同地へ移り住んだそうな。写真のように澄んだ画面の中にノスタルジックな光が溢れる、描き手のローマ愛を感じる作品である。
《アモルとプシュケ》18世紀、カピトリーノ美術館 絵画館蔵
こちらは、18世紀にドイツのマイセン磁器製作所で制作された《アモルとプシュケ》の素焼き陶器像。元になったのはカピトリーノ美術館にある大理石像で、腕を回し合う優雅なポーズはほぼ一緒。このマイセン版では、腰布がちょっと頑張ってアモル(左)の脚の間を隠しているのが違いである。
そして美の系譜は日本へ……
会場風景
展覧会の最後には、特集展示として「カピトリーノ美術館と日本」のコーナーが設けられており、ここがとても面白い! まず、2点の頭部像にご注目あれ。特に左のディオニュソス像は、学校の美術室で見たことがある人も多いのではないだろうか?
《ディオニュソスの頭部》2世紀半ば、カピトリーノ美術館蔵
オリジナルのギリシャ彫刻は紀元前4世紀のものと推定され、例によって現存していない。この《ディオニュソスの頭部》は、2世紀半ばに制作された大理石像だ。
そして……本作の石膏コピーが、明治時代、日本初の美術教育機関の設立の際に“美の規範”としてイタリアから持ち込まれた。以来、美術教育の現場ではこの像の石膏バージョンがデッサンの課題として登場することが多く、今日でも石膏像「アリアス」の呼び名で親しまれているという。本展は、そんな美学生の友「アリアス」の元となった大理石像が初来日を果たした貴重な機会なのだ。
小栗令裕《欧州婦人アリアンヌ半身》1879年、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻蔵
隣には小栗令裕《欧州婦人アリアンヌ半身》像が。先述の美術教育機関の学生だった小栗が、課題として「アリアス」を模刻したものである。大元となったカピトリーノのディオニュソス像と、その石膏像「アリアス」を経て生み出された日本の「アリアンヌ」が並んで展示されているのには胸が熱くなる。
ディオニュソス像はその美しさから、ディオニュソスではなく恋人のアリアドネの像だとされていた時期があるという。小栗作品はタイトルからして明確に女性像として制作されており、ディオニュソスとよく似ていながらも、髪飾りや服の装飾が増えたり、ちゃっかり胸の膨らみまで追加されているのが面白い。
伝歌川豊春(版元西村屋与八)《阿蘭陀フランスカノ伽藍之図》1804-18年頃、中右コレクション蔵
最後に一枚の浮世絵を。こちらは第5章で見た風景画と同じフォロ・ロマーノを描いたものだが、複数の名所を組み合わせた空想の景色となっている。輸入品の銅版画を参考に制作されたらしく、建造物はどれも的確に表現されている……のだが、盛大に間違っている部分がある。上部に記されたタイトルは
《阿蘭陀フランスカノ伽藍之図(オランダの寺院建築の図)》
違うよーっ! と突っ込みたくなるが、江戸時代の町民にとってのヨーロッパは遥か彼方の地であり、オランダだろうがローマだろうが、ロマンに満ちた異国であることに違いはなかったのかもしれない。
至宝でたどる2000年の歴史と芸術
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美しいもの、得難いものを大切に保管し、皆で心を豊かにできたら。もちろん大人の事情や政治的背景などもあるだろうけれど、美術館の大もとにはそんな純粋な願いがあるように感じてならない。古代ローマの人々が愛し、世界最古のひとつとされる美術館が守ってきた至宝たちは、やっぱり現代の私たちの心をも震わせてくれるのだ。
『永遠の都ローマ展』は、2023年12月10日(日)まで、東京都美術館にて開催中。その後、2024年1月5日(金)から3月10日(日)まで、福岡市美術館へと巡回予定。

※《カピトリーノのヴィーナス》は東京会場限定展示
文・写真=小杉 美香

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