【数土直志の「月刊アニメビジネス」
】アニメ・マンガの国立ミュージアム
は実現するのか、しないのか?

大手新聞が報道した国のミュージアム整備
 7月の日本経済新聞に気になる記事が掲載されていた。「漫画・アニメの国立美術館 文化庁など予算要求へ―訪日客増加にらむ―」というタイトルで、アニメ・マンガ業界で長年、懸念となってきたアニメーションやマンガのミュージアム(博物館)を国が検討する予算が、来年度(令和6/2024年度)の国家予算に盛り込まれるという。
 記事では、「政府は6月にまとめた経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)で『メディア芸術ナショナルセンター構想の推進を図る』と盛り込んだ。基本構想は23年度中の策定をめざす。24年度以降に漫画の原画収集などを進める。集めた作品を展示するための施設の建設も視野に入れる」(日本経済新聞7月24日より引用)としている。
 8月には読売新聞にも同様の記事が掲載されている。こちらのタイトルは「アニメのセル画や漫画の原画は『文化財』、国が収集し海外流出阻止へ…国立施設も視野」。マンガの原画やアニメのセル画などの収集により力点が置かれた。
 「日本の漫画やアニメの国際的な人気の高まりに伴い、原画やセル画は高額で取引されるなど、『作品』としての価値が高まっているためだ。保存や活用の方法を検討し、新たな国立展示施設の建設も視野に入れる」(読売新聞8月14日より引用)とする。
 いずれも国立の展示施設の整備を視野と結論づけているのが注目される。
原画やセル画の保存が筆頭に
 ところが8月末に文化庁が政府に提出した来年度予算案を示す実際の概算要求は、ミュージアム建設は両新聞で報道されたほど確かなものではなかった。
 新たに予算を求めるのは、“マンガ・アニメ等中間生成物の保存活用事業”だ。「散逸や劣化の危険性が高まっているマンガやアニメ等の原稿やセル画等の中間生成物の収集・保存・活用に係るモデル事業を実施。中間生成物の収集、整理、デジタル化等に係る作業を行い、持続的な事業実施に向けた課題等を明らかにする」としている。
 外部に委託する調査は、原画やセル画の保存や利活用(=研究・啓蒙/展示)の検討だ。議論の先で組織新設や施設の必要性が報告され、ここから国立ミュージアム実現の道がひらけるという理屈かもしれない。それでも美術館や博物館に必須な学術的な研究の在り方は触れられてない。ミュージアム実現に向けての道のりは、まだほんの入口と言ったほうが正確だ。
構想浮上から16年、ミュージアムが実現しない理由
 アニメ・マンガ関連の国立ミュージアム構想は、2000年代半ばより何度か浮上しては消えた経緯がある。07年に政府から示された「国立メディア芸術総合センター」がもっとも早く、09年には麻生太郎総理(当時)の肝いりプロジェクトとして120億円近い予算で建設と報道された。
 これが当時の野党から“国立マンガ喫茶”と厳しく批判された。その後、自民党から民主党へ政権交代するなかで構想は立ち消えた。
 事業の挫折は、当時の構想があまりにも稚拙だったことも理由だ。まずミュージアム建設がありきで、運営する組織や機能の構想は急ごしらえの印象がぬぐえなかった。本来であればミュージアムを必要とするアニメ・マンガ業界からも疑問視する声が多く、十分支持を得られなかったのだ。
 しかし国立メディア芸術センター構想は、その後も生き続ける。むしろ当初の挫折を受け、その後は超党派の議員連盟が中心になり、組織や機能もより現実的なプランが練られる。実現のために何度も立法化を目指したが、なかなか前に進まない。国会の中断により法案審議入りができなかったり、あるいは一部政党から賛同を得られなかったりと理由は様々だ。
 実現しないそもそもの理由はどこにあるのだろうか?
 ひとつは「国立」という立場の難しさだ。事業に投じられる資金は国の予算で、それはもとをたどれば税金である。「アニメやマンガみたいなエンタメにそんなに予算が必要なのか、それよりももっと火急の課題がある」、そんな意見も出てくる。アニメ・マンガに限らず、文化事業は常にそうした圧力にさらされがちだ。“国立マンガ喫茶批判”がまさにそれだった。
 通常はそうした批判に対して、関連業界や団体が必要性を訴えることで綱引きが起きる。しかしアニメ・マンガはこれが弱い。アニメ業界・マンガ業界とも産業従事者は多くなく、伝統的に徒党を組まない風潮もある。ファンの数は多いが、それが圧力団体になるような組織力を持つわけでない。政府や行政にしてみれば、アニメやマンガは常に後回しになるのだ。
アニメ・マンガの国立ミュージアムは必要か?
 しかしアニメやマンガのミュージアムが、このまま実現しないとは思えない。第二次大戦後から現在にいたるまで、マンガ・アニメは日本の大衆文化の中心のひとつであった。その文化の記憶は歴史として刻まれるべきだろう。
 大衆文化で危険なのは、身近で大量生産があるがゆえに保管されることがないことだ。気づいた時には何も残っていないということが起こりがちだ。
 文化振興が議論される時に民間活力でとの意見がよく出る。国の役割はそのサポートをすれば良いと。実際にアニメでは、小規模ながら資料を保存する企業の動きもある。しかし個別企業まかせでは、各社が独自に活動し、情報や経験は分断され、ばらばらな資料や研究が残るだけだ。何よりも民間であると、作品評価が人気や商業価値が高いものに傾きがちだ。
 人気や商業の成功は文化価値とイコールでない。経済合理性以外の文化価値に目を向けること、分断を超えて統合的な方向性を示すことは国でしかできない役割である。
2023年に見えてきた新たな変化
 長年にわたる挫折で、もう実現はないのではと思われてきたミュージアム構想だが、ここに来て雲行きが変わりつつある。ひとつはアニメ業界、マンガ業界から必要性の認識が高まっていることだ。多くの貴重な資料、あるいは作品そのものが喪失、散逸が進み、現実問題となってきたからだ。
 ミュージアムはアーカイブ・研究の拠点であると同時に、観光施設としての役割も期待される。近年のますます高まる日本のアニメ・マンガの人気の中で、日本の文化紹介、観光施設として大きな集客効果も発揮するだろう。それは運営予算面にも安定をもたらす可能性が高い。
 海外では多いコミックやアニメーション、ゲームの大規模ミュージアムが、そのカルチャー中心地のひとつである日本になぜないのかという議論も説得力をもつ。
 人材面でも、京都国際マンガミュージアムや横手市増田まんが美術館、アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)など先行する民間・地方自治体、民間企業のなかで蓄積されつつある。アニメーション分野、マンガ分野の研究は、20年前では考えられないほど活発で、論文の数も増えている。
 こうした変化こそが、「マンガ・アニメ等中間生成物の保存活用事業」が実施される背景にあるのでないか。さらに「アニメやマンガのミュージアム(博物館・美術館)の整備」が憶測される理由だ。
 もちろん文化庁でいまだに続く、「マンガ」「アニメーション」「ゲーム」「メディアアート」の4つをメディア芸術としてひとつに扱うことの混乱など紐解かなければいけない課題も少なくない。それでも今回こそは、ミュージアム実現の道が切りひらかれるような気がしている。

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