安藤裕子がデビュー20周年をファンと
共に祝う、長い旅の果てに多くの観客
の愛情に包まれて今ここで歌える歓び

安藤裕子-20th anniversary-我々色ノ街 2023.07.09(sun) LINE CUBE SHIBUYA
ステージの真ん中には1本の木。そこから天へと伸びてゆく風の通り道のようなオブジェ。静かに流れる「THE MOON AND THE SUN」のクワイヤ。今日は安藤裕子のデビュー20周年を皆で祝う『安藤裕子-20th anniversary-我々色ノ街』だ。穏やかな笑みをたたえた大人の観客、2階席に用意された親子席の賑わいが、積み重なってきた幸福な時間を物語る。ゆっくりと消えてゆく室内灯。いい夜になる予感しかしない。
1曲目は「輝かしき日々」。5人編成のバンドは想像以上にラウドでロック、重いリズムと歪んだギターでぐいぐい進む。安藤裕子は白のパンツルックに鮮やかなグリーンの装飾、自由奔放にステップを踏みながら躍動する。チェロの優雅な音色が印象的な「TEXAS」では、クラップを求めて笑顔で客席に手を伸ばす。さっぱりしたボブカットが幼く見える。曲調も演奏も照明も、明るく華やか。とても軽やかでポジティヴなヴァイブス。
安藤裕子
「今日は私の20周年になりますということで、自分がやって来た通り道を、みなさんと一緒に「我々色ノ街」でお送りしていこうかなと思います」
ピアノとチェロを効果的に配したミドルバラード「ドラマチックレコード」は2004年のミニアルバム、元気のいいバンドサウンドの「All the little things」、ファンキーに弾む「UtU」は2021年のアルバム。時差は18年近いが、旧知の仲のように自然に並び合う。さらに2005年のシングル曲「さみしがり屋の言葉達」。AOR風のメロウで落ち着いたグルーヴは、2023年の今こそとても新鮮だ。そして安藤裕子にしか歌えない、エアリーでありながら太い芯のある歌声。バンドと歌の一体感が素晴らしい。
「20年の時間を辿ろうと思ったら、削っても削っても表題曲みたいな曲がいっぱいあって。たくさん削りましたが、それでもみんなお尻が痛くなると思います」
安藤裕子
久しぶりに、自分のために書けたと思って安心した曲です――。「Tommy」を歌う前に話した言葉は、おそらく2015、16、17年あたりの、音楽的な迷いの時期を指しているのだろう。安藤裕子の20年間は決して順風満帆ではない。頑張ったりお休みしたり、迷ったり再出発したりしながら、今ここで歌っている。「The Still Steel Down」は、分厚いバンドサウンドに乗せた生命力みなぎる歌声が心に沁みた。「勘違い」は、ドラマーによる多種多様のパーカッシヴなプレーが光る、クセのあるミステリアスな音の世界がかっこよかった。「箱庭」は闇と光、激しさと軽さが交錯する凄みあるロックバラードに聴き入った。「気づいてますか? まだ半分も行ってないんですよ」と笑う裕子さん。望むところだと、明るい拍手が会場を包み込む。
安藤裕子
「せっかく20周年のお祝いをするんだったら、この人と歌いたいなと思った人がいます」
バンドが下がり、ステージにキーボードが用意され、呼び込まれたのは山本隆二だ。長年のファンには「もっさん」の愛称でお馴染みの、デビューから安藤裕子を支え続けた作曲&編曲家。もっさんのキーボードと安藤裕子の歌だけで披露した「のうぜんかつら(リプライズ)」「忘れものの森」の2曲からにじみ出る、二人にしか出せないみずみずしいノスタルジー。互いに極度の人見知りで、ほとんどしゃべれなかったという過去を振り返りながら、「達者になったね。しゃべりが」「でしょう?」というやりとりが微笑ましい。確かに20年は過ぎた。
安藤裕子
メンバーがステージに戻り、山本隆二のキーボードを加えた「summer」は、スライドギターの美しい余韻と共に。「唄い前夜」は哀感あふれるキーボードの音色と共に。そして初期からの代表曲「隣人に光が差す時」は、オペラを思わせる迫力あるドラマ性と共に。嫉妬と弱音を描く情念の歌なのになぜか透明な神聖ささえ感じる、この歌の不思議な魅力は20年前に初めて聴いた時と変わらない。むしろパイプオルガンのような神々しいキーボードと、ドラマチックさを増した歌のせいで、より意味深い歌へと育って聴こえる。続く「歩く」もまた、幾度めかのターニングポイントに位置する重要な曲。削っても削っても表題曲ばかり、というのはまさにその通り。
「コロナですっかり世界は変わってしまい、みんなの声も聞けず、空虚だなと思う時間を何年間か生きて、みんなで歌いたいなと思って、「我々ノ前夜祭」で有志の方と一緒にレコーディングしました。大きな声で一緒に歌ってくれたら嬉しいです」
安藤裕子
安藤裕子
曲は、開演前にも流れていた「THE MOON AND THE SUN」。6月1日、天王洲アイルKIWAでのお客様参加型レコーディングで、観客全員で歌われたコーラス入りの特別バージョン。あなたに会えて良かった。シンプルな言葉を繰り返すサビが、会場いっぱいにゴスペルクワイヤのように広がっていく、美しい連帯の曲。ライブのフィナーレに似合いそうな、コロナ時代に別れを告げるポジティヴなエネルギーに満ちた壮大な曲。しかしまだ終わらない。秋にリリース予定のニューアルバムから、新曲「金魚鉢」を一足早く披露する、彼女の意図は明白だ。続けよう。未来へ行こう。明るくステップを踏むリズムと、全身を使って音に乗るダイナミックなパフォーマンス。ライブはすでに2時間を優に超えた。
「20年お付き合いいただきありがとうございました。時代もたくさん変わりましたし、やるせないことも増えました。生きるってやるせないですけど、誰か抱きしめ合う人がいたら、最後まで無事で生きていけるんじゃないですか。みなさんも、やるせない日々を無事に生き抜いてください」
チェロの優雅な響きが光るスローナンバー「僕を打つ雨」から、太くうねるベースがリードするヘヴィ&オルタナティヴな「衝撃」へ。フィナーレに向けてゆっくりと緊張感が高まってゆき、ついに本編ラスト曲「問うてる」へたどり着く。生命って何?と問いかける、悲しみをたたえた自問自答の曲だが、耳にあたる印象は不思議と明るい。踊りながら、手を振り上げながら、コーラスをうながす安藤裕子。20年間の長い旅の果てに、多くの観客の愛情に包まれて今ここで歌える歓びが、どんな歌もきっと歓喜の歌に変えてしまう。
安藤裕子
安藤裕子(Vocal)、Shigekuni(Bass)、山本タカシ(Guitar)、皆川真人(Keyboards)、松浦大樹(Drums)、林田順平(Violoncello)、そして山本隆二(Keyboards)。素晴らしいメンバーと共に、アンコールは2曲。「サリー」と「聖者の行進」は、安藤裕子の代表曲としてファンと共に20年を生き抜いてきた親友のような曲だ。シンプルでミニマルなロックの質感、ソウルやR&Bを感じる心地よいグルーヴ。自由奔放、強い生命力にあふれた歌声は、3時間に及んだライブの最後までまったく衰えることはなかった。メンバーと手を繋ぎ、笑顔で観客に応える安藤裕子。自身のスマホでステージ上から記念写真を撮る安藤裕子。まだまだ歌い足りないと言わんばかりの、元気いっぱいの姿が頼もしい。
終演後、新しい情報が続々と解禁された。この日のライブの模様を、8月9日よりU-NEXTで配信開始。10月11日、ニューアルバム『脳内魔法』のリリース。そして10月下旬から、アコースティック・ツアーのスタート。本編のMCで、「自分が納得する何かを探す旅をしている、まだ途中です」と安藤裕子は言った。「こんなに定まらない人間について来てくれて、ここにいるのはすごく優しい人たちです」と笑った。優しさに包まれて旅は続く。この歌声が聴ける限り、どこまでもお供しようと思う。

取材・文=宮本英夫
安藤裕子

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