SUIREN『Sui彩の景色』

SUIREN『Sui彩の景色』

2020年7月より活動を開始した“水彩画のように淡く儚い音を描くユニット”SUIRENのヴォーカルSuiが、ヴォーカリストSuiになるまでのエピソードを描くコラム連載。Suiを彩るエピソード、モノ、景色をフィルムカメラで切り取った写真に乗せてお届けします。

文・撮影:Sui

小堀…高校入学後に結成したバンドのベーシスト。かなりベースが巧い。

土田…同じ高校のドラマー。同じ中学出身だがドラムが叩ける事は当時知らなかった。
高校内でメンバーが見つからなかった為他校のバンドに加入し活動していたが、江崎の構想する新バンド結成の為にSuiと江崎を引き合わせる。

江崎…他校のバンドマン。他校のバンドでメインギターのパートを担当していたが自らがやりたい音楽性のバンドを構想しSui達と共に新バンド結成。



もし、タイムマシーンが発明されたら。
僕は過去に戻って一体なにをやり直すのだろう。
言えなかった言葉を伝える為に、出来なかったことをする為に、失敗をなかったことにする為に...。
或いは未来に行けるとしたら。
果たして自分の運命を知りたいと思うのだろうか。
後悔のない選択をしようとすると途端に足がすくんでしまう。
だから、ある時から「この選択で後悔するのなら本望」と思えるものを選ぶようになった。

そんな選択の連続の中で、こんな風に文章を書くようになって、自分の半生を振り返り、時計の針を巻き戻すことになった。
後ろを振り返って足元を見下ろせば、足跡が綺麗な一本道となって連なっている。
願わくばこの先に残る足跡も、美しい一本道を描いていけたら...。
あの日、僕と土田は東京行きの新幹線の駅のホームで途方に暮れていた。
約束の時間になっても江崎と小堀は現れず、2人の電話を鳴らしても出ない状況だったからだ。
大会の運営側から送られてきた指定席のチケットに記載された時刻が刻一刻と迫ってきていた。
「まぁ、来ないものは来ないしとりあえず俺達だけでも乗るか。どうせ寝坊でもしてるんだろう。」
土田はそういうと、僕と顔を見合わせてまさかねという顔をして笑った。
それに釣られて僕も笑った。
こういう時はもう笑うしかない。
定刻通り新幹線がやってきて、指定席の座席に2人並んで座り、もしかしたら残りの2人が走り込んで来るんじゃないかと、淡い期待を抱きながらドアが閉まるその瞬間まで見つめていた。
しかし、結局彼等の姿は現れず無情にも列車は走り出してしまった。
「2人が来なければ失格かな。」
車窓から景色を眺めながら驚くほど冷静に現状を受け止めている自分がいた。
事故などに巻き込まれてなければ良いけど...。

暫くすると土田の携帯電話に着信が入った。
すぐに土田は電話をとって話し始めた。
そして、土田の表情や話の内容で状況は理解できた。
江崎と小堀は前日の夜に一緒にいたそうだ。
翌日の大一番に向けて不安や緊張があったのかもしれない。
2人とも夜遅くまで寝れなかったようだ。
つまりは普通に寝坊したのだ。
僕は土田の横で爆笑していた。
「笑い事じゃねーよ!」
と言いながらも呆れて笑っている土田。
2人が今から向かったとして、恐らく少なくとも1時間は予定時刻より遅れて到着する見込みだった。
こうなったらとにかく運営側に事情を説明して、なんとか順番を後ろ倒しにして貰うしかない。
土田はとにかく急いで向かうように江崎に伝えて電話を切ると運営スタッフに電話をかけて事情説明した。
その事情というのが、昨日の大雨による土砂崩れで道が塞がってしまい、メンバーの内2人が新幹線に間に合わなかったという事に変わっていたが、そのおかげでなんとか順番を後回しにして貰えることになった。
前日に大雨が実際に降った事と、僕らの地元がそんな事があり得そうな田舎だった事が幸いだった。
「気をつけてお越し下さいね。だってよ。なんて親切な人達なんだ。」
土田は一仕事終えた顔をしていた。
そんな、土田の顔が面白くて僕はまた笑った。
まだ、こんなトラブルも楽しめるくらいに僕達は無邪気だった。

東京に着いて、1時間ほど江崎と小堀を待って、2人の今まで見たことのないような顔での謝罪も程々に、僕達はようやく都内の審査会場に辿り着いた。
会場は無機質でとても大きなビルだった。
受付を済ませると直ぐにスタジオに案内された。
いつもより心なしか重く感じる防音扉を開けて中に入ると、コントロールルームに審査員が数名座っていた。
「大変だったね。大丈夫だった?」
と優しく声をかけられなんとも言えない気持ちになった。
到着したバンドから入れ替わり立ち替わり審査するという分刻みのタイムテーブルということで、挨拶もそこそこに直ぐセッティングを促される。
入ってきた扉とはまた違う防音扉を開けブースに入るとそこには、今まで音楽雑誌やドキュメンタリー映像でしか見たことがない光景が広がっていた。
壁と床は綺麗な木目調で、演者の立ち位置にはペルシャ絨毯が轢かれ、手入れの行き届いたピカピカのドラムセットと、大きなキャビネットに載せられたMARSHALLのギターアンプ2台とベースアンプが1台。
そして、僕が普段よく使っているjazz chorusも1台置かれていた。
急いで機材をセッティングし簡単なサウンドチェックを終えるとあっという間に本番だった。
観客のいないレコーディングスタジオでのパフォーマンスというのは不思議な気分だった。
コントロールルームとブースの間にある長方形の窓の向こう側に審査員たちの影は見えるが表情までは分からない。
演奏を終えると、スタッフがブースの扉を開けて
「お疲れ様でしたー!それでは機材の撤収お願いします!」
と言って次のバンドの為に急いで片付け、コントロールルームに戻ると
「結果は追ってご連絡差し上げます。」
とだけ説明を受けてスタジオを後にした。
滞在時間は30分もなかっただろうか。
とにかくあっという間の出来事だった。
今思えば僕達は完全に浮き足立っていたように思う。
朝からのドタバタで臨戦態勢に入りきれてなかったのかもしれない。
演奏中の記憶もあまりない。
結局何かしらの手応えを何一つ感じることもできず、僕達は帰りの新幹線に乗り込むことになった。

地元に戻っても、心ここに在らずというような日々を過ごしていた。
しかしそれは、決して大会の審査の結果に気を揉んでいる訳ではなかった。
何故なら結果に関してはなんとなく僕には分かっていたからだ。
僕はこのままで本当に良いのだろうか。

数週間後に大会の運営から窓口となっていた土田宛に連絡があり、案の定僕達はファイナルステージに駒を進めることは出来なかった。
悔しいと思うことすら烏滸がましく思えて、僕はその事について誰かと話す気分になれなかった。
その後、幾つかの曲を書いて、幾つかのライブをした。
大学のAO入試を経て無事合格し上京することも決まった。
僕はあの日の帰りの新幹線に乗り込んでから、ずっと東京での音楽活動について考えていた。
冬が終わり春が近付いてくる。
時計の針は無情に進み続ける。
卒業式が終わったら直ぐに東京に行こう。
高校生としてでもなく大学生としてでもない春休み。
新学期が始まるその前に、東京に行って生活を始めよう。
僕の音楽はまだ始まったばかりだ。



あとがき

あれからどれくらいの月日が流れただろうか。
「Sui彩の景色」を書こうと思い立ち、自らの半生を語る上で、あくまで上京するまでの話を書こうと決めていた。
それ以降の話は、より現在の音楽活動に近いところの話になってしまって、生々しすぎると思ったからだ。
結果的にそこを切り離すことで、当時の自分を1人の主人公として、一つの物語のような、赤裸々でありながら、良くも悪くも俯瞰した文章になったように思う。
10代の頃に始めた音楽を中心としたこの生活は今も変わらずに続いていて、当時と同じ熱量を持って音楽と向き合っている。
それでも、未だ満足の得られる何かを手にすることは出来ず、今でもあの頃と同じようにもがき足掻き苦しんでいる。
変われない僕と、刻一刻と変わっていく世の中。
音楽のせいで取り残されてしまったはずの僕は、結局その音楽というフィルターがなければこの世界との接点を見失ってしまうのだろう。


そんな自分が、有難いことにこのような機会を頂けたことで、何故歌うのか、何故音楽の道を選んだのか、ちゃんと前に進めているのか、過去の自分自身を言語化することで自分の中にあった大切な何かを思い出すことが出来た。
そんな機会を与えてくれたOKMusicさんに改めて、この場を借りてお礼を言わせて頂きたいと思います。
ありがとうございました。
今後の「Sui彩の景色」では写真と共に日記のような物を書かせて貰おうと思っている。
今、僕の目から見える景色を描けたらと。


P.S
2023.7.12 Release
Digital New Single 夢中病 (feat. Lezel)
久しぶりのリリース。
下半期SUIRENは加速します。
よろしく。
配信シングル「夢中病 (feat.Lezel)」2023年7月12日(水)リリース
    • ※詳細はオフィシャルHP等をチェック
SUIREN プロフィール

スイレン:ヴォーカルのSuiと、キーボーディスト&アレンジャーのRenによる音楽ユニット。2020年7月、最初のオリジナル楽曲「景白-kesiki-」を動画投稿サイトにて公開すると同時に突如現れ、その後カバー楽曲を含む数々の作品を公開し続けている。ヴォーカルSuiの淡く儚い歌声と、キーボーディスト&アレンジャーのRenが生み出す、重厚なロックサウンドに繊細なピアノが絡み合うサウンドで、唯一無二の世界観を構築。22年3月に初のワンマンライヴを開催し5月にTVアニメ『キングダム』の第4シリーズ・オープニングテーマ「黎-ray-」を含む自身初のCDシングルを発売。7月に配信シングル「アオイナツ」を発表し、12月に⻑編作品『アンガージュマン』の主題歌「バックライト」をStreaming Singleとしてリリースした。SUIREN オフィシャルHP

【連載】SUIREN / 『Sui彩の景色』一覧ページ
https://bit.ly/3s4CFC3

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