日本で10年振り再演! 『ファンタス
ティックス』を振り返る 「ザ・ブロ
ードウェイ・ストーリー」VOL.26

ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]

VOL.26『ファンタスティックス』を振り返る
文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 1960年に、オフ・ブロードウェイの小劇場サリヴァン・ストリート・プレイハウスで開幕。以来2002年まで42年間、続演17,162回の大ロングランを成し遂げた『ファンタスティックス』(その後オフの別劇場で、2006~17年に再演)。日本を含む世界中で親しまれたミュージカルの逸品が、久々に再演される(公演情報は下記参照)。ここでは、初演に出演したパフォーマーへのインタビューを交えながら、作品の尽きせぬ魅力に迫ろう。

■リタ・ガードナーを偲ぶ

初演オープン時にルイーザを演じたリタ・ガードナー(左)と、ジェリー・オーバック(エル・ガヨ役) Photo Courtesy of Tom Jones

 翻訳上演は10年振り。今や作品自体を知らない方も多いだろう。主人公は、隣同士に暮らす恋人のルイーザとマット。2人が、父親との軋轢や相手への幻滅を経て、真実の愛を見出すまでが綴られ、「傷付く事なくして人間は成長しない」という普遍的テーマが、観劇の度に心に染み入る名作だ。加えて、木製の小さなプラットフォーム(演台)を使用し、エル・ガヨと名乗る狂言回しがストーリーを進行。黒子役の青年が演者に小道具を渡し、紙製の雨や雪を降らせる。工夫を凝らしたシンプルかつ斬新な演出が、初演時は高く評価された。

初演のロングラン中に、ルイーザを演じたサラ・ライス Photo Courtesy of Sarah Rice

 42年の間には、キャスト変更で多くのパフォーマーが登場した。ここに紹介するのが、1970年代中盤から、約4年間に亘ってルイーザを演じたサラ・ライス。スティーヴン・ソンドハイム作詞作曲『スウィーニー・トッド』(初演/1979年)のジョアンナ役で脚光を浴びたパフォーマーで、オペラやオペレッタへの出演も多い。最初に彼女は、初演の開幕時にルイーザを演じ、今年2022年の9月24日に逝去したリタ・ガードナーを追悼した。『ファンタ』以降も、『ウェディング・シンガー』(2006年/祖母役)などで健在振りを示したミュージカル女優だ。
「子供の頃から、初演のオリジナル・キャスト盤(LP)を聴いて育ったから、私にはアイドルのような存在でした。彼女の澄んだソプラノの美声には、本当に魅せられた。後に『ファンタスティックス』に出演するようになってから、ロングランの記念パーティーで、御本人に会う事も出来ました。彼女は60代後半から、ワンウーマン・ショウでも活躍したのよ。驚いたのは、『ファンタスティックス』のナンバーを歌う時は、昔聴いたレコードの声のまま。涙が出たわ」
ガードナーのワンウーマン・ショウ『トライ・トゥ・リメンバー/オフ・ブロードウェイを振り返る』を収録した、ライヴ・レコーディング(輸入盤CDかダウンロードで購入可)
■「あれは私のストーリーよ!」

 ガードナーとライス以外にも、ライザ・ミネリやクリスティン・チェノウェス(『ウィキッド』)ら、個性的なパフォーマーが無名時代に挑戦したルイーザ役(ミネリは全米ツアー版に出演)。ロマンスに憧れる一方、親との関係に頭を痛め、「自分は特別な存在」と思い込む、思春期の少女特有の感情の高ぶりと不安定さに揺れ動くヒロインだ。ライスはこう分析する。
「若い女優が、自分のユニークなパーソナリティーを反映させる事の出来る、とても演じ甲斐のある役柄だと思うわ。私は以前、この作品のウェブサイトを立ち上げて、初演の舞台写真をリサーチしている時に、リタの写真を見つけて驚いた。録音を聴く限り純真そのものだった彼女が、写真では目付きも鋭く、セクシャルな雰囲気を漂わせている。リタを良く知る人に訊くと、辛辣なジョークを好む、舌鋒鋭い女性だったらしい。おそらくルイーザを演じ続けている内に、彼女の本質的な部分が現れたのでしょう。面白いわよね」
オフでの続演中に、劇場前の通りはファンタスティックス・レーンに改名された。梯子の上がライス、下段左からトム・ジョーンズ(作詞・脚本)、ローリィ・ノート(プロデューサー)、ハーヴィー・シュミット(作曲)、エル・ガヨ役のチャップマン・ロバーツ Photo Courtesy of Sarah Rice
 続いてライスは、席数約150席のサリヴァン・ストリート・プレイハウスの小さな空間で、「あの年頃の少女の感情を巧みに捉えている」と彼女が評す、ルイーザ役を通じて学んだ事、さらに42年にも及ぶロングランの秘訣について語ってくれた。
「序盤で、自分について話すモノローグがあるのよ。観客の顔が目前に見える劇場で、ルイーザの想いを伝えるには、古い友人を説得するような真摯な気持ちで語り掛ければ、彼らの心を動かす事が出来ると気付かされた。これは今も肝に銘じています。先に述べたウェブサイトには、オフでの再演を観た15、6歳の女の子から、最近までコメント欄に書き込みがありました。その多くが、『作品を創った大人たちに、どうして私の感情が分かったのだろう? あれは私のストーリーよ!』という内容だった。これこそが記録的ヒットを支えた普遍性よね」
■大きな手から生まれた繊細な楽曲
初演キャストCDは、輸入盤かダウンロードで購入可。ミュージカル・ファン必携の名盤で、ガードナーを始めキャストの名唱が素晴らしい。
 ロングランもう一つの理由が楽曲だ。作詞はトム・ジョーンズ、作曲がハーヴィー・シュミット。エル・ガヨを中心に、オープニングで歌われるバラード〈トライ・トゥ・リメンバー〉は、ハリー・ベラフォンテを始め数多くの歌手がカバーし、1960年代を代表するスタンダード・ナンバーとなった。他にも、ルイーザとマットのデュエット〈もうすぐ雨が降る〉や〈ゼイ・ワー・ユー〉など佳曲揃い。ライスはまず、シュミットの才能を称える。
「パフォーマーの能力を引き出す術に長けた人で、声楽を学んだ私のために、声域に合った高音を加えてくれたのよ。ハーヴィー自身才能に恵まれ、イラストレーター&グラフィック・デザイナーとしても超一流でした。彼が創り出す旋律は、単に美しいだけでなく、純粋で瑞々しく、しかも心の琴線に触れる懐かしさが横溢している。興味深い事に、正規に音楽の教育を受けなかったハーヴィーは、譜面の読み書きが出来なかった。曲を仕上げてピアノで演奏すると、それを採譜する専門家がいました。ただハーヴィーは手が大きくてね。鍵盤に指が届く範囲が広いので、音の高低も起伏に富んでいる。ピアニスト泣かせの曲が多いの」(ちなみに、ここに掲載したLP&CDのイラストや描き文字のロゴタイプは、全てシュミットの作)。

シュミットが、ジョーンズとの共作曲をピアノで演奏したアルバム「シュミット・プレイズ・ジョーンズ&シュミット」(2004年録音/ダウンロードで購入可)
■進化を続ける『ファンタスティックス』

 一方ジョーンズは、作詞だけでなく脚本も担当。この作品自体、シェイクスピアを筆頭に、ナレーターが観客に語り掛け物語を進める、ソーントン・ワイルダー作の『わが町』(1938年初演)や、イタリアのコメディア・デラルテ(仮面即興劇)など、彼が若き日に大きな影響を受けた演劇のエッセンスを存分に取り入れていた。ライスはこう述懐する。
「セリフと歌詞には、とにかくこだわりの強い人でした。私が出演していた時も、セリフの変更があったのを憶えています。時代に合った言い回しに変えてみたり、より詩的な単語に改めたりね。現状に決して満足せず、完璧を求め新たな表現法を追求する姿勢には頭が下がるわ。その情熱は、今も全く衰えていないのよ」
作詞・脚本家トム・ジョーンズ
 ライスの証言通り、今年94歳のジョーンズは現役で、自作の推敲を重ねている(シュミットは2018年に死去)。『ファンタスティックス』に関しては、ルイーザとマットを、ルイスとマットの男性カップルに変更した、ボーイ・ミーツ・ボーイ版を発表したばかりだ。彼がセリフと歌詞を大幅に書き変えたこのバージョンは、ミシガン州の劇団が今年6月に初演。日本では、勝田安彦の演出で9月に上演された。

 最後に、翻訳上演史を手短に紹介しよう。初演は1967年。東宝が、芸術座(現シアタークリエ)で上演した。その後上演権が変わり、1971年に渋谷の小劇場ジァンジァンで再演。今年の3月に逝去した宝田明が、エル・ガヨに扮し好評を得る。ジァンジァン以降も全国を頻繁に巡演。1999年には勝田の演出で再演後、宮本亞門演出バージョンが2003年に登場した(2005&10年に再演)。2012年の再演では、宝田が当たり役を久々に再現。そして前記のボーイ・ミーツ・ボーイ版を経て、東宝が上田一豪の新演出で上演するのが今回の公演だ。

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