中村佳穂が語る、ニューアルバム『N
IA』ーー名盤と絶賛された前作『AIN
OU』から約3年半、ジンクスやプレッ
シャーを微塵も感じさせない大名盤が
誕生

2作目のジンクスなんていう言葉が、世の中にはある。前作『AINOU』(2018年11月発表)がメディアや著名人から大注目されて、昨年は細田守監督最新作『竜とそばかすの姫』の主人公の声や主題歌も担当して、『NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たした中村佳穂。そんな中での次作であり、まぁ細かく言うと3枚目(『リピー塔がたつ』を含め)のアルバムなので、2作目のジンクスという言葉は当てはまらないのだが、大注目された作品に次ぐ作品で、とんでもないプレッシャーを本来は感じるはず。ところが本当に驚くべき事だが、3月23日(水)に発売となったニューアルバム『NIA』には、そんなジンクスも、そんなプレッシャーも一切無い。誠に軽やかであり、見事な抜けがあり、尋常じゃないほど拓けまくっている。前作を遥かに超えた、とんでもない作品。何故こんな大爆発したアルバムが完成したのかという事に迫ってみると、「気楽」や「適当」というジンクスもプレッシャーも微塵も感じさせないキーワードを聞き出す事が出来た。彼女に関しては音源もライブも毎回そうだが、「とんでもなく物凄い」としか言いようが無い。語彙の問題ではなくて、ただただ余計な言葉を全く必要としないのだ。とにかく、いち早く聴いて欲しい。間違いなくブッ飛ばされるので。

中村佳穂

――前作『AINOU』から約3年半ぶりの新しいアルバムですが、個人的には3年半も経った気がしなくて。
私も全く無いですね。何なら感覚的には1年ちょいというか。なので、3年半も経っていることが不思議です(笑)。特に今はコロナ禍というのもあって、この数年間がすっぽ抜けていて……。普段はイベントが自分の記憶と結びついてるので、イベントが無かった分、凝縮されていたというか。年齢確認の時に27歳と書いていて、『あ! 今、29歳だった!』と無意識に2歳サバを読んでしまっていたことも(笑)。それが、ここ数週間、人とお話しする機会が増えてきて、ようやく間違わないようになりました。毎年、運動会があると思って季節をカウントしていたり、毎日夕飯があると思って1日をカウントしているのと同じですね。自分がしようと思っていた事が、急に無くなった感じがしていたというか。
ーー実際は3作目のアルバムなんですけど、2作目のジンクスなんていう言葉がありますよね。前作があれだけ注目されて、それも特殊な3年半の中で作られたアルバムなのに、そのジンクスを全く感じさせないんですよ。
そういうジンクスがあるらしいですね。そのジンクスに乗っ取った、アルバムの感想が出てくる可能性もあると思っていたから、そうじゃないと言ってもらえるのは嬉しいです。
ーー2作目のジンクスは意識していましたか?
いや、そんなに(笑)。でも、今回は小爆発みたいな曲が続いて、シングルカットされる様な曲ばかりだなとは思いました。
ーー前作で大注目されたというプレッシャーや緊張感を全く感じさせないし、むちゃくちゃ驚いたんですけど、前作を超えるくらいの大爆発をしていて。1曲目「KAPO✌︎」から軽やかな勢いがあって、それも1行目の歌詞が<Hi My name is Kaho!>というのが物凄くぶっ飛んでいる。
この曲は歌詞が後なんですけど、「1曲目になりそうなオーラがあるね」とは、一緒に作っている荒木(正比呂)さんと西田(修大)くんとは話していて。ずっと1曲目が大切だと思っていて、前の『AINOU』だと「You may they」のようなインパクトを出すとすれば、「私って佳穂なんですけど」という歌詞はパンチがあるなと。
中村佳穂
ーー今、話していて思い出したんですけど、前作のインタビューでも僕が「凄い!凄い!」と騒いでいるのに、どこか中村さんは他人事みたいな感じで。今も、その感じがありますよね?
人に認められるかすごく不安で、大丈夫かなとは思っています。私は良い作品だと思うけど、他の人もそう思うのかなと。でも、前作でしっかり反響が返ってきたことと、映画や紅白が決まったりと、自分が自分らしく、プレッシャーを感じず好きにやってきたことが肯定されて気楽になったんです。だけど、人に認められるかは、今回も変わらず、『AINOU』と同じくらい不安ではありますよ。
ーー不安になられるという事に関しては、相変わらず不思議ですけど、この3年半の経験で気楽になられて、今作が出来たという話はすごくわかりやすいです。
今回も気楽に書いてる感じはありますからね。「KAPO✌︎」だって、本来は自分の名前をわざわざ歌詞に入れなくてもいいですから。音楽はみんなのものと思っているので、固有名詞を歌詞に入れるというのは、本当ならば真逆の事をしているけれど、「まぁ、いっか」と思えた。というのも、自分が何かを書いたりする時に、勝手に自分で制約を決めている事が多いんです。例えば、色んなアルバムを聴く時、大体6曲目くらいが好きなんですね。どこかメインじゃない曲が多いし、そういう曲の方が、その人らしさを感じるから好んでいて。自分もそういう音楽性というか、ちょっとひねった事を言うのが元々好きなんで、そういう感じが向いてる気がして。でも今回は、もうちょっとストレートに話してもいいかなと。(自分の音楽性が)太くなって、広がったというか……。今はポンと投げられる自分が出てきましたね。
ーーそう考えると、今回の6曲目「Q日」もひねった感じがなくて、ポンと投げているストレートな感じがありますよね。
あぁ、なるほど! 『竜とそばかすの姫』の主演が決まったのが偶然というか、パンと決まった話なんですね。だから、こうやって面白い事が起きて、お金を稼げたらいいなという適当な感じが歌われているというか(笑)。<うっかり稼いで豪遊してみたい 大金つぎこんで失敗すらしてみたい>という歌詞だって気楽さですよね。今、人がやる事に必ず理由が無いといけない世の中になってしまっている気がして。でも、「音楽は、何かよくわからんけど凄い」いうのが醍醐味だとも思っていて。5曲目の「Hey日」の<役所に行ってんの!?>という歌詞も適当な感じがありますよね。
中村佳穂
ーー平日休日を「Hey日」「Q日」とした表記も含めて、この5曲目と6曲目の流れは凄くワクワクして好きです。「適している」「当たってる」という意味での「適当さ」を凄く感じるんですよね。
「適当」には、「投げやりな」と「適任」のふたつの意味があって、どっちも私の場合は含んでいるというか。ポイっとしている適当な感じもあるし、それは言葉に出来ない部分でもあるんですよね。もちろん、何でも適当じゃ駄目ですけど、適当さが無いと駄目でもあると思うので。
ーー気楽さ適当さを持ちながらも、人に認められるかという不安さも持ち合わせて、アルバムを作っているというのは本当に独特のストイックさだと思います。
ずっと手作りのバレンタインチョコを作っている気分ですね! 家ではおいしいと思っていて、お母さんもおいしいと言ってくれるけど、いざ学校に行って他の女子の手作りチョコを見て、「ヤバ」と思う感じと似てます(笑)。
ーーいやいや、他の女子を全然気にする必要が無いくらい凄いんですよ(笑)。気楽や適当というキーワードが出て来ていますけど、本当に凄く軽やかに抜けきったアルバムなんです。例えば、むちゃくちゃ良い曲なのに、意味を持たせた正式タイトルを付けずに、「voice memo #2」や「voice memo #3」という仮タイトルみたいな正式タイトルで出しちゃうのも、肩に力が入り過ぎていないというか。
やはり音楽は適当なものだとも思っているので、この2曲に「voice memo」とタイトルを付けたら、しっくりきて。ちゃんとしたタイトルはいらないと思っていましたしね。今回、全体的に仮タイトルが正式タイトルになった曲が多いんです。最初は正式タイトルに変えるだろうと思っていたんですけど、結局は変えませんでした。
中村佳穂
ーーアルバムの大事な〆になるラストナンバーに、そのタイトルを付けていることにも驚きました。
今、初めて気付きました(笑)。並べた時のバランスも良いし、全体に気楽さを感じる雰囲気を出したかったから「voice memo」も2曲ある方がいいなと思います。ラストの「voice memo #3」に関しては、元々は一発録りが原案でした。今回は練って作って、何回も歌い直す曲が多かったので、これは一発録りにしたくて。結局は歌い直しましたけど、裏で鳴ってるトラックは最初に宅録で作ったものだし、それ以上は何も加えていません。
ーー今回は、そんなに仮タイトルのまま正式タイトルになった楽曲が多いんですか?
「Hank」、「ブラ~~~~~」、「MIU」とかは仮タイトルそのままですね。
ーーそういう事は、前作『AINOU』の時もありましたか?
『AINOU』の時は、仮タイトルのままタイトルになった曲は無いですね。今回は共同制作の荒木さん、西田くんも凄いプレッシャーがあったと思うんですけど、かなり1曲1曲丁寧に作っているんですね。荒木さんに「アンセム作ろうね!」と言われた時があって、「アンセムって何ですか?」と聞いたら「名曲」と言われて。それで今回はお互いの名曲を出し合うみたいな意味でもあったので、1曲1曲が独立しているようにも感じますが、実は1曲1曲が輝いている。なんというか、お金が入っても高い服を適当に着て、安い服を大事に着ている人になりたいんですよね。なので、宝石のような曲ができたからこそ、名前は適当につけたかった。ずっと「タイトル変えたら?」と言われてたんですけど、何故か私は変えなくていいと思っていて、それが不思議な事に後から整合性が出てきたんですよね。それが「MIU」も仮タイトルで、今の歌詞の前から「どうにか、より良くなりたい」という曲だと言っていて、後から調べてみると「ミウ」という発音はフランス語で「より良く」(mieux)という意味があったんです。デッサンの方が輝いて見えることがあるように、仮タイトルとはいえ、強さを持っていたんです。「Hank」も西田くんがデモを完成した時に阪急百貨店が近いからというので付けたんですけど、後から調べると「糸の束」というちゃんとした意味もあったりして。仮タイトルを誰かから提案されて、私がそれを止めたことは思い出す限りでは無いですね。
ーー自分が付けた仮タイトルならわかるんですが、他の人が付けた仮タイトルでも変えたくないと思うんですね。
素敵だと思ったことに対して、自分が、他の人がという意思があまりないのかもしれませんね。
ーーもう少し曲ごとにお話もしたいのですが、僕は8曲目の「祝辞」という曲が大好きなんです。相変わらず軽やかで抜け感があるんですが、中村さんの自然な言葉が語りかけられる感じが凄くリアルで。
私も大好きな曲です。新しい民族音楽っぽいものを作りたいという話を荒木さんとしていたんですね。それでお祭りみたいなトラックを作ってもらって、最近思っている事を即興で喋りました。最初は、もっとツルっとしたトラックだったんですけど、荒木さんが即興の喋りを「いいセリフですね」と言ってくれて、そこから1時間くらいでトラックをさらにセリフに合うように編集してくれましたね。西田くんとビックリして感動したのを覚えてます。祝福されて肯定されているみたいな感じというか、自分の中では懐かしさを感じるけど、なぜか新しくも感じましたね。
ーー最後に、共作の荒木さんと西田さんが、最近UAさんのライブでサポートを務められているのを観たんですね。中村さんの音楽が広がった事で、こういう流れにも繋がったのかなと思うと凄く嬉しくて。
UAさんは『AINOU』を聴いて、感銘を受けて下さりお手紙まで送って下さったんです。自分の作品が人に影響を与えているというのを感じるのが乏しい方ですけど、色々な人たちの人生が変わっていると思うと、アクションを起こして良かったなと思いますね。
ーーアーティストのみなさんだけでなく、僕たち聴き手も、中村さんの音楽から影響や刺激を受けています。なにより、このアルバムはより影響も刺激も受ける人たちが多くなるアルバムだと思っています。
ただ私は邁進しているだけなので。突然ひとりぼっちになるかも知れないという感覚もむちゃくちゃ持っていますよ。
ーーまだまだ、そういうストイックな感覚を持たれているならば、何の心配も無いなと、今とても感動しています。2作目のジンクスじゃないですけど、次作以降もジンクスからのプレッシャーもあると思いますが、その度にまた軽やかに遥かに、超えてくれると心から信じています。
大丈夫です、そのあたりは! 楽しみにしていて下さい!
取材・文=鈴木淳史 撮影=大橋祐希

アーティスト

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

新着