《開場25周年》新国立劇場 2022/202
3シーズン ラインアップ説明会レポー
ト【オペラ部門】~記念の年に新たに
する決意

新国立劇場が2022/2023シーズンのラインアップを発表した。2022年3月1日(火)に同劇場オペラパレスのホワイエで、オペラ、バレエ、演劇という三部門の合同ラインアップ説明会が開催され、オンライン出席が可能だったにもかかわらず、広いホワイエは記者や関係者など多数の出席により、ほぼ満席の状態となった。
まだ出口が見えないコロナ禍の問題、そして現在、大きな国際問題となっているウクライナへのロシア侵攻における〈政治と芸術〉の関係についての意見が交わされ、例年以上に、劇場側の芸術の存在意義についての意欲的な姿勢が際立った説明会となった。
新国立劇場 2022/2023シーズン ラインアップ説明会 (撮影:長澤直子)

■新国立劇場 開場25周年の記念すべき年
このレポートはオペラ部門についてお伝えしていくが、まずは各部門の芸術監督の話の前に、新国立劇場財団の総務部、制作部担当の村田直樹常務理事からの挨拶があった。
2022/2023シーズンは1997年に開場した新国立劇場にとって25周年という大切な節目のシーズンとなる。村田氏は、これまで新国立劇場は「我が国唯一の、国立の現代舞台芸術の劇場にふさわしい公演の企画、制作、上演」に努めてきたと述べ、「開場25周年を迎えるにあたって、新型コロナウイルス感染症の出口が見通せない状況ではございますが、このような時期であればこそ、皆様にリアルな舞台を通して感動をお届けしたいと考えております」と力強く発言した。シーズンの演目のうち、各部門の芸術監督が直接関わる公演4本に、5年ごとの再演が定番となっているヴェルディのオペラ《アイーダ》を加え、合わせて5公演を『新国立劇場 開場25周年記念公演』と銘打つ。
新国立劇場財団 村田直樹 常務理事 (撮影:長澤直子)

■オペラ部門:12月から2月までの外国人新規入国制限期間中の苦労について
オペラ芸術監督の大野和士氏の話はまず、去る12月、1月のオペラ上演について起こった状況の説明から始まった。オミクロン株の感染拡大により外国人の入国制限が始まった12月は、オペラ部門ではちょうど、1月上演のワーグナー《さまよえるオランダ人》と2月のドニゼッティ《愛の妙薬》の準備期間であり、オランダ人役で出演予定だった世界最高峰の歌手、エギルス・シリンスなどを含む、外国勢の来日が不可能となった。そのため大野監督は急遽、日本人アーティストのオーディションを行い、そこで《さまよえるオランダ人》の題名役に河野鉄平、ゼンタ役には初めて声を聴いたときに“日本のブリュンヒルデになる!”と思った田崎尚美、《愛の妙薬》では、芸達者な歌手が必要なベルコーレ役に大西宇宙、アディーナ役に砂川涼子などの出演がかなった。また、劇場にとって大変ラッキーなことに、来日中だったイタリア人指揮者ガエタノ・デスピノーサがこの2演目の指揮を引き受けてくれた。
大野監督は、「とにかくどんな形でもコロナの一年目に遭遇してしまった5演目連続キャンセルのようなことがないように。どんな形でも公演を続けていきたい、という課題を何とか克服でき、その結果として、お客さまにも大変好意的に、熱狂的に迎え入れていただき、それは本当に頑張ってくれた日本人歌手の皆さん、助けてくれたマエストロ・デスピノーサ、そして新国立劇場の繊細に行われてきたコロナ対策のおかげ」で乗り切ることができたと謝意を表した。
大野和士オペラ芸術監督 (撮影:長澤直子)

■2022/2023シーズンの特徴(1) 開場25周年記念公演《ボリス・ゴドゥノフ》《アイーダ》《ラ・ボエーム》
ヨーロッパと違って日本はまだ、コロナ感染が高止まりしている状況にあり、またいつそうした状況がぶり返すかも分からないことを踏まえ、「次のシーズンの演目はていねいに注意深く」選んだとのこと。2022/2023シーズンは何よりも新国立劇場の開場25周年ということで、まずは5年ごとに上演されているゼッフィレッリ演出の豪華な《アイーダ》をカルロ・リッツィの指揮で。歌手はセレーナ・ファルノッキア、ロベルト・アロニカ(新国立劇場初登場)、ユディット・クタージ(同)、フランコ・ヴァッサーロ、妻屋秀和などの出演で。
開場25周年記念演目のあと二つは、新制作のムソルグスキー《ボリス・ゴドゥノフ》、そしてプッチーニ《ラ・ボエーム》が大野監督自身の指揮で上演される演目ということで選ばれた。

■2022/2023シーズンの特徴(2) コロナで延期になった演目の上演
2022/2023シーズンのもう一つの特徴は、2020年に中止にせざるを得なかった演目の契約アーティストを、可能な場合は演目そのままで移行し、それ以外もできる限り各アーティストが出演可能な作品を上演せねばならないことであった。
そのため、今年シーズン開幕の演目として10月に上演されるのは、2020年に上演予定であったが中止になってしまったバロック・オペラ、ヘンデルの傑作《ジュリオ・チェーザレ》である。題名役にバロック・オペラで有名なマリアンネ・ベアーテ・キーランドを配した他は、クーリオに駒田敏章、コルネーリアに加納悦子、セストに金子美香、クレオパトラに森谷真理、トロメーオに藤木大地、アキッラにヴィタリ・ユシュマノフ、ニレーノに村松稔之と、2020年と同じキャストが実現した。また、モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》にも、2020年のモーツァルト《コジ・ファン・トゥッテ》で来日予定だった指揮のパオロ・オルミ、歌手のシモーネ・アルベルギーニ、エレオノーラ・ブラット、ジョヴァンニ・サラなどがキャスティングされている。
そしてやはり2020年に上演できなかったオッフェンバック《ホフマン物語》には、《さまよえるオランダ人》で来日できなかったエギルス・シリンスがミラクル博士他の4役に出演するのが注目だが、それ以外は指揮のマルコ・レトーニャ以下ほぼ同じキャスト(ジュリエッタにはコロナ禍の代役で活躍した大隅智佳子が登場)で上演される。R・シュトラウスの《サロメ》もやはり延期公演で、こちらも指揮のコンスタンティン・トリンクス以下、アレックス・ベンダ、イアン・ストーレイ、ジェニファー・ラーモア、トマス・トマソン、そして鈴木准、加納悦子など日本人キャストもほとんどが2020年に発表されていたものだ。コロナで延期になった公演への出演契約を結んでいたアーティストが翌年以降のシーズンに出演するのは、現在、世界中の歌劇場で行われている解決策である。
(撮影:長澤直子)

■2022/2023シーズンの特徴(3) 新制作の3作品の特徴
今シーズンの新制作は開幕の《ジュリオ・チェーザレ》、ロシア・オペラの重要作品《ボリス・ゴドゥノフ》、そしてヴェルディ《リゴレット》である。延期公演である《ジュリオ・チェーザレ》は、2020年に新国立劇場でオーケストラ・リハーサルの直前まで練習が進んでいたプロダクションであり、パリ・オペラ座で2011年に初演されたローラン・ペリ演出の舞台。公演が中止された後で公開されたリハーサル風景の動画で、演出のユニークさや、歌手達の仕上がりなどをご覧になった方もいるだろう。今年の上演にも指揮のリナルド・アレッサンドリーニ、演出のローラン・ペリの来日が決定している。
コロナによる2020年の5演目上演中止(延期)にともなう大きな経済的ダメージを少しでも取り戻すために、新制作の数は、大野氏が芸術監督になった年の年4本から、現時点では3本に減らされている。その中で、唯一、新しく生まれるという意味での新制作が予定されているのは《ボリス・ゴドゥノフ》である。これはポーランド国立歌劇場との共同制作で、同劇場の芸術監督を務めるマリウシュ・トレリンスキの演出になる。METの開幕公演などを任される演出家だ。舞台上にいくつもあるキューブが場面を作り出していくという現代的な切り口に、時代物の衣裳を一部取り入れ、光をうまく取り入れた演出になる予定という。上演はプロローグ付き全4幕、1869年の原典版と1872年の改訂版を折衷した(ロシア語)上演となる予定。題名役はエフゲニー・ニキティン、ヴァシリー・シュイスキー公はマクシム・パステル、ピーメンはアレクセイ・ティホミーロフ、聖愚者はパーヴェル・コルガーティン、その他にはフョードルの小泉詠子、クセニアの九嶋香奈枝、グリゴリー(偽ドミトリー)の工藤和真、ヴァルラームの河野鉄平、他の日本人キャストが発表されている。
もう一つの新制作はヴェルディ《リゴレット》だ。ビルバオ・オペラとリスボン・サン・カルロス歌劇場の共同制作として生まれた、エミリオ・サージ演出のプロダクションを新国立劇場が購入する。指揮は名匠マウリツィオ・ベニーニが登場。リゴレット役にジョルジュ・ペテアン、マントヴァ公爵にイヴァン・アヨン・リヴァスという新国立劇場初登場の二人、ジルダ役は2019年に《ドン・パスクワーレ》に主演したハスミック・トロシャンがベルカントの歌唱を聴かせる。
(撮影:長澤直子)

■レパートリー上演演目。新制作は今後、2023/2024シーズンにも期待
以上で言及があった以外の演目としては、久しぶりにステファン・グールドが題名役で登場するワーグナー《タンホイザー》、2019年に《ドン・パスクワーレ》を指揮したコッラード・ロヴァーリス指揮、新国立劇場初登場のニコラ・アライモ主演の《ファルスタッフ》も楽しみだ。
コロナ禍の延期公演とそれらの公演に出演予定だったアーティスト達との契約を守るために、もともとのプランからはかなり変更を余儀なくされた様子の2022/2023シーズンだが、大野監督が重要視するロシア・オペラの傑作である《ボリス・ゴドゥノフ》の新制作が重要な位置を占めているだけでなく、「キャスティングには目を見張るものがあると思います」と監督。また、日本人作曲家への委嘱作品などは2023/2024シーズン以降に予定されているのでぜひ期待してほしいとのこと。

■質疑応答:ロシアのウクライナ侵攻に関する〈政治と芸術〉の関わりについて
オペラ、バレエ、演劇の三部門の芸術監督の説明の後、合同での質疑応答の時間があった。いくつかの内容を要約してお伝えする。大野監督には、2月末から起きているロシアのウクライナ侵攻について、指揮者ヴァレリー・ゲルギエフの例をあげ、ヨーロッパやアメリカで起きているロシア人芸術家に対する政治的なスタンスの表明への要求をどう思うか、芸術と社会のあり方への思いを聞く質問があった。
大野監督は「まずはこの劇場の理事の方からもお話を受けて、新国立劇場では現状で、政治的に起きていることと芸術分野の出来事というのは分離して考える」と明言。ゲルギエフ氏は現大統領と特別に近い関係ということで難しい立場にあるのだろうと思うが、他のロシアのアーティスト達までが活動停止に追い込まれていいわけがない。「芸術家というのは、心の自由を人々に与えるために、才能を磨くという使命を受けた人たちの集団なので、当然のことながら国というような政治的な区割りをはるかに超えたところに存在している。だからこうしたインターナショナルな、言葉を介さなくてもいいコミュニケーションが出来るのであって、それが芸術家なのだから、絶対にそこは弁えなければいけない」と語った。
この説明会の前日に大野監督は、自身が音楽監督を務める東京都交響楽団の定期演奏会でショスタコーヴィチの交響曲第10番を指揮したが、この状況を受けて楽団員達が、演奏するのに心が重いと言っていたという。しかし、ショスタコーヴィチの音楽は、当時のソビエト連邦の状況に対する抵抗の意識や、人生の重みを背負った考えが膨れ上がって作品の中で爆発し、諧謔的な内容を持ちながら、終楽章ではギャロップでそれらを笑い飛ばす。「彼が背負ってきた現実での葛藤が音楽の中に昇華されて、爆発的なエネルギーとなって飛んでいく。しかも最後に、彼自身の語法でギャロップになって笑い飛ばすという、その音楽の内容が最終的に理解できた段階で、ああ今やってよかった、というように変わった。芸術家の世界とはそういうものだと考えているので、いわゆる現実的な何かの枠組みの中で論じられるべきではない、というのが私の考えだ」と述べた。
また別の質問で、コロナ禍で観客もギスギスしている、急なキャストの変更などがあると観客がSNSなどで過剰反応することがあるが、劇場側の発表は少し抽象的すぎるのではないか。個人情報を出せないという事情はあっても、もう少し具体的にSNSなどで発信をしたらどうか?という発言があった。
村田常務理事からは「ご心配いただいたようなことが色々な形で現れてきていることは認識している」「他の劇場の情報発信等も参考にしながら、現時点では我々としては個人を特定するようなことは避けたい、ということで対応させていただいている」とネットの難しさを認識し、慎重な対応をしていることの説明があった。大野監督も、オペラの世界では急な代役はよくあることで、自分がヨーロッパで指揮をしているときに経験もある。そのような事情を知らない人に、どこまで説明するかは限度もある。「(新国立劇場は)インタビューや、リモートの発信、舞台稽古の発信などは、もう世界的な劇場などと肩を並べるくらいさまざまな形でやらせて頂いている」これからも、より多くの皆さんの理解を得るための努力はしていきたい。そこから逸脱してしまうものに関してはもう仕方がないと思う、との見解であった。
なお、村田常務理事によると、オミクロン株の感染が広がってからは、症状が出た人、濃厚接触者などの対応も、劇場が独自に判断しなくてはならず、ウイルス検査やリハーサル室の消毒等も可能な限り迅速におこなっている。「正直、職員もかなり疲弊しているが、お客さまに公演を楽しんでいただくと同時に、出演している公演関係者に安心してリハーサルや公演を実施してもらうために、皆の協力を得て今後とも、このような取り組みを徹底していくしかないと今は思っている」ということで、大変な状況ながら最大限の対応をしているようだ。
(左から)小川絵梨子演劇芸術監督、大野和士オペラ芸術監督、吉田都舞踊芸術監督 (撮影:長澤直子)

■記者懇談会での大野監督の発言。2022/2023は「なにがおこるかわからないシーズン」
最後には、各部門に分かれ、オペラ部門のみの記者懇談会となった。ここでは大野監督から、今後への希望につながる情報がいくつかもたらされた。一つは、コロナ禍の難しい状況があった一方、それが日本人歌手の新しい才能を発掘する良い機会になったというのは事実だと思う、ということ。2022/2023シーズンにも既に日本人歌手はかなり登用されているが、このシーズンは延期公演の契約アーティストを迎えなければいけない事情もあるので、演目もアーティストも制約があった。演目によって声の重さや質の関係から(例えばワーグナーやR・シュトラウスなど)、最初の段階では国際的な歌手の配役を前提にすることが必要な作品も多いが、日本人歌手の新国立劇場への登用にはこれからも重きを置いていきたい。2022/2023シーズンのことは自分は「なにがおこるかわからないシーズン」と名付けており(笑)、実は、《ボリス・ゴドゥノフ》はともかく、他の演目は、もしもの時は全て日本人キャストで上演できるように、という観点からも演目を選んでいる。
もう一つは今後の新制作に関することである。コロナの時期に新制作されたオペラはリモート演出の場合もあったし、舞台上でもディスタンスの問題があるので、それを通常に戻して再演したいと思ったら、リハーサル期間は普通の再演の期間では足りない。コロナの時代の演出のままにするのか、それとも作り直していくのか、これは今、非常に頭を悩ませている問題。しかし、藤倉大氏への委嘱作品《アルマゲドンの夢》などは再演したいと思っているし、この作品を演出したリディア・シュタイアーさんにはまた別に、大きな作品を演出してもらう計画もある。2023/2024シーズン以降の新制作は、主に東京発の新制作になる予定で、共同制作をするいくつかの劇場とも話を進めている。自分が劇場にいない時も多いが、新国立劇場のスタッフがとても優秀で、そしてアーティストに対するホスピタリティーに満ちている。こういう状況が続く限り、どのように第二のベストを尽くすか、ということを考え続けていく。
(撮影:長澤直子)

取材・文=井内美香  撮影=長澤直子

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