尾上菊之助が描く37年越しの夫婦愛 
歌舞伎座『十二月大歌舞伎』第二部『
ぢいさんばあさん』取材会レポート

2021年12月1日(水)より26日(日)まで、歌舞伎座で『十二月大歌舞伎』が開催される。第二部では『ぢいさんばあさん』が上演され、尾上菊之助が、美濃部伊織の妻・るんを初役で演じる。共演は、伊織に中村勘九郎、伊織の同輩・下嶋甚右衛門に坂東彦三郎、るんの弟・宮重久右衛門に中村歌昇、久右衛門の息子・久弥に尾上右近、久弥の妻・きくに中村鶴松。菊之助は、開幕に先駆けて取材会に出席した。「本日は、おじいさん(勘九郎)がいなくて淋しいです」と、役に重ねた冗談で場を和ませつつ席につき、作品への思いを語った。
■ああいう世界があったらいいな
伊織とるんは、物語の前半で、結婚4年目の仲睦まじい若夫婦として描かれる。しかし後半では、37年後の“ぢいさん”と“ばあさん”として登場する。
「このお話をいただいた時、はたして自分にできるかどうか分かりませんでした」
それでも出演を決めたのは、舞踊『夕顔棚』がきっかけになったと明かす。『夕顔棚』は、『ぢいさんばあさん』と同じく、老夫婦が登場する作品だ。若き日の2人に重なる、若い男女が出てくる点も共通する。
「これまで、『夕顔棚』の魅力がよく分かりませんでした。おふざけの世界をお客様におみせするものなのかな? くらいに感じていたんです。それが今年6月の歌舞伎座で、父(尾上菊五郎)と市川左團次のおじさまの『夕顔棚』を見て、いいなあと思えたんです。祭囃⼦が聞こえてきて、おばあさんが若かりし頃に覚えた振りをみせ、それを見たおじいさんが、かつてを懐かしむ。そんな仲睦まじい老夫婦を慈しむような、村の若者たちの群舞があります。仲睦まじく支え合ってきた世界を、非常にあたたかく感じました。“演じたい”より、“ああいう世界があったらいいな”という思いです。『ぢいさんばあさん』にも通じる、日本に残していきたい心があります。いまの私に、どこまでできるか分かりませんが、父の年代になった時、あの世界観を描ける役者でありたいです」
受け止め方の変化は、年齢を重ねたためかと問われると、「それもあります。そして私自身、内助の功がなければ舞台に立ち続けることはできません」と、ほほ笑んだ。『夕顔棚』と『ぢいさんばあさん』で大きく異なるのは、伊織とるんには、37年もの会えない時間があったことだ。
尾上菊之助
「るんは、その間も家を守り続けます。現代では考えづらいことですが、これも日本人として残していくべき心ではないでしょうか。ふたりが不在の間、家を守ってきた若い夫婦も偉いですね。家を守ろうという気概を感じさせます。伝統も、若者が守っていかなければ絶えてしまいます。その意味で、現代へのメッセージ性もある作品です。若者に憧れられる年の重ね方をしなくては、と思いますね」
■菊五郎も演じた、伊織の妻・るん
本作は、森鷗外の短編小説を原作に、宇野信夫が脚本・演出を手がけて再構成した新歌舞伎だ。初演は昭和26年。菊五郎のるんの舞台で、菊之助が若夫婦の妻・きく役を勤めたこともある。
「父のるんは、温かかったです。37年ぶりに2人が再会した時、おじいさんが伊織だとすぐには気がつきません。しかし昔と変わらない鼻を触れるクセを見て、ああ! と。37年の苦労が走馬灯のように巡り、若い頃の伊織を見たような。身体と声はおばあさんでも、気持ちは若返ったようでした」
勘九郎が勤める伊織は、勘九郎の祖父・十七代目中村勘三郎も重ねて勤めた役だ。
「勘九郎さんとは、明治座での『浮かれ心中』(2016年)以来の相手役です。あの時もふたりで相談しながら、楽しくお芝居を作らせていただきました。今回もご一緒できることが楽しみですね。伊織は、十七代目さんも大切に演じられたお役だと思います。昭和48年に十七代目さんと長谷川一夫さんがなさった時の舞台を観てみたく、いま映像を探しているところです」
記者席に「どなたかお持ちでしたら教えてください」と呼びかける姿から、役作りへの真摯な思いを感じさせた。
■意識するのは、凛とした雰囲気
菊之助は現在44歳。本興行で、このような老け役は初めてとなる。
「白(はく)の鬘を被ったことがありませんし、しわを描くのも初めてです。動きや、台詞のトーン、速度も違うでしょう。公演期間中は、楽屋でおばあさんらしい姿勢、歩き方に身体を少し慣らしてから舞台に出ることになるでしょうね。そのくらい気をつけなければ、動きが若くなってしまう気がします」
ふと、菊之助は「しわを描くのは初めてと言いましたが、ありました」とコメントを訂正。2017年の『俳優祭』で、竹取物語のパロディが上演され、竹取の翁を勤めたことを、神妙な面持ちで振り返った。当時の充分すぎる老けメイクに、ヨボヨボ(なのに軽快)な菊之助の翁を、一同が一斉に思い出し、取材会が笑い包まれた。
「るんは、お婆さんですが、ヨボヨボというよりは、夫のために家を守った女性。老けを意識するよりも、かくしゃくとした武家の女性らしい、凛とした雰囲気を大事にしたいです。家を残すことができたこと。2人の間に授かった子供を亡くしてしまったことへの悲しみ、贖罪。るんは、これを旦那様に伝えなければならないという一心で、生きてきたのでしょう。その37年ぶりの再会をどれだけ表現できるか。鬘や化粧で外見は変えられますが、中身を作っていくのは自分自身です」
■変化も、せめてポジティブに
2021年の最後を飾る『十二月大歌舞伎』。この一年を次のように振り返る。
「お客様に安心してお越しいただける世界が早く来てほしいと、ずっと思いながら過ごしました。個人としては、長男の丑之助もお役をいただくことができ、幸せな一年でした」
丑之助は、菊之助の『春興鏡獅子』で胡蝶の精を、松本幸四郎の『盛綱陣屋』で子役の大役である小四郎を勤めた。
「丑之助に、役の気持ちになりきることの面白さを感じてくれたらと思い、厳しく接しました。稽古を嫌がる日にはおだてつつ、休みの日には山に行くなどして。以前より、芝居を好きになったようです。『今月はいつ観に行けるの?』と聞いてくるようになりました。私もそれについて、歌舞伎座の客席にいる時間が増えました」
尾上菊之助
11月には、菊五郎が文化勲章を受章した。
「父は照れ屋で、ふだんはあまり(喜びなどを)表に出しませんが、子供たちと一緒に『おめでとうございます』と言ったこともあるのでしょうね。非常に喜んで、ありがとうと笑顔をみせていました」
そして菊之助自身の、今年の感想を問われると、「もっと舞台に出たいです」と率直な思いを口にした。
「コロナ禍前は、ほとんど毎月舞台に出させていただき、24時間お芝居のことを考えていました。今は完全入替の三部制で、生活のリズムも、仕事への向き合い方も変わりました。その日の舞台を終えた後、一度“何も考えない時間”というものをもち、休息してからまた歌舞伎に向き合うことができます。歌舞伎以外にも目を向ける心の余裕ができたことが、良いことなのか悪いことなのか分かりませんし、コロナのおかげという言い方もしたくありません。ただ、そのような変化も、せめてポジティブに捉えたいです」
■偲ぶ、慈しむ、思い合う
取材会の後半に、『ぢいさんばあさん』の好きな台詞、好きな場面を問われると、菊之助は2つの場面を紹介した。どちらも幸せで心のあたたまる、そして笑顔を誘う場面だ。
「好きな台詞は、“あなた、また”。37年越しに伊織の変わらないクセを指摘する台詞ですね。時間を越えた2人のつながりを感じます。また、るんが褒状(ほめじょう)を賜ったことを報告する場面もいいですね。誇らしげにするところが、とても好きです」
勘九郎とともに、新たに作り上げることを「楽しみです」と声を弾ませる一方で、先人から学び、変えることなく受け継ぎたいのは「心の部分」。
「偲ぶ、慈しむ、思いやる。心の部分を大切に演じます。37年ぶりに伊織に会い、心が37年前にかえったように、ときめく。その心からの嬉しさが、思わず溢れ出るように勤めることができればいいですね」
『ぢいさんばあさん』は、第二部で勘九郎と尾上右近による『男女道成寺』とともに上演される。
「どの部もバラエティに富み、初めて歌舞伎をご覧いただく方にも、お楽しみいただける演目が並んでいます。感染状況は落ち着きつつありますが、体調を崩しやすい季節ですので、充分にご留意いただき、このような時でも憂さを晴らしに歌舞伎座にお越しいただければ幸いです」
歌舞伎座の『十二月大歌舞伎』は、12月1日(水)より26日(日)まで公演。
尾上菊之助
取材・文=塚田史香

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