日本初の大規模個展、『カミーユ・ア
ンロ|蛇を踏む』レポート 知的でユ
ーモラスな創造性の源に触れる

2019年10月16日(水)~ 12月15日(日)の期間、東京オペラシティ アートギャラリー3Fギャラリー1, 2にて、『カミーユ・アンロ|蛇を踏む』が開催中だ。カミーユ・アンロはフランスで生まれ、現在はニューヨークで活躍しているアーティストで、2013年に第55回ヴェネチア・ビエンナーレの銀獅子賞を受賞、2017年にはパレ・ド・トーキョー(パリ)で全館を使った個展を開催している。今回は日本初の大規模個展であり、ヴェネチア・ビエンナーレの受賞作やパレ・ド・トーキョーで展示された作品も紹介される。以下、内覧会の様子をお伝えすると共に、最新鋭の作家の手による、見逃したくない作品を紹介する。
内覧会当日は展覧会の為に来日した作者であるカミーユ・アンロが出席した。アンロ氏の作品を海外で初めて紹介したのは、日本の原美術館だったそうだ。本展の最初に展示されているシリーズ〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉は、それぞれ一冊の本に呼応したいけばなが作品になっている。アンロは、いけばなに関しては今まで独学だったそうだが、今回はいけばな草月流の先生と作品作りをするという、信じられないような機会だったと熱弁、本展への強い思いを語った。また本に関し、日本文学については東京オペラシティアートギャラリーのキュレーターの協力を仰いでいるとのことで感謝の意を表し、本展がさまざまな人の知や創造性が結集したものであることを示した。
カミーユ・アンロ氏
古今東西の本がいけばなへと発展
美とユーモアが同居する作品
会場に入るとまず、多種多様な花々に圧倒される。最初のセクション〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉では、文学や哲学、人類学やSFなど、多種多様な本のタイトルと著者、花材の名前と本の一節が作品と一緒に展示されている。
最初に目に入るのは川上弘美の著作『蛇を踏む』のいけばなで、蛇の鱗を思わせる花器に蛇のような形状の枝や、数珠のような実をつける植物、アンロの別室のインスタレーション《青い狐》の壁面を思わせる青色の花(トリカブト)が活けられている。美しさと不気味さ、湿り気のある華やかさ、生命力と死の匂いなどのさまざまな要素が同居するこの作品は、本展の象徴であるといえよう。
〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉より 『蛇を踏む』川上弘美 部分
その他、ウィリアム・バロウズの『ソフトマシーン』やジュール・ミシュレの『フランス革命史』、紫式部の『源氏物語』やJ.R.R.トールキンの『指輪物語』など、時代や国、ジャンルを踏み越えた作品がずらりと並ぶ。花々と本は、花の色や形が本とリンクしていたり、花の名前と書名・作家名が語呂合わせになっていたり、本の持つ文化的な背景が花に関連していたりと、一つ一つに呼応がある。また、ここで参照にされた本の一部は、展示の最後にある本棚で閲覧することができる。
〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉より 左:『ヘヴン』川上未映子 右:『フランス革命史』ジュール・ミシュレ

〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉より 『源氏物語』紫式部
〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉より 『指輪物語』J.R.R.トールキン

ドローイングが並ぶセクションでは、カミーユ・アンロの作品の特徴の一つ、ユーモアが強く漂う。人物像や服に顔が描かれたシリーズはコミカルな印象で、抽象的な線が描かれた絵は色彩や余白、線に対するセンスの良さが際だつ。一方でタイトルや主題は哲学的で、作品世界の奥行きを示している。
《アイデンティティ・クライシス》
瞑想的な青い壁面と人生の発展段階を示すような空間
《青い狐》の奥深い世界を覗く
イヴ・クラインが生み出したブルー、インターナショナル・クライン・ブルーを思わせる深い青の壁面と床で構成されるインスタレーション《青い狐》は、アフリカの民族で天文学の知識があり、多くの神話を持つドゴン族の創世神話の研究書『青い狐 ドゴンの宇宙哲学』(M・グリオール、G・ディテルラン共著)を元にしており、四つの壁面にはドイツの哲学者であるライプニッツの原理を重ねているという。
《青い狐》

目を見開き、見るものすべてに驚いているようにみえる赤ちゃんの写真や知の詰まった書籍、ものをよく見るための拡大鏡などは、子供時代の好奇心や知識の発展を感じさせるが、エロティックな写真やエンタテイメント性の強い広告、不純さや成熟を示す書籍や写真が集まっている壁面もあり、人生のさまざまな発展段階を見ているようでもある。

《青い狐》
《青い狐》

動物と植物、実在するものと空想の産物、学問とテクノロジー、命あるものと無生物など、あらゆるものが混在し、人間の持つ知への欲求とフェティシズムを感じさせるこの空間は、窓のない寝室やおもちゃ箱のように個人的で親密で、どこか瞑想的な雰囲気を持つと同時に、インターネットの世界のような賑やかな相互接続性を感じさせる。

《青い狐》
強靭な知性と莫大な情報
カミーユ・アンロの創造的世界に没入
2013年に第55回ヴェネチア・ビエンナーレ銀獅子賞を受賞した《偉大なる疲労》は、カミーユ・アンロが国立スミソニアン博物館の特別研究員として行った調査に基づいた作品だ。神話や宗教・歴史や科学の話を組み合わせた宇宙の創造の物語のナレーションとともに、コンピューターのデスクトップ上でさまざまな画像が流れていく。重なり合って次々に切り替わるボーダーレスな情報は、創造性を刺激する百科事典を映像化したようであり、情報過多な現代という時代を詩的に語っているかのようだった。
《偉大なる疲労》
《偉大なる疲労》
《偉大なる疲労》は多様な画像が視界から通り過ぎていき、観る者は展開される映像に没入する。一方、《青い狐》の空間はさまざまなアイテムが一時停止して提示されており、好きな壁面で立ち止まって観ることができる。〈革命家でありながら、花を愛することは可能か〉のシリーズは、個々のいけばなが一つの世界になっており、本の内容や本と花とのつながりを推測するのが面白い。カミーユ・アンロの作品はいずれもボーダーレスで豊かであり、知的で好奇心に満ちあふれ、ユーモラスで洗練されている。この上なく奥深く、上質の創造性に触れることができる『カミーユ・アンロ|蛇を踏む』、是非見逃すことなく足を運んでいただきたい。

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