かえるくんは東京を救えるのか? 村
上春樹原作舞台『神の子どもたちはみ
な踊る after the quake』稽古場レポ
ート

村上春樹の連作短編小説を原作とした舞台『神の子どもたちはみな踊る after the quake』が2019年7月31日(水)から東京・よみうり大手町ホールで上演される。
今年5月に上演された舞台『海辺のカフカ』(蜷川幸雄演出)と同じくフランク・ギャラティの脚本で、演出は倉持裕が務め、出演者には古川雄輝、松井玲奈、川口覚、木場勝己と期待の俳優がそろっている。
村上春樹の原作は6作品から成る短編小説で、今回の舞台はその中の「かえるくん、東京を救う」と「蜂蜜パイ」という2作品を元に構成されている。「蜂蜜パイ」が物語の軸となり、小説家の淳平(古川雄輝)、淳平の大学時代の同級生でシングルマザーの小夜子(松井玲奈)、小夜子の元夫・高槻(川口覚)、小夜子と高槻の娘・沙羅(横溝菜帆・竹内咲帆のWキャスト)が主な登場人物となる。「かえるくん、東京を救う」は、淳平が書いている小説であるという設定で劇中劇のような形で同時進行する。「かえるくん~」は、これから東京を襲う大地震を未然に食い止めたいというかえるくん(木場勝己)が、普通のサラリーマンである片桐(川口の2役)に協力を求めにやってくる、という物語だ。村上はこれらの物語の時間設定を「1995年2月」に限定しており、この年の1月に起きた阪神・淡路大震災の直接の被災者ではないが地震のニュースを見て、心の中や自分の周囲に何かしらの変化が起きた人たちを描いている。
一体どのような舞台作品になるのだろうか。本番まであと1週間と迫った稽古場を取材した。 
『神の子どもたちはみな踊る after the quake』稽古場写真

まず、淳平(古川雄輝)と小夜子(松井玲奈)、高槻(川口覚)の3人が大学で出会った頃の回想シーンから稽古が始まった。3人の関係は高槻を中心にして作られていったことがよくわかる場面だ。二人を引っ張る高槻を、川口が突き抜けた明るさで力強く演じている。感情を露わにする高槻が“動”の人なら、淳平と小夜子は“静”の人だ。古川も松井も、静かで穏やかな雰囲気の中に、自分の感情を表に出せない屈折を感じさせる。

そして、淳平や小夜子の生い立ちなどを述べる語り手(木場勝己)の声が、低く穏やかにシーンを包み込み、心地よい空気が全体を支配する。演出の倉持は本番近づく中、最後の微調整の段階に入っていると見え、同じ箇所を何度も繰り返し、キャストとスタッフそれぞれに細やかな指示を出していた。川口は倉持からの指示を反芻するようにセリフの言い方や動きを実際に声や動きに出して確認していたが、そんな川口とは対照的に古川はじっと考え込むような表情で、頭の中でイメージしながら嚙み砕いている様子だった。松井は、倉持に対して質問したり、意見を述べたりと積極的に自身の演技の精度を上げようとしていることが感じられた。
『神の子どもたちはみな踊る after the quake』稽古場写真
続いて、「かえるくん~」のシーンの稽古が始まった。先ほどまでの「蜂蜜パイ」の静かなシーンに比べ、木場と川口のやり取りを始め全体的にテンポの良い演出で緩急が付き、物語の世界にぐっと引き込まれた。川口は衣裳を変え、先ほどまで演じていた高槻から片桐へと全く雰囲気を変えて登場した。明るく人当たりのよい高槻とは違う、数々の修羅場を乗り越え、人間の闇の部分を知っている男の強さや肝の座った覚悟が感じられた。
木場は「かえるくん」という、人間ではない役で登場する。人間と話ができる蛙、という原作の設定からして突拍子もないが、それを舞台上で生身の人間が演じるというのは、生半可なことでは滑稽なだけで終わってしまう。稽古の段階なので、本番の舞台で実際に木場がどのようなコスチュームで登場するのかはわからなかったが、小説からも感じられたかえるくんの、東京を大地震から救いたいという使命を抱いた人ならぬ蛙の強さと誇りが感じられ、木場ならばきっと、含蓄のあるかえるくんを見せてくれるだろう、と期待を持つことができた。
『神の子どもたちはみな踊る after the quake』稽古場写真
『神の子どもたちはみな踊る after the quake』稽古場写真
そしてこのシーンで、淳平が自分の原稿を手にしながらかえるくんと片桐のやり取りを見ている姿は、「蜂蜜パイ」のシーンで木場が演じている語り手と重なって見える。全体を通じて、常に物語を俯瞰している人物がいるという構造になっており、それは1995年という“過去”の時間設定となっているこの物語を現在から見つめている観客のメタファーにも感じられた。

続いては、“地震男”の悪夢に悩まされる沙羅を心配して淳平が家にやってきたシーンの稽古が始まった。自作の物語を優しく語り聞かせる淳平と、それを好奇心溢れる瞳で一心に聞く沙羅という、なんとも微笑ましい場面だ。沙羅と同じ目線に立って話す淳平の、包み込むような優しさを古川が柔らかく体現している。
『神の子どもたちはみな踊る after the quake』稽古場写真
『神の子どもたちはみな踊る after the quake』稽古場写真
そして、淳平と沙羅のやり取りを見つめる小夜子は、時に微笑みを見せ、母親の慈愛と友人である淳平への信頼をにじませるが、ほぼ毎晩悪夢にうなされる娘を心配してか、常に陰りがつきまとう。その微妙な心象が、松井の細やかな表情から伝わってくる。

物語の背景として実際に起きた震災が登場するが、この作品はあくまでフィクションであり、「かえるくん~」には寓話性もある。かえるくんは東京を救いたいと奮闘するし、淳平は沙羅と小夜子を救いたいと願っている。これは震災による悲しみを描いた作品ではなく、何かを守ろうとする人たちの、勇気と温かさを描いた作品だ。フィクションだからこそ伝えられるメッセージが感じられる舞台になっていることを期待したい。
取材・文・撮影=久田絢子

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