名古屋の劇団・星の女子さんによる“
安楽椅子探偵”シリーズ3部作が、4月
29日まで3週連続上演中

名古屋を拠点に活動し、今年で結成11年目を迎えた星の女子さん。主宰で劇作家・演出家の渡山博崇は、毒気やおかしみを含んだ、“不条理な現代のおとぎ話”をテーマに創作を続け、前回公演『うつくしい生活』では、自身に大きな影響を与えた「初版グリム童話」の世界に挑戦。その中の一篇をモチーフにシュールなダークメルヘンを追求した、これまでの活動の集大成といえる作品で節目の年を締めくくった。
そしてこの時期、奇しくも構成メンバーにも変化があり、劇団として第2期を迎えたと言うべき今回の公演では、『私立探偵西郷九郎と九人の女』と題し、4月の第2週から第5週の3週にわたって、名古屋市西区の小劇場「円頓寺Les Pilliers」で一部出演者を変えながら全3話を展開するロングラン公演に挑んでいる。
星の女子さん『私立探偵西郷九郎と九人の女』チラシ表
タイトルからわかる通り、今回はいわゆる探偵モノだが、1週目の第一話『虫を愛でる女』はフランツ・カフカの小説「変身」、2週目の第二話『箱を出たい女』は安部公房の小説「箱男」とルイス・ブニュエルの映画「皆殺しの天使」、3週目の第三話『狼を待つ女』はサミュエル・ベケットの戯曲「ゴドーを待ちながら」とエドワード・オールビーの戯曲「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」をそれぞれモチーフとした作品に。西郷九郎探偵と大久保令子助手のもとに次々と訪れる9人の女たちの事件が、3話にわたって展開されるという構造だ。
ひとつの節目を経て、作品との向き合い方にも変化があったという渡山に、3話の内容や今回なぜこのような形式の公演を行うことになったのか、など話を聞いた。
── 仮題は『ナインレディー・ストーリーズ』でしたが、だいぶ雰囲気の異なるタイトルになりましたね。
そうですね、コテコテの感じに(笑)。最初は、ウディ・アレンがベッドの真ん中にいて、その周りを女性が囲んでいる写真をビジュアルイメージとしてスタートしたんです。その一枚からなんとなく、ニノさん(二宮信也)を中心に据えて、周りに女の人がバーッといたら面白そうだな、と。そういうシチュエーションでどういうことがあればいいだろう? というのと、ミステリーに挑戦してみたいという思いがあったので、直球で探偵モノをやることにしました。たまたま『NINE』(2009年アメリカ映画)も観て、スランプに陥っている映画監督の男の悩みを中心に女性たちが動いていく話だったので、そういう構図だと面白いな、と。そんな中、岡本理沙が劇団を辞めることになって、ニノさんと岡本で想定していた〈探偵と探偵助手〉というコンビネーションが崩壊してしまったんです。キャラクターが変わるとお話が全く変わるぐらいキャラクターが大事だと思っているので、行き詰まりまして。それで、日本劇作家協会東海支部の研修プログラムで教えを乞うている佃(典彦)さんに相談したんです。その中で出たのが、古今東西の名作の不条理劇の謎を解決しちゃうという(笑)。そんな探偵がいたらすごいよねって。
── それでカフカやブニュエルの作品をモチーフに?
そうなんです。確かに面白いけど、本当に出来るのか? と思いながらも2時間近く話をして、「これは世界の名作になるぞ!」と大いに盛り上がったんですけど、翌日気づいたんですね。不条理を解決できる条理に引き戻したら、全く面白くないって(笑)。だからこれをどうにかして、第1話のカフカの「変身」は、虫になった男が人間に戻ってもたいして面白くはならないから、そこからひとつズラしたことにしようと。なんとかアイデアをひねり出して、不条理と条理が合わさったようなテイストになったな、という手応えがあります。
第2話のモチーフにした「箱男」はダンボール箱をかぶった男の話で、「皆殺しの天使」は、ブルジョアの人たちが理由は全くわからないけど館から出られなくなる話。この館も箱に見たてて、そこから出られない人の話を書こうと思ったんですけど、これがなかなか難航しまして。箱から出たい、出たくない、みたいなことがどうも上手く重ならなくて、稽古入ってからも結構改稿しました。
3話目のモチーフは「ゴドーを待ちながら」と「ヴァージニア・ウルフなんか怖くない」で、「ヴァージニア…」は映画化されたものを参考にしています。これは2作に共通するあるキーワードを結びつけたことで、お話としてまとまった感じがあります。円頓寺商店街(劇場近くの実際にある商店街)の外れにある架空の公園を用意して、木の下で2人の人間がいつも待っている。で、「不気味で子どもを遊ばせられないからなんとかしてほしい」という主婦がやって来るんですけど、探偵事務所の中で話し合いで解決しようとする話になっています。西郷は西郷で別の人を待っている。だから本当はそれどころじゃなくて仕事なんかしたくないんです。そんな中で、“待つ”ということに関わる人たちが次々とやってきて、西郷をどんどん困らせていく。
第二話『箱を出たい女』の出演者。左から・作・演出の渡山博崇、原みなほ、三井田明日香、林揚羽、平手さやか、二宮信也、まとい
── 探偵自身は動かずに、部屋の中で全部解決していくということですね。
椅子に座って人の話を聞いて、理屈で解決していく。ミステリーに“安楽椅子探偵”というひとつのジャンルがあって、事件を捜査しないタイプの探偵ですね。それをモデルに西郷というキャラクターを作っていこうと。ミステリーといえば、(北村)想さんとか、はせ(ひろいち)さんとかお得意のジャンルですけど、とても真似はできない…いや、無理です、となって結局、西郷さんはとてもへっぽこ探偵なんです(笑)。きちんとした解決みたいなことがあまりできなくて、助手の令子の方が有能だったり。なんか解決しちゃったけど、それはなんでだろう? と後で考察するとか(笑)。そういう流れの3話になっています。
── 二宮さんの探偵と、平手さやかさんの助手という並びも面白いですね。
なかなか面白くてハマってます。全編通して“役に立たない探偵”というひとつの姿を提示するんですけど、西郷は元々うどん屋で、すごく能力があったんです。評判も良かったしお客さんも付いていて。あまり多くは語られないんですけど、ふとしたきっかけで四十を過ぎて探偵業を目指して、そのために離婚もする。いろんなものを投げ捨ててまで探偵という職業にのめり込んでいる。そういう姿に、いろいろと生活のことはあるけれど芝居にのめり込んでいる僕自身もちょっとだけ投影させています。能力が華々しく認められなくても「俺はやりたいからやるんだ」という意志を持っている人の姿、その人の原動力は何なのか?ということを3話を通して、西郷さんのひとつの大きな物語としても書いたつもりです。
第三話『狼を待つ女』の出演者。前列左から・まとい、平手さやか、二宮信也 後列左から・上田愛、中島由紀子、長尾みゆき、青木謙樹
── 時系列としては、1話から3話に進んでいく感じですか?
そうです。1話と2話がわりと近い話で、3話は1話から1年後ぐらいの話になっています。西郷も令子も少しずつ、関係性も含めて変化していったりしますし、1話には2話と3話の両方の伏線が入ったり、2話にも3話に引っかかるフックを作ってあったり、続けて観て楽しんでもらえるようにしつつ、単品でももちろん成立するようにしてあります。
── 今回は劇場の構造を活かした作品になっていますが、最初から「円頓寺Les Pilliers」を想定して?
もう完全にそうです。商店街の外れにあるし、『パプリカ』というバーも併設されているので、そこも使いながら「バーの奥にある部屋に探偵事務所を間借りしている」という設定にして。助手の令子は、掛け持ちアルバイトでバーのバーテンもしているという。
── 虚実入り混じった感じですね。
こういう設定なので舞台美術の手が抜けなくて、今回は徹底的に作り込んでいます。舞台美術の早馬諒君と何回も打ち合わせをして、本当に人がそこで働いている空間を作ろうと。黒澤明監督のアプローチみたいに、開けない引き出しの中にもギッシリ物を詰めておけ、みたいな(笑)。入口にも「ファイナル探偵事務所」という看板を掛けるので、実際の探偵事務所の仕事を覗き見ているような感覚になるかなと。
第二話『箱を出たい女』の稽古風景より
── 今回、演出面で意識された点などはありますか?
あまりナチュラルな芝居にしすぎないように気をつけつつ、演劇に何が出来るのか、出来ないのか、というのを考えながらやっていて、一番変わったのは、今回はお客さんを本当に楽しませるつもりでやっています。今までももちろん、お客さんのことを考えてないわけではないんですけど、前回の『うつくしい生活』などは、自分の創作に対する愛とか敬意とか、慄きみたいなものを込めた作品で、とにかく「自分のこれを見てくれ」という思いが強かったんですけど、今回は不条理をネタにしていることもあって、お客さんにきちんと伝わって十分に楽しんでもらえる、ということを強く意識していますね。
── そういう思いに至ったきっかけというのは?
いろいろありますけど、やはり岡本の退団は大きかったですね。ずっと密接なコミュニケーションを取りながら「岡本が立てば星の女子さんだよね」という空気を作って作品を創ってきたので、頼りにしていた部分も大きかったですし。結果的に今回も出演するんですが(当初出演予定だった俳優が体調不良で降板したため)、彼女の不在によって、これからお客さんにどういう風に星の女子さんを提供しなくてはいけないか、ということを一から考えました。これは本当にお客さんを楽しませないと、自分の演劇を納得できなくなるだろう、と思ったことも一因かもしれないですね。
── 実際にそういう作業を始められてみて、どうですか。
馴染みのある俳優さんと、今回初めての客演さんと共に創りながら、いつも以上に話していますね。「僕は作品をこう思うけど、みんなはどう思う?」と聞いてみたり。以前は作・演ということで自分の作品に責任があるから、「僕はこう思うからこうしてくれ」という要求がかなり多かったんですけど、今回は「わからないから一緒に考えて」と(笑)。自分の思ってもみなかった発想を持ってきてくれたりするので面白いし、なにより皆が作品に対して積極的になってくれている気がします。
第二話『箱を出たい女』の稽古風景より
── その作用がホンの内容にも影響したり?
そうですね。セリフを細かく変えたり、追加したりもしました。
── ブラッシュアップされている感じですね。
「劇作家は役者に育てられるんだ」という言葉をしみじみと実感しています。今までもわかっていたつもりはあったんですけど、今回のやり方で「あぁ、受け取れるものがいっぱいあるんだな」と思いました。なにせ僕の好きなものが、映画なり作品なりあまり一般的な人気を得ていないので。好きな人同士では「名作だよね」と当たり前のように言われるけど、一般的な知名度は? という創り手が好きだったりするので、「これをわかってもらえるのかな」という諦めをどこかでしてたんです。「どうせわかんないでしょ。でもいいよ、僕は好きなんだから。これがやりたいんだ」って自らを孤独に(笑)。でもそれはそれとして、手は繋いでいけるんだな、ちゃんと話せばいいんだね、って(笑)。
── そういう趣味嗜好が劇作家や演出家としてのカラーになるので、いいと思いますよ(笑)。
一作創るたびに、次こそはもっと面白いものを! と思うんですよね。今回は構想を始めた時からロングランをやりたいと思っていて、本当は3時間を超えるような芝居もやりたい。でも、ナイロン100℃みたいな大作を大きな劇場でロングランするなんて、とてもとても僕たちの規模では出来なくて。だったら分割して、60分ぐらいで観やすいものを、仕事帰りでもパッと気楽に寄れるような劇場で長いこと上演して、「いつでもやってまっせ」という感じでやれたらいいな、という思いでこの企画を作ったんです。でも、助成金をいただけて、本当に助かりました(笑)。
1ステージ25名限定とはいえ、3週間に及ぶ全24ステージの長丁場は、当地では果敢な挑戦ともいえる試みだ。ひとつの転機を迎えた新生・星の女子さんとして、渡山の言葉どおり、観客をより楽しませようとする気概が感じられるだけでなく、彼ら自身がとことん面白がって作品に取り組んでいる様子も伺える今回の公演。まるで私たち観客も依頼人になったかのような臨場感あふれる空間に、次々と持ち込まれてくるおかしな事件を毎週、覗きに行ってみては?
取材・文=望月勝美

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