ロシア芸術の真髄に触れる展覧会『国
立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンテ
ィック・ロシア』記者発表会レポート

ロシア芸術の至宝《忘れえぬ女(ひと)》が約10年ぶりに来日し、Bunkamura ザ・ミュージアムの展覧会『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア』(会期:2018年11月23日~2019年1月27日)で公開される。この展覧会は「Bunkamura 30周年記念 ロシアン・セレブレーション」の企画のうちのひとつであり、期間中は美術展以外にも、Bunkamuraを会場にバレエや音楽、演劇など、ロシアにまつわる芸術が紹介される。
9月19日には、在日ロシア連邦大使館で開催記者発表会が行われた。会場では『ロマンティック・ロシア』展の応援キャラクター、チェブラーシカが関係者をお出迎え。ピアニストの松田華音が生演奏を披露し、イントロダクションとしてロシア文学者の亀山郁夫氏がロシアの文化・芸術について語った。
ロシアに恋をし、理解する
イワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女(ひと)》 1883 年 油彩・キャンヴァス (c) The State Tretyakov Gallery
「ロシアの政治がよくわからない。ロシア人のメンタリティがよく理解できない。このような声は、ヨーロッパだけでなく日本でも耳にしますが、『よくわからない』という感覚は、実はロシア人自身にも共有されているものです」
そう語る亀山郁夫氏。そんな一面を示す例として、19世紀の詩人であり外交官でもあった、フョードル・チュッチェフの詩を紹介した。
「Bunkamura30周年記念 ロシアン・セレブレーション」開催記者発表会 亀山邦夫氏のスライドより
亀山氏は、自分のことがわからなくなる状態を、何かに恋をし、熱中し、恍惚としている状況であろうと展開。それゆえに「ロシア人は『熱狂の民』ないしは『恍惚の民』と言えるのでは」と続けた。
「"ロシアはひたぶるに信ずるのみ"。つまり『愛することによってしか、恋することによってしか理解できないものがある。それがロシアだ』ということです。"Love is blind."という言葉もありますが、blindでなければ見えないもの、理性では理解できないものもあります。恋をする状態、熱中や恍惚の中にある状態、自他の境界がとれた状況になってはじめて、ロシアの芸術は真の姿を現すのではないでしょうか。ロシアを理解するために求められるのは、精神性の高みにのぼろうとする努力なのだと思えるのです」
広大な自然とそこで生きる人間
イワン・シーシキン 《雨の樫林》 1891 年 油彩・キャンヴァス (c) The State Tretyakov Gallery
では、「熱狂」や「恍惚」がどこから生まれるのか。この問いを考える上でのヒントが、ロシアの自然にあると亀山氏はいう。
「あの広大な自然の中にあっては、外的な刺激物はゼロに等しい。そのような中で、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、トルストイの『戦争と平和』といった巨大な芸術作品が生まれてます。広い野原の真ん中に、最高級のグランドピアノがおいてある、とでもいうようなイメージです。ロシアの芸術を生み出す精神性は、モスクワやサンクトペテルブルクといった都市のプリズムを通しては決して見えてきません。ロシア芸術の精神性は、ユーラシア大陸に広がる自然との接触を通して見えてくるのです」
その一例として、小説『カラマーゾフの兄弟』の印象的なシーンが紹介された。三男のアレクセイ・カラマーゾフ(アリョーシャ)は、無数の星が輝く紺碧の夜空のもと、大地にひざまずく。
「アレクセイは、感動になぎ倒されるように大地に伏し、泣きながら大地に口づけをし、大地を愛する、とささやき続けます。この場面は、大地という観念を抜きにしては、語り得ない。このような光景は、文学に限らず絵画にしたとしても、最高にecstaticな(恍惚とさせる)シチュエーションだったといえるでしょう」
イワン・シーシキン 《正午、モスクワ郊外》 1869 年 油彩・キャンヴァス (c) The State Tretyakov Gallery
今回の展覧会には、日本でも人気のイワン・クラムスコイ 《忘れえぬ女(ひと)》 をはじめとした肖像画だけでなく、イワン・シーシキンらの風景画も来日する。
「シーシキンの絵の主役が自然ならば、クラムスコイの絵の主役は人間。自然の風景画と、肖像画。広大な自然の中で生きる人間。今回の展覧会には、ロシアの文化の重要な特性が備わっています」
ワシーリー・バクシェーエフ 《樹氷》 1900 年 油彩・キャンヴァス (c) The State Tretyakov Gallery
さらに、19世紀後半から20世紀のロシア芸術を語る上で、作曲家セルゲイ・ラフマニノフ、映画監督アンドレイ・タルコフスキーといった、亡命の道を選ばざるを得なかった芸術家たちのノスタルジーにも触れた。
「ノスタルジーとは"nostos(故郷)"と"algo(痛み)"の合成語ですが、ロシアには、ノスタルジーよりも優れた言葉があります。それは"タスカー(тоска)"という、郷愁や憂い、鬱といった心理を広く意味する言葉です。ロシアの芸術はまさにタスカ―との闘いであったのではないでしょうか。タスカーは、神や永生への信念、信仰に近づく役割を果たす一方、時として、彼らを死へ導く鬱状態でもありました。ロシアの芸術家たちは、タスカーと闘うために頭脳と想像力を極限まで駆使し、芸術の世界にそれを描いてきたのだと思います」
最後に亀山氏は、今回の展覧会タイトル『ロマンティック・ロシア』について次のように言及した。
「ロマンティックという言葉は、決して荒唐無稽なものではありません。ロマンティックな夢を抱くということは、心のどこかに傷があり、実は痛みを抱えている。その傷を、痛みを癒そうという心がロマンティックであり、ロシアの真髄なのだと思います」
ロシア芸術だけでなく、ロマンティックの言葉のイメージも変えうる展覧会を、見逃さないでほしい。
イワン・クラムスコイ 《月明かりの夜》 1880 年 油彩・キャンヴァス (c) The State Tretyakov Gallery
芸術大国ロシアの魅力を立体的に、広範囲に
さらに会見では、東急文化村の代表取締役社長中野哲夫氏が、1989年にはじまった東急文化村の事業の意義に触れたのち、「ロシアは、音楽・バレエ・文学界などに、ヨーロッパとアジアの文化が入り交ざり、民族の雰囲気を感じさせ、大地の香りを漂わせ、どっしりとした芸術を持つ国。芸術大国ロシアの魅力を立体的に、広範囲にふれていただく機会になれば」とコメントした。
ロシア連邦交流庁日本代表のビノグラドフ・コンスタンチン氏は、4年前の松田華音との出会いを振り返る。6歳でロシアに渡り研鑽を積み、モスクワ音楽院に進学、才能を開花させてきた松田を「日露交流の素晴らしく強力な例」と紹介し、松田のような存在が生まれたことに「(日露の交流に携わる)私たちが生きる、働く価値がある」と語った。
松田華音は、11月24日にBunkamuraオーチャードホールで開催される『クラシック・ロシア by Pianos ~名手達の艶やかな競演~』に出演する。コンスタンチン氏にロシア語の流暢さも絶賛された際は、はにかむような笑顔をみせていたが、ムソルグスキーのピアノ独奏曲「古典様式による間奏曲」の生演奏では一同を圧倒。会場は万雷の拍手でわいた。
ロシア音楽の魅力をたずねられると、「ロシア音楽には、いろいろなロシアのエキスがすべて入っています。たくさんの方にロシアの音楽を聞いていただき、もっとロシアを知っていただけたら」と呼びかける。

ロシアン・セレブレーション ラインナップ
展覧会の『国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティックロシア』、松田華音出演の『クラシック・ロシア by Pianos ~名手達の艶やかな競演~』以外にも、ロシアの芸術にふれる公演が続く。
オーチャードホールでは、23日に「日本フィルハーモニー交響楽団特別演奏会(指揮:アレクサンドル・ラザレフ、ヴァイオリン:小林美樹)」、25日には「横山幸雄 華麗なるロシア4大ピアノ協奏曲の響宴」、12月6日~9日にはチャイコフスキーの『くるみ割り人形』を熊川哲也K-BALLET COMPANYが上演。2019年2月10日には「テオドール・クルレンツィス&ムジカエテルナ」が初来日公演を果たす。
Bunkamuraル・シネマでは、11月16日~30日にかけ『ボリショイ・バレエinシネマ』が上映される。さらにシアターコクーンでは、2019年1月9日~2月1日までドストエフスキーの『罪と罰』を三浦春馬主演で舞台化。併設のレストラン&カフェではロシアにちなんだメニューも提供される。この冬、Bunkamuraの『ロシアン・セレブレーション』に注目したい。
ロシアン・セレブレーション 開催記者発表会

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