問題作『スリル・ミー』で、成河が福
士誠治と共に新たな“私”と“彼”の
関係性に挑戦

ショッキングなストーリー展開が美しい旋律の音楽で彩られる二人ミュージカル『スリル・ミー』が、4年ぶりに帰ってくる。2011年の日本初演以来、何度もこの作品に取り組んできた松下洸平・柿澤勇人ペアと共に、今回初めてこの舞台に挑むことになったのが成河・福士誠治ペアだ。初共演でもあるこの二人、過去のどのペアとも違う、彼らならではの新たな関係性を持つ“私”と“彼”の物語を見せてくれそうだ。そして実はこの作品、1920年代にアメリカで起きた事件をモチーフにしていることもあり、昨今の日本社会が抱える問題と照らし合わせて考えさせられる側面を併せ持つ問題作でもある。その点からも「もっと男性客にも足を運んでほしい」と訴える成河に、今作への想いや意気込みを語ってもらった。
ーー成河さんは『スリル・ミー』という作品に対して、とても思い入れがあるそうですが。
その質問に答えようとすると、いろいろ難しいことをしゃべってしまうことになるな(笑)。もちろん思い入れはあって、でも僕自身は『スリル・ミー』は直近の1、2回しか、ナマでは観ていないんです。要するに僕は少しひねくれた男性客であって(笑)、でもそのひねくれた男性客にとっては、僕が観に行ったあの時の劇場空間にいることはちょっと苦痛だったんですよね。作品自体は面白かったのにもかかわらず。
ーーどういう点が苦痛だったんですか?
別に『スリル・ミー』だけが特別ではなくどこでもそうなんですが、“愛好家”の中に入っていくことって結構しんどいんですよ。いや、誰にも罪はないし、誰も悪くないんです。これは舞台に限った話でもなく、一見さんお断りの店も実際にはありますしね。だけど、じゃあ、演劇ってなんだっけ? って話になってしまうんですよ。僕は、演劇は一見さんにもぜひ来てほしいと思うので。
ーー排他的な空気を感じたとか?
きっと、誰もそんな空気を出したつもりはないんでしょうけど、僕みたいなとてもひねくれた男性客は感じちゃったんですよね。いかにも、いい男たちがいい男たちのようにふるまい、いい男たちのようにキスをする。そりゃ、しますよ(笑)。いいんです、それで広げていけたところもあるんですから。だけど、じゃあ、その次はどうするの? ってことなんです。まあ、それなら僕みたいにひねくれた男性客はスルーすればいいんだろうけど、ところがこの作品そのものはとても真面目で、社会的にも意味があるもので、胸ぐらつかまれるような勢いすら感じられたので。正直、バランスが悪いなあと思ったわけです(笑)。だって胸ぐらをつかむ瞬間、女性客が揃って胸ぐらを差し出しているような雰囲気になっているように思えてしまったので。さあ、つかんで、私の胸ぐらをって(笑)。そう言ってくる相手の胸ぐらをつかんでも、そこにはもう本来の意味はないんですよ。
ーー成河さんには、そう見えてしまったんですね。
別に、問題を起こせとか事件を起こせって言うつもりはないですけどね。でも、差し出してきた胸ぐらをつかんだところで、それは予定調和になってしまいますから。そうなると、題材は面白いのに実験を怠るようになってしまう。そして実験を怠ったものは、前に進んでいかないんですよ。
ーーということは今回、成河さんと福士さんという新しいペアが参加することで『スリル・ミー』が変わるかも?
もしかしたら、古参のファンの方には嫌われるかもしれない。自ら胸ぐらを差し出して来たら、そのままボディブロー! みたいなね(笑)。でも『スリル・ミー』というのは、そういう作品だと思うんです。胸ぐらを差し出してくる人に、サービスでそのままつかむようじゃダメなんですよ。差し出して来たらパーンって別方向から張り倒すか、もしくは何もしないでじーっと見続けていればいいんです。それがここで描かれる物事の本質であり、舞台の本質でもあるはずなので。
ーー油断して見ていちゃダメですね。
ダメですよ、ダメですよ、油断したらボディブローくらわしますよ!(笑) 何かあったら途中で帰るくらいの気持ちでいたほうがいい。だってこれ、ストーリーとしてはとんでもない話ですよ。実際に僕もそう思いながら、客席から観ていましたからね。つまり“他者のいない世界”になってしまってはダメだと思うんです。今後、そんなのはきっといくらでもどこにでも出てくると思いますよ、VR(ヴァーチャル・リアリティ)の中でならそれはいくらでも消化できますし。だけど、それと演劇は違うんです。演劇は“他者の世界”で、邪魔をされたり不愉快な思いをしたりする可能性もある場所なので。だから「あれ? 思ってたのとは違う」とか「私の大切なものをそんなにズタズタにして何をしようとしているの」ってなった先に、果たして見つかるか、見つからないか。そのギリギリの状態で、2時間過ごしたりするようなものなのでね。
ーーそこまで考えていた成河さんに、この作品への出演依頼が来たとなると。
だから最初は、すごく悩みました。だけどこういう想いがあることは最初に制作サイドにもきちんと聞いていただいて。そこで、まず僕が提示させていただいたのはこれはトリプルキャストだったらできませんよ、ということでした。これは作り手側のことに限ってですけどね。お客様はきっと何組もいるほうが楽しいでしょうけれども、そうなるとどうしても稽古時間が短くなってしまいますから。でも今回は劇場も変わり、再び初期の頃のような小さな形に戻したいという栗山さんのアツい想いがあるということもプレゼンテーションしてくださったので。僕も作品は面白いと思っていたんです、だけどあそこの空間には居づらかった。なので、それを助長するような参加の仕方は僕にはできないんです、ということをお伝えしたわけです。だからダブルキャストまでくらいだったら、なにか自分にもできることがあるかもしれないと言ったら、それを真摯に聞いてくださって。まあ、そうしてもらったところで急に劇場に男性客が押し寄せるなんてありえないとわかってはいるんですが。
ーー男性にぜひ観ていただきたいんですね。
当たり前じゃないですか!(笑) というか、男女両方のお客様に同じように観ていただきたいだけなんです。いやね、男性って人にもよりますけどめんどくさがりで、気も小さくて、こういう文化的なことには恥ずかしがり屋な人がまだまだ多いんです。だけどこの作品を観に来て、この題材に対して怒り狂うような男性客がいたらどうします? 「こんなことを俺たちに見せて、俺たちにどうしろって言うんだ!」って。僕はそうなったらすごく面白いと思うんです、それこそが演劇ですから。
『スリル・ミー』
ーー成河さんが今回演じる、“私”というキャラクターについてはどう思われていますか。
いや、まだわからないです。前回、舞台で拝見した時点で自分の中では止まっているので。台本をきっちり読み込むのも、これからですし。役柄に対しての分析だったり思考というものも、稽古に入るまで特に持たないようにしようと思っているのでね。
ーー稽古に入ってから、すべて始める。
はい。それまでの間は、翻訳劇をやる時にはいつもそうなんですけど、戯曲そのものの構造や組み立てのほうが知りたいので。つまり原本をたどっておくべきだと思いんですね。英語の戯曲を読んで、みんなでディスカッションしたり。今回の場合は、より普遍的な台本になったのが韓国バージョンということなので韓国語の原本になるのかもしれないですけど。役ということではなく作品、それが理解できて初めて自分の役割がわかると思うんです。そしてこれはミュージカルで、訳詞がまた難しいと思いますから「いっぱいイチャモンつけようね!」って福士くんと約束しているんです(笑)。自分たちが歌いやすくするという意味ではなく、ちょっとでもひっかかることがあったら意見を言うようにしよう、と。そうじゃないと、栗山さんはどんどん先に行っちゃう人なのでね(笑)。福士くんとは「わからないからこそ、知らないからこそ、正直に正直にやっていこう」という話もしました。
ーー福士さんとは、これが初共演なんですね。
僕は、彼が出ていた『俺節』を観た時の記憶が一番強く残っていたんですけど、その時からすごく頭のいい人だなと思っていました。もちろんこの間の『修羅天魔~髑髏城の七人Season極』も観まして、そのあと何人かで食事をしたときに少し話したんですけどね。決して決め打ちすることなく、この二人で可能性をどれだけ広げられるかが大事だと思っています。
ーー栗山さんとは、もう何作も一緒にお仕事をされていますが。
そうですね。でも怖いですよ、見限るのが早い人だから。つまり、とてもプロフェッショナルな方なんです。仕事の枠組みがはっきりしているから、できないやつにはやらせないし、それ以上は付き合わない。それを解決する方法もたくさん持っていらっしゃるので、要するにこっちがうかうか甘えていると演出的に全部解決させられちゃうというわけです。
ーーそうなると悔しい。
そりゃあ、悔しいです。誰がやってもいいことになってしまいますから。だから栗山さんに「おまえら、めんどくせえなあ!」って言わせるくらいのことをやっていかないと。長くやってきたもののところに新参者が二人入るのには、そうする以外にないと思いますしね。
ーーこれまでとはまるで違う『スリル・ミー』が生まれるかもしれないですね。
あえて、キスしないとかね(笑)。みんなが、ここでキスする! と期待している場面で、そのまましたって面白くないじゃないですか。一事が万事、そんな気がするんですよ。
ーーそういえば『アドルフに告ぐ』で共演されていた時に、松下(洸平)さんと『スリル・ミー』ごっこをやっていたと伺いましたが。
そうそう、やってました(笑)。
ーー“彼”をやりたがってた、とか?
ううん、それはちょっと語弊があるな。やりたかったというより、ただ僕は“彼”というキャラクターが非常に難しい役だと思っていたんです。要は、“語るに落ちていく役”だから。終盤に行けば行くほど、単純な奴になっていくでしょう。逆に“私”は後半どんどん複雑な奴になっていく。そういう構造の劇なんです。そこで、この語るに落ちていく“彼”をどういう人物に作るか、と考えると難しいんですよ。 “私”は、そう書かれているからどんどん勝手に面白くなるんだけど、“彼”は普通にやっているだけではどんどんつまらなくなりそうで。それをどうするかという戦略がなかなか思いつかなくてね。
ーー『スリル・ミー』ごっこをやってる、という時点でそういうことまで考えていたんですか。
もちろん、もちろん(笑)。だから、こういう“彼”だったらどうかなーってことも話し合ったりしていましたよ。
ーーでは、成河さんからお誘いの言葉をいただけますか。二の足を踏んでいる男性客や、胸ぐらを差し出さない初心者の方々にも向けて。
いやいや、結局はみなさん、好きに観てくれたらいいんです。僕がひとりで言っていても仕方がないんだけど、でも本当に社会的にものを考えたい男性にはうってつけの作品ですよ。きっと演劇が娯楽だと思われているから、男性が少ないんだろうな。だけど娯楽にもいろいろな種類があって、明日もがんばって嫌な仕事ができるための気楽なものがあっても当然いいんだけど、そうじゃない娯楽もあるべきだと思うんです。仕事に活かせるというか、仕事自体を根本的に考え直すきっかけにもなるものや、自分の人生そのものをもっと豊かにしようと思わせてくれるもの。それって観て、考えることができるかどうかだと思うんです。まさしくこれはそういう作品なので、だからこそ男性が観ないのはもったいない。ですから女性のみなさんもぜひとも、彼氏、旦那さん、お友達、職場の方、兄弟、お父さん、おじいちゃんを連れて(笑)、観に来てください!
取材・文=田中里津子

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