INTERVIEW / イハラカンタロウ新作『
Portray』に詰め込まれたこだわりと
葛藤、往年のシティポップを超えると
いう“気概” 新作『Portray』に詰め
込まれたこだわりと葛藤、往年のシテ
ィポップを超えるという“気概”

70年代〜80年代のソウルやAOR、シティポップのDNAを受け継ぐSSW、イハラカンタロウがニュー・アルバム『Portray』をリリースした。
作詞作曲からアレンジ、歌唱、演奏、ミックス、マスタリングまで自身で手がけるその手腕だけでなく、豊富な音楽知識と研究家気質な側面でも注目を集め、セレクターやラジオ番組への出演など多彩な活動を展開するイハラカンタロウ。前作『C』からおよそ2年半ぶりのリリースとなる今作には、Gilles PetersonのBBCプレイリストにリストインしたWeldon Irvine「I Love You」の日本語カバーや、サウス・ロンドンのプロデューサー・edblによるリミックスでも話題を呼んだ「つむぐように (Twiny)」といった先行シングルを含む全11曲を収録。オーセンティックなソングライティング・センスと、どこか懐かしいサウンド・プロダクション。そしてスウィートな歌声で紡がれる都会的でメロウなポップスが詰まっている。
今回はそんなイハラカンタロウにインタビューを敢行。本人制作のプレイリストを参照しながら、自身のルーツから作曲におけるこだわり、そして近年のシティポップ・ブームについて語ってもらった。(編集部)
Interview & Text by Naoya Koike(https://twitter.com/ladycitizen69)
Photo by Official
自身の原体験〜シティポップやAORとの出会い
――高校時代はクラシック・ギター部に入っていたそうですね。まずはそれについて教えてください。
イハラ:音楽をアウトプットする手段がバンドしか思い浮かばなくて、「高校に入ったら絶対に軽音楽部に入ろう」と思っていたんです。でも男子校と共学で迷った結果、軽音がない後者に入学してしまい……(笑)。
(軽音楽部を)新たに作ればいいやと思ってましたが、そう上手くもいかずにギターが弾けるクラシック・ギター部に仕方なく入ったっていう感じですね。そこで吹奏楽のように流行りのJ-POPをアレンジした曲、マニアックなものだと現代クラシック・ギター音楽などを演奏していました。あとは遊びで曲を作ったり。
――会社に一度勤められたというプロフィールも気になりました。
イハラ:大学を卒業してからサラリーマンを1年ほど経験しましたね。色々あって辞めて、そのまま音楽にのめりこんだ形です。映画やマンガなど、他にも好きな領域は多いですが、自分が表現できる分野が音楽だけだったんです。
ちなみに、映画だと80~90年代が一番好きです。SFですと特に顕著ですが、それ以前の年代だとCG抜きのリアリティのない映像に醒めてしまうのもありまして。
――ではイハラさんがいわゆる“シティポップ”や“AOR”に興味を持たれたのはなぜだったのでしょう?
イハラ:原体験として両親が聴いていた、山下達郎さんのアルバム『僕の中の少年』があります。その時は“シティポップ”の概念も知りませんでしたが、山下さんや角松敏生さん、竹内まりやさん、松任谷由実さんなどのいわゆる“ニュー・ミュージック”を聴いて育ちました。中学、高校時代は他のジャンルも掘り下げましたが、20歳の頃に山下さんみたいな音楽をもっと聴きたくなって、ネットで調べていたら“AOR”の3文字が飛び込んできたんです。
その名盤として、Bobby CaldwellBoz Scaggsの名前とともに並んでいたのがBill LaBounty。御茶ノ水のディスクユニオンで買った2ndアルバム『This Night Won’t Last Forever』は当時イメージしたより土着的でしたが、彼の他作品のサウンドに触れることで改めてシティポップやAORに傾倒していきました。
「ボールペンを水で滲ませる」――新作『Portray』のサウンド・デザイン
――今回、最新アルバム『Portray』のリファレンス、そしてこれまでの音楽活動におけるキーとなった曲をプレイリストにまとめていただきました。ここに選曲されている音楽にはどのように出会ったのですか。
イハラ:Boz Scaggs『We’re All Alone』は村上龍さんの小説『69 sixty nine』で知りました。章のタイトルがThe BeatlesThe Rolling Stonesの曲名になっていて、最終章でこの曲が引用されています。最近だとユニオンでレコードを掘ったり、CDならネットで買いますね。あとは10代中盤の頃からYouTubeが出てきたので、新旧問わず色々な音楽を聴けたのも大きかったです。
――プレイリストには小坂忠霧島昇の楽曲が日本人として唯一ピックアップされていますね。
イハラ:『Portray』収録の「アーケードには今朝の秋」はニューオーリンズ・ファンクをやりたかった曲なのですが、そのリファレンスのひとつが小坂さんの「ほうろう」なんです。
それから霧島さんの「胸の振り子」は作曲が服部良一さんで、その息子・服部克久さんによるアレンジが収録されている、雪村いづみ『スーパー・ジェネレイション』(1974年)を聴いて知りました。僕は70年代後半~80年代前半のサウンド・プロダクションが好きですが、この演歌に近い曲が心地いいのはシンプルに楽曲の良さなのかなと。
またThe Stylistics「You Are Everything」(1971年)も自分が好きな年代のサウンド以外にも感動する楽曲があるんだと知らしめてくれました。「胸の振り子」と共に他の年代の曲も掘ろうと思うきっかけになった曲です。未だに80年代後半のゲート・リヴァーブが効いたバブリーな音は苦手なのですが(笑)、George Benson『20/20』など、良いと感じるアルバムもありますね。
――良い曲とは録音以前、つまり作曲段階で決まるということ?
イハラ:確かに“どういうコード進行にどんなメロディが乗るのか”が僕の好きな楽曲に入るかの第1関門かもしれません。それをクリアすれば大体は好きで、クリアせずとも70’s後半から80’s前半の音像なら割と好き、というイメージです。自身の制作でもコード進行については好きな楽曲をリファレンスとしていることがほとんどで、年代関係なく聴いて良いものからピックアップして作る感じですね。
一方でメロディに関しては基本的に自分の中から出たものです。デモの段階では好きな曲に似ることもありますが、ミュージシャンたちの手が加わると想定と違うものに変わるんですよ。演奏する皆さんのイメージやプレイの手癖などで、勝手にオリジナリティが出るのかなと。
――『Portray』のサウンド・デザインにもそういった趣向が反映されていますか。
イハラ:自分でミックスしているときにアナログの音に近づけたいと思うのですが、完全に再現するのは無理で、細かく調整するしかない。視覚的に例えるなら、アナログの音が墨汁だとすると、デジタルはボールペンで描いたイメージ。どうにかボールペンを水で滲ませようとソフトを駆使しつつ奮闘しています。
具体的にいうと、リヴァーブをミックスした音にアナログっぽくなるフィルターをかける手法なんかは多用します。あと、マスタリング時に温かみの出るサチュレーターをかけたり、スネアの音もオーディオをMIDIに変換して音色を変えたものを原音とレイヤーして使うこともあります。全編バンド演奏に聴こえますが、意外とデジタルソフトを使ったハイブリッド音楽なんですよ。
――なるほど。また『Portray』にはいわゆる「Just the Two of us(丸ノ内サディスティック)進行」がほぼないのも特徴だと思いました。
イハラ:部分的に言うと、使用してる楽曲は割とあるんです。アルバムの中で大々的に採用したのが、有り余るコード進行へのアンチとして作った「ありあまる色調」です。皆が使い倒している枠のなかで、どれだけ意味のわからない曲にできるかというチャレンジでした。
――Weldon Irvine「I Love You」の日本語カバーは意味を逸脱しつつ、英語の響きを活かす試みが新鮮です。
イハラ:原曲は《好きだ、愛している、君と寝たい》といったような歌詞で、そのまま日本語にすると事故になってしまうので(笑)、日本人の感性に合わせてマイルドなラブソングに仕上げました。《Show me baby, just how much you care》の部分は音節を考えつつ、《Showみたいなセリフを繰り返す》としています。日本語は間延びするのが難しいですね。普段の作曲も曲を作ってから詞を考えますが、詞先であれだけの曲を作る、桑田佳祐さんや槇原敬之さんは本当にすごい。
それぞれのシティポップ感
――80年代のソウル・ミュージックのサンプリングという話に関連して、イハラさんはここ数年のシティポップ復権をどう見ています?
イハラ:いちリスナーとしてカバーや名曲に頼るよりオリジナルを聴きたいなと感じます。と言いつつ、自分もカバー曲をアルバムに収録しているのですが……(笑)。ただ往年のシティポップを超えるくらいの気概で作らないと、今の曲がリバイバルされた未来に悲しいことが起きる気がしていて。サウンド的に目新しいことはなくとも、個人としては「リファレンスのような“違う曲”を作るぞ」という気持ちでいつも制作してます。
――シティポップやAOR、ソウル・ミュージック、ニュー・ミュージック、レアグルーヴ、渋谷系などは異なる文脈でありつつ、多くの共通楽曲を持っています。その理由はレアグルーヴ運動自体がAORやソウル、ジャズなどの米国音楽のUK的な再解釈でリバイバルだったという側面、それが渋谷で独自の広がりを見せたという連動によると個人的には感じました。そして今日、さらなる世界的な復興によって“シティポップ”という概念がますます曖昧になっている気がします。
イハラ:人によって考え方が違いますよね。僕にとってのシティポップは、Average White Band「Whatcha’ Gonna Do For Me」などのブルー・アイド・ソウルの流れ。
例えば(山下達郎の)「SPARKLE」はNiteflyte「If You Want It」が元ネタとされているので、前者がシティポップなら後者もシティポップだし、反対に後者がブルー・アイド・ソウルなら前者もブルー・アイド・ソウルと言えるはずです。でも、菊池桃子さんが組んでいたバンドのラ・ムーをシティポップだと言う人もいる。
イハラ:昨年、達郎さんのライブを観に行ったら、「自分が“シティポップ”だと言われて若い人が観に来てくれるようになりました。次は“シティポップ”の曲をやります」とMCして演奏したのが「BOMBER」だったんです(笑)。あれは個人的にファンクだと思いますが、達郎さんのなかではシティポップなのかもしれません。
――皮肉を込めてMCしたのでは?
イハラ:あれはアンチ・テーゼ的な様子ではなく、真面目に言っていたと思いますよ。確かに“シティポップ”という言葉の定義はひとり歩きしていると思います。ただ、それを無理に取り戻すような運動も違う気がするので、それぞれの“シティポップ”を見つければいいのかなと。
――なるほど。今後の活動で見据えているヴィジョンなどはありますか。
イハラ:SSWだけでなく、自分が歌わずともプロデューサー的に好きな音楽を作ることも考えています。良い音楽が残せるなら、別に歌わなくてもいい。僕よりも上手いシンガーはいますし、曲によっては僕以外の人が歌った方がいいかもしれませんから。プレイリストにも入れたConnie Stevensの声が世界で一番好きなので、こういう声の人がいたら一緒にやりたいです(笑)。日本人なら……NakamuraEmiさんかな。声も曲も好きなんですよ。
あと、ストリーミングだと僕のように楽器をいくつも使った作品はヒップホップやビート・ミュージックのような音圧の大きな楽曲と並べると、どうしても迫力がないように聴こえてしまいます。なので、サウンドを今のプレイリスト時代に寄せていくか、これまでのようなサウンドを維持してCDやレコードを買ってくれるリスナーに向けて続けていくのか、そこが自分の葛藤であり今後の課題ですね。
――最後に、7月に開催予定の『Portray』リリース・ライブへの意気込みをお聞かせください。
イハラ:今回のアルバムのレコーディング・メンバーを中心としたベーシックなリズム・セクションに、コーラスとサックスを加えたフルバンドでのライブとなります。この編成でのライブは今回が初なので、自分自身とても楽しみです。次回ライブの予定なども現状では決まってないので、この機会にぜひ聴きに来てくれると嬉しいですね。あと、当日の会場BGMは『Portray』のリファレンスとなった楽曲を中心に自分が選曲を担当するので、そちらもお楽しみ頂けたらと。
【リリース情報】

[参加ミュージシャン]

Pf. / Key.:菊池剛(Bialystocks)、簗島瞬(いーはとーゔ)
E.Guitar:Tuppin(Nelko)、三輪卓也(アポンタイム)
E.Bass:toyo、菊地芳将(いーはとーゔ)
Drums:小島光季(Auks)、中西和音(ボタニカルな暮らし。 / 大聖堂)
Tp./F.Hr.:佐瀬悠輔
*CD/デジタル。LPは7月19日(水)リリース予定
※タワーレコード限定特典:未発表弾き語り音源収録CD-R
■ 配信/購入リンク(https://p-vine.lnk.to/1NYBzJ)
【イベント情報】

-Member-

Takuya Miwa (Gt.)
Go Kikuchi (Pf. / Key.)
toyo (Ba.)
Koki Kojima (Dr.)
Akira Kan (Sax.)
Satoshi Kimura (Cho.)
■イハラカンタロウ: Twitter(https://twitter.com/cantaro_ihara) / Instagram(https://www.instagram.com/cantaro_ihara/)
70年代〜80年代のソウルやAOR、シティポップのDNAを受け継ぐSSW、イハラカンタロウがニュー・アルバム『Portray』をリリースした。
作詞作曲からアレンジ、歌唱、演奏、ミックス、マスタリングまで自身で手がけるその手腕だけでなく、豊富な音楽知識と研究家気質な側面でも注目を集め、セレクターやラジオ番組への出演など多彩な活動を展開するイハラカンタロウ。前作『C』からおよそ2年半ぶりのリリースとなる今作には、Gilles PetersonのBBCプレイリストにリストインしたWeldon Irvine「I Love You」の日本語カバーや、サウス・ロンドンのプロデューサー・edblによるリミックスでも話題を呼んだ「つむぐように (Twiny)」といった先行シングルを含む全11曲を収録。オーセンティックなソングライティング・センスと、どこか懐かしいサウンド・プロダクション。そしてスウィートな歌声で紡がれる都会的でメロウなポップスが詰まっている。
今回はそんなイハラカンタロウにインタビューを敢行。本人制作のプレイリストを参照しながら、自身のルーツから作曲におけるこだわり、そして近年のシティポップ・ブームについて語ってもらった。(編集部)
Interview & Text by Naoya Koike(https://twitter.com/ladycitizen69)
Photo by Official
自身の原体験〜シティポップやAORとの出会い
――高校時代はクラシック・ギター部に入っていたそうですね。まずはそれについて教えてください。
イハラ:音楽をアウトプットする手段がバンドしか思い浮かばなくて、「高校に入ったら絶対に軽音楽部に入ろう」と思っていたんです。でも男子校と共学で迷った結果、軽音がない後者に入学してしまい……(笑)。
(軽音楽部を)新たに作ればいいやと思ってましたが、そう上手くもいかずにギターが弾けるクラシック・ギター部に仕方なく入ったっていう感じですね。そこで吹奏楽のように流行りのJ-POPをアレンジした曲、マニアックなものだと現代クラシック・ギター音楽などを演奏していました。あとは遊びで曲を作ったり。
――会社に一度勤められたというプロフィールも気になりました。
イハラ:大学を卒業してからサラリーマンを1年ほど経験しましたね。色々あって辞めて、そのまま音楽にのめりこんだ形です。映画やマンガなど、他にも好きな領域は多いですが、自分が表現できる分野が音楽だけだったんです。
ちなみに、映画だと80~90年代が一番好きです。SFですと特に顕著ですが、それ以前の年代だとCG抜きのリアリティのない映像に醒めてしまうのもありまして。
――ではイハラさんがいわゆる“シティポップ”や“AOR”に興味を持たれたのはなぜだったのでしょう?
イハラ:原体験として両親が聴いていた、山下達郎さんのアルバム『僕の中の少年』があります。その時は“シティポップ”の概念も知りませんでしたが、山下さんや角松敏生さん、竹内まりやさん、松任谷由実さんなどのいわゆる“ニュー・ミュージック”を聴いて育ちました。中学、高校時代は他のジャンルも掘り下げましたが、20歳の頃に山下さんみたいな音楽をもっと聴きたくなって、ネットで調べていたら“AOR”の3文字が飛び込んできたんです。
その名盤として、Bobby CaldwellやBoz Scaggsの名前とともに並んでいたのがBill LaBounty。御茶ノ水のディスクユニオンで買った2ndアルバム『This Night Won’t Last Forever』は当時イメージしたより土着的でしたが、彼の他作品のサウンドに触れることで改めてシティポップやAORに傾倒していきました。
「ボールペンを水で滲ませる」――新作『Portray』のサウンド・デザイン
――今回、最新アルバム『Portray』のリファレンス、そしてこれまでの音楽活動におけるキーとなった曲をプレイリストにまとめていただきました。ここに選曲されている音楽にはどのように出会ったのですか。
イハラ:Boz Scaggs『We’re All Alone』は村上龍さんの小説『69 sixty nine』で知りました。章のタイトルがThe BeatlesやThe Rolling Stonesの曲名になっていて、最終章でこの曲が引用されています。最近だとユニオンでレコードを掘ったり、CDならネットで買いますね。あとは10代中盤の頃からYouTubeが出てきたので、新旧問わず色々な音楽を聴けたのも大きかったです。
――プレイリストには小坂忠と霧島昇の楽曲が日本人として唯一ピックアップされていますね。
イハラ:『Portray』収録の「アーケードには今朝の秋」はニューオーリンズ・ファンクをやりたかった曲なのですが、そのリファレンスのひとつが小坂さんの「ほうろう」なんです。
それから霧島さんの「胸の振り子」は作曲が服部良一さんで、その息子・服部克久さんによるアレンジが収録されている、雪村いづみ『スーパー・ジェネレイション』(1974年)を聴いて知りました。僕は70年代後半~80年代前半のサウンド・プロダクションが好きですが、この演歌に近い曲が心地いいのはシンプルに楽曲の良さなのかなと。
またThe Stylistics「You Are Everything」(1971年)も自分が好きな年代のサウンド以外にも感動する楽曲があるんだと知らしめてくれました。「胸の振り子」と共に他の年代の曲も掘ろうと思うきっかけになった曲です。未だに80年代後半のゲート・リヴァーブが効いたバブリーな音は苦手なのですが(笑)、George Benson『20/20』など、良いと感じるアルバムもありますね。
――良い曲とは録音以前、つまり作曲段階で決まるということ?
イハラ:確かに“どういうコード進行にどんなメロディが乗るのか”が僕の好きな楽曲に入るかの第1関門かもしれません。それをクリアすれば大体は好きで、クリアせずとも70’s後半から80’s前半の音像なら割と好き、というイメージです。自身の制作でもコード進行については好きな楽曲をリファレンスとしていることがほとんどで、年代関係なく聴いて良いものからピックアップして作る感じですね。
一方でメロディに関しては基本的に自分の中から出たものです。デモの段階では好きな曲に似ることもありますが、ミュージシャンたちの手が加わると想定と違うものに変わるんですよ。演奏する皆さんのイメージやプレイの手癖などで、勝手にオリジナリティが出るのかなと。
――『Portray』のサウンド・デザインにもそういった趣向が反映されていますか。
イハラ:自分でミックスしているときにアナログの音に近づけたいと思うのですが、完全に再現するのは無理で、細かく調整するしかない。視覚的に例えるなら、アナログの音が墨汁だとすると、デジタルはボールペンで描いたイメージ。どうにかボールペンを水で滲ませようとソフトを駆使しつつ奮闘しています。
具体的にいうと、リヴァーブをミックスした音にアナログっぽくなるフィルターをかける手法なんかは多用します。あと、マスタリング時に温かみの出るサチュレーターをかけたり、スネアの音もオーディオをMIDIに変換して音色を変えたものを原音とレイヤーして使うこともあります。全編バンド演奏に聴こえますが、意外とデジタルソフトを使ったハイブリッド音楽なんですよ。
――なるほど。また『Portray』にはいわゆる「Just the Two of us(丸ノ内サディスティック)進行」がほぼないのも特徴だと思いました。
イハラ:部分的に言うと、使用してる楽曲は割とあるんです。アルバムの中で大々的に採用したのが、有り余るコード進行へのアンチとして作った「ありあまる色調」です。皆が使い倒している枠のなかで、どれだけ意味のわからない曲にできるかというチャレンジでした。
――Weldon Irvine「I Love You」の日本語カバーは意味を逸脱しつつ、英語の響きを活かす試みが新鮮です。
イハラ:原曲は《好きだ、愛している、君と寝たい》といったような歌詞で、そのまま日本語にすると事故になってしまうので(笑)、日本人の感性に合わせてマイルドなラブソングに仕上げました。《Show me baby, just how much you care》の部分は音節を考えつつ、《Showみたいなセリフを繰り返す》としています。日本語は間延びするのが難しいですね。普段の作曲も曲を作ってから詞を考えますが、詞先であれだけの曲を作る、桑田佳祐さんや槇原敬之さんは本当にすごい。
それぞれのシティポップ感
――80年代のソウル・ミュージックのサンプリングという話に関連して、イハラさんはここ数年のシティポップ復権をどう見ています?
イハラ:いちリスナーとしてカバーや名曲に頼るよりオリジナルを聴きたいなと感じます。と言いつつ、自分もカバー曲をアルバムに収録しているのですが……(笑)。ただ往年のシティポップを超えるくらいの気概で作らないと、今の曲がリバイバルされた未来に悲しいことが起きる気がしていて。サウンド的に目新しいことはなくとも、個人としては「リファレンスのような“違う曲”を作るぞ」という気持ちでいつも制作してます。
――シティポップやAOR、ソウル・ミュージック、ニュー・ミュージック、レアグルーヴ、渋谷系などは異なる文脈でありつつ、多くの共通楽曲を持っています。その理由はレアグルーヴ運動自体がAORやソウル、ジャズなどの米国音楽のUK的な再解釈でリバイバルだったという側面、それが渋谷で独自の広がりを見せたという連動によると個人的には感じました。そして今日、さらなる世界的な復興によって“シティポップ”という概念がますます曖昧になっている気がします。
イハラ:人によって考え方が違いますよね。僕にとってのシティポップは、Average White Band「Whatcha’ Gonna Do For Me」などのブルー・アイド・ソウルの流れ。
例えば(山下達郎の)「SPARKLE」はNiteflyte「If You Want It」が元ネタとされているので、前者がシティポップなら後者もシティポップだし、反対に後者がブルー・アイド・ソウルなら前者もブルー・アイド・ソウルと言えるはずです。でも、菊池桃子さんが組んでいたバンドのラ・ムーをシティポップだと言う人もいる。
イハラ:昨年、達郎さんのライブを観に行ったら、「自分が“シティポップ”だと言われて若い人が観に来てくれるようになりました。次は“シティポップ”の曲をやります」とMCして演奏したのが「BOMBER」だったんです(笑)。あれは個人的にファンクだと思いますが、達郎さんのなかではシティポップなのかもしれません。
――皮肉を込めてMCしたのでは?
イハラ:あれはアンチ・テーゼ的な様子ではなく、真面目に言っていたと思いますよ。確かに“シティポップ”という言葉の定義はひとり歩きしていると思います。ただ、それを無理に取り戻すような運動も違う気がするので、それぞれの“シティポップ”を見つければいいのかなと。
――なるほど。今後の活動で見据えているヴィジョンなどはありますか。
イハラ:SSWだけでなく、自分が歌わずともプロデューサー的に好きな音楽を作ることも考えています。良い音楽が残せるなら、別に歌わなくてもいい。僕よりも上手いシンガーはいますし、曲によっては僕以外の人が歌った方がいいかもしれませんから。プレイリストにも入れたConnie Stevensの声が世界で一番好きなので、こういう声の人がいたら一緒にやりたいです(笑)。日本人なら……NakamuraEmiさんかな。声も曲も好きなんですよ。
あと、ストリーミングだと僕のように楽器をいくつも使った作品はヒップホップやビート・ミュージックのような音圧の大きな楽曲と並べると、どうしても迫力がないように聴こえてしまいます。なので、サウンドを今のプレイリスト時代に寄せていくか、これまでのようなサウンドを維持してCDやレコードを買ってくれるリスナーに向けて続けていくのか、そこが自分の葛藤であり今後の課題ですね。
――最後に、7月に開催予定の『Portray』リリース・ライブへの意気込みをお聞かせください。
イハラ:今回のアルバムのレコーディング・メンバーを中心としたベーシックなリズム・セクションに、コーラスとサックスを加えたフルバンドでのライブとなります。この編成でのライブは今回が初なので、自分自身とても楽しみです。次回ライブの予定なども現状では決まってないので、この機会にぜひ聴きに来てくれると嬉しいですね。あと、当日の会場BGMは『Portray』のリファレンスとなった楽曲を中心に自分が選曲を担当するので、そちらもお楽しみ頂けたらと。
【リリース情報】

[参加ミュージシャン]

Pf. / Key.:菊池剛(Bialystocks)、簗島瞬(いーはとーゔ)
E.Guitar:Tuppin(Nelko)、三輪卓也(アポンタイム)
E.Bass:toyo、菊地芳将(いーはとーゔ)
Drums:小島光季(Auks)、中西和音(ボタニカルな暮らし。 / 大聖堂)
Tp./F.Hr.:佐瀬悠輔
*CD/デジタル。LPは7月19日(水)リリース予定
※タワーレコード限定特典:未発表弾き語り音源収録CD-R
■ 配信/購入リンク(https://p-vine.lnk.to/1NYBzJ)
【イベント情報】

-Member-

Takuya Miwa (Gt.)
Go Kikuchi (Pf. / Key.)
toyo (Ba.)
Koki Kojima (Dr.)
Akira Kan (Sax.)
Satoshi Kimura (Cho.)
■ チケット詳細(Zaiko)(https://cantaro-ihara.zaiko.io/e/live20230723)
■イハラカンタロウ: Twitter(https://twitter.com/cantaro_ihara) / Instagram(https://www.instagram.com/cantaro_ihara/)

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