ピアソラとヴィヴァルディの「四季」
〈8シーズンズ〉に挑むヴァイオリニ
スト辻彩奈に聞いた

コロナによる代役や、様々な大物演奏家との共演を通して、心境著しいヴァイオリニストの辻彩奈が、2023年3月19日、ピアソラ(デシャトニコフ編曲)とヴィヴァルディによる二つの「四季」に挑むという。舞台は、デビューリサイタルの会場にして、その後二年に一度のペースで自主企画に取り組んできた紀尾井ホール。
2月末、指揮者 尾高忠明とNHK交響楽団の九州ツアーを大成功のうちに終えた辻彩奈が、〈8シーズンズ〉に向けた思いを熱く語ってくれた。
取材はリモートで行われた   写真提供:KAJIMOTO

―― 辻さんがヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲「四季」とピアソラの「ブエノスアイレスの四季」(デシャトニコフ編曲)を、一つのコンサートで弾くのは、今回が3度目だそうですね。
2019年8月、イタリアのパレルモ音楽祭にて初めての挑戦をしました。そして2021年11月、宗次ホールでの「四季の日」コンサートが2回目になります。私にとって紀尾井ホールは、東京でのデビューリサイタルを行った大切な場所です。2017年3月に、ピアニストの江口玲さんとご一緒してデビューして以来、二年に一度のペースで自主企画を行っています。2019年は師匠である原田幸一郎先生の勧めもあり「J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ全曲演奏会」を取り組みました。そして2021年には、パリ国立高等音楽院教授のエマニュエル・シュトロッセさんとリサイタルを行う予定でしたが、コロナの影響で外国人アーティストが来日が出来なかったため、信頼するピアニストの阪田知樹さんにお願いして、フランクのヴァイオリンソナタに挑みました。この〈8シーズンズ〉は、2021年のリサイタルが終わってから2年間ずっと温めてきたものです。

辻彩奈ヴァイオリン・リサイタル 阪田知樹(ピアノ)(2021,3,12 紀尾井ホール)  (c) Hikaru Hoshi
―― 二つの「四季」を演奏する場合、曲順に関して色々なやり方があるようですね。

そうですね。私は前半にピアソラ、後半にヴィヴァルディを演奏します。ピアソラを後半に持ってくるケースや、クレーメルさんのようにピアソラとヴィヴァルディを交互に演奏するケースもあります。ヴァイオリニストによって色々な考え方があると思いますが、私はメインにヴィヴァルディを持ってくることが一番適していると考えています。ピアソラはヴィヴァルディのモチーフを数多く使っています。やはり基軸にヴィヴァルディが有ってこそのピアソラだと思って演奏したいと考えています。
―― ピアソラの曲順ですが、何から演奏されますか。
南半球で生まれたピアソラの「四季」になるので、秋からスタートして、冬→春→夏の順に演奏します。
二つの「四季」に挑むのは今回が3度目です  (c) Makoto Kamiya
―― 今回のメンバーは、辻さんご自身で選ばれたと聞いています。
1stヴァイオリンから順に<2-2-2-2-1、チェンバロ>という構成になります。私がご一緒してみたい方々にお声がけさせて頂きました。1stヴァイオリンは コンサートマスターの水谷晃さん(東響コンマス)と千葉清加さん(日フィルアシスタント・コンマス)、2ndヴァイオリンは 白井篤さん(N響次席)と遠藤香奈子さん(都響首席)、ヴィオラは 安達真理さん(日フィル客演首席)と安保惠麻さん(広響首席)、チェロは 伊東裕さん(都響首席)と三宅依子さん(東京チェロアンサンブル主宰)、コントラバスは 加藤雄太さん(パシフィックフィル首席)、そしてチェンバロは 指揮者の阪哲朗さんです。皆さんとても忙しい方ばかりなのですが、今回のためにスケジュール調整してくださって本当に感謝しています。

東京でのデビューリサイタルを行った大切な会場、紀尾井ホール(2021,3,12 紀尾井ホール)  (c) Hikaru Hoshi
―― 錚々たる皆さんですが、やはりチェンバロが阪さんなのが気になります。

やはり、気になりますよね(笑)。阪さんとは、山形交響楽団の定期演奏会にて二度(プロコフィエフ2番、シベリウス)共演させて頂きました。とても優しいお人柄ですし、音楽性もすごく共感するところがあります。実は今年1月に、山形交響楽団創立名誉指揮者でいらっしゃる村川千秋さんの90歳記念演奏会でシベリウスの3番を指揮なさいました。その演奏会の前半で、ヴィヴァルディの「四季」を取り上げることとなり、私がソロ・ヴァイオリンを弾かせて頂きました。その際のチェンバロを阪さんが演奏されることになりまして、ダメ元で3月にも東京でご一緒してみませんか!とお誘いしたところ、「ぜひやらせて欲しい! ただ、私は指揮者であってチェンバロ奏者ではないので<友情出演>ということでお願いします」と言って頂けました。阪さんは、人間的にも大好きなマエストロです。音楽家として心から尊敬しているので、今回チェンバロをお引き受けいただいて本当に嬉しく思っています。

二年に一度の自主企画は二つの「四季」に挑戦(2021,3,12 紀尾井ホール)  (c) Hikaru Hoshi
―― これだけの腕利きが集まると、1パート2人でも凄い音がするでしょうね。

本当にそう思います。それぞれのフィールドで御活躍の方達ばかりで、全員が集まるのは直前になるのですが、どんなサウンドになるのか…そのことを考えるとワクワクが止まらないです(笑)。実は、今回は男女比や年齢構成まで考えぬいたメンバーに集まって頂いています。男女5人ずつで、年齢層は20代、30代、40代、50代という構成になっています。音楽家同士、世代を越えて色々な視点で満遍なく意見交換できればと思っています。この〈8シーズンズ〉は室内楽なので、アンサンブルはオーケストラ以上に親密なやり取りが生まれます。お互いの音を聴き合い、言葉も使って、「自分は、こう弾きたいと思ってるよ」と伝え、「こう弾きたいんだな」と理解し合いながら、音楽を作り上げていくことができればいいですね。ピアソラもヴィヴァルディもソロ・ヴァイオリンと同じくらいソロ・チェロは大切なポジションです。そこを私と近い年齢の伊東さんが担ってくださるので、若い世代を経験豊富な先輩たちがグッと支えて頂けると信じています。
「今回、どんな音楽に仕上がるのか想像するだけでワクワクが止まりません」   (c) Makoto Kamiya
―― 阪さん同様に、辻さんご自身が皆さんに声をかけられたのですか。
そうですね。私からみなさんにそれぞれ直接お願いさせて頂きました。オーケストラで共演した時に現場でお声がけしたり、メールで打診したりしました。日頃はマネジメントの皆さんに頼ることがほとんどなのですが、この紀尾井ホールの自主企画は自分自身でどうしたいかを考えて、試行錯誤しながら進めています。2021年のリサイタルが終わった翌日から、次回はどうしようか…をずっと考えていました(笑)。
「前回のリサイタル終了後すぐに、今回何をするかを考えていました」(2021,3,12 紀尾井ホール)   (c) Hikaru Hoshi
―― 前半のピアソラについて話を聞かせてください。ピアソラを弾く上で心掛けておられることは何かありますか?
ラテン系のエネルギッシュな曲を取り組むのは、私にとってはピアソラが初めての経験でした。ただ激しい表現を劇場型で行うだけなく、儚く美しい部分も歌い込む要素が必要だと感じています。思いっきり感情移入して弾こうと思っていますが、妖艶な色っぽさを出せるように頑張りたいです。
「思いっきり感情移入して弾こうと思っています」   (c) Hikaru Hoshi
―― ピアソラの中でヴィヴァルディの「四季」のフレーズが出てきますが、あれは弾き方なども違うものですか。
もちろん弾き方は違ってきます。主題のメロディは同じですが、曲の前後の構成はかなり違いますし、オーケストラの伴奏も和声感が変化しているので音楽は異なってきます。ピアソラは季節をこんな風に感じたんだと思うと、その違いが作品に影響されていて、すごく面白いなと感じています。

「ヴィヴァルディとピアソラの「四季」の違いをお楽しみください」   (c) Hikaru Hoshi
―― ヴィヴァルディの「四季」はいかがですか。

2019年イタリアのパレルモで初めてピアソラを弾いた時は、ピアソラの方が断然面白いなーと感じていました。ラテンのキャラクターの作品を弾くのが初めてだったからだと思います。あれから色々なことを経験してきて、今はヴィヴァルディの方が好きと感じています。バロック音楽は、心にすっと入ってくる音楽ですよね。春夏秋冬が見事に表現されていて、純粋に楽曲の持つ素晴らしさを味わってもらいたいです。バロックと言えば、バッハの無伴奏全曲を弾いてから4年が経ちました。当時は勢いに任せてガンガン弾いていたこともあったのですが、徐々にバッハに対する感じ方が変わってきたと自覚しています。ノンビブラートまでは考えていませんが、装飾音を付けたり、楽譜に忠実に弾くようになりました。曲の捉え方は変化していくものですね。そういう意味でも、今回のヴィヴァルディがどういう表現になるのかは自分自身でも楽しみにしています。
「バロック音楽は、心にすっと入ってくる音楽です」   (c) Hikaru Hoshi
―― 弾き振りをする上で考えていることは何かありますか。
普段のコンチェルトの現場では、指揮者にソリストとしての希望を伝えて、あとはお任せするスタイルなのですが、さすがに今回の〈8シーズンズ〉ではそういう訳にはいかないと思っています。いかに効率よくリハーサルを進めていくか、それを考えるのも大切なことですよね。少数精鋭だけに、皆さんと親密な関係で音楽できることが楽しみです。もちろん私がやりたい曲のイメージはすでに有りますが、皆さんがどんなアプローチで来られるのか、をとても楽しみにしています。これはピアノとのリサイタルでも共通することなのですが、自分がこう弾きたいだけでなく、相手もどうしたいのか、その先の音楽をどう感じているのか、にすごく興味があります。
「皆さんと親密な関係で音楽できることが楽しみです]  (c) Makoto Kamiya
―― そういう意味では、昨年マルタ・アルゲリッチさんと一緒にフランクのソナタを演奏された経験は大きいのではないでしょうか。彼女から受けた影響について教えてください。
NHKの収録は、2022年6月の演奏が収録されていますが、実は11月にもアルゲリッチさんと二度目の共演させていただきました。6月の時は、コロナの入国制限が緩和されたばかりで本当に来日されるのかもわからない中、「初めまして」で演奏が始まったのですごく緊張していました。何しろ、あの世界最高峰のアルゲリッチさんですから、存在感が凄かったです。もちろん6月の演奏にも自分自身満足をしていたのですが、後日、NHKの放送を見て、「彼女の存在に押されているし、遠慮しているなぁ…」と、少し残念な想いをしました。ですので二度目の共演では、あんな悔しい想いはしたくないと考え方を改めました。イヴリー・ギトリスさんへのオマージュで開催されたコンサートでしたので、ギトリスさんとアルゲリッチさんが演奏しているフランクの音源を何度も聴きました。まるで即興演奏なのです。決め事などなく、お互いが約束事に縛られず、心から良いと思うものを弾いて、それが組み合わさっている自由な演奏。そんな印象だったのです。

アルゲリッチ&フレンズ~イヴリー・ギトリスへのオマージュ(2022.6.3 すみだトリフォニーホール)   (c) N.Ikegami
―― NHK Eテレ「クラシック倶楽部」の演奏は、1回目なのですか。

そうですね。NHKで収録したのは1回目の共演になります。11月のコンサートは2回目ということもあって、殆どリハーサルをせずに合わせました。ギトリスさんとアルゲリッチさんの音楽に触れて、こんなに自由に弾いて良いんだと学びました。アルゲリッチさん、私がどんなテンポで弾いても、絶対に先に出ることはありませんでした。きちんと私の音楽を聴いてくれているのです。私の音楽をアルゲリッチさんが受け入れてくれたことがとても嬉しかったです。
アルゲリッチ&フレンズ~イヴリー・ギトリスへのオマージュ、再び(2022.11.14 すみだトリフォニーホール)  (c) K.Miura

―― その経験から得るものは大きいでしょうね。

本当にそう感じています。81歳であれだけ指が回るだけでも相当素晴らしいことだと思いますが、それ以上に、アルゲリッチさんのどこまでも続くような弱音の美しさや表現の幅を、いちばん近くで聴くことが出来て感動しっぱなしでした。二人で、研ぎ澄まされた世界観を作ることが出来た訳ですから、この先ヴァイオリンを弾いていく上での礎になると思っています。笑顔のアルゲリッチさんが「本当に素晴らしかった!そして、楽しかった!」って言ってくれたのです!最高に嬉しかったです!!

アルゲリッチ&フレンズ~イヴリー・ギトリスへのオマージュ、再び(2022.11.14 すみだトリフォニーホール)   (c) K.Miura
―― オフでヴァイオリンを離れた時、何をやられていますか。趣味は何でしょうか。

一人暮らしをしていまして料理を作ることが好きです。手の込んだことはやりませんが、基本的に毎日自炊しています。スーパーで陳列されている野菜を見て、季節を感じるタイプですよ、私。いつもこの話をすると意外だね…と言われることが多いです。意外ですか?
「趣味ですか。料理を作るのが好きです」   (c) Makoto Kamiya
―― ヴァイオリン以外の雑事はやりたくないというヴァイオリニストの方って多いじゃないですか。それに辻さんは交友範囲が広く、勝手に外食が似合うイメージがありました。
幼少期からあまり外食をせず、母親の料理を食べる家庭で育ったからかもしれませんが、1日の終わりは家でご飯を作って食べるのが習慣になっています。何より、料理をしていると頭がスッキリするのです。もちろん、外食も嫌いではありませんよ。お鮨とか手の込んだ洋食とか、家でできないものを外食で頂くのはとても好きです!!
「料理をしていると頭がスッキリします」    写真提供:KAJIMOTO
―― この間はN響とブルッフの1番のコンチェルトを弾かれていましたが、メンデルスゾーンやチャイコフスキーといった定番のコンチェルト以外の曲を弾く機会も増えたのではないですか。
尾高さんとN響の皆さんと宮崎・大分・熊本でブルッフ1番を演奏してきたばかりです。いずれも初めて演奏するホールばかりでしたが、音響がとても良い会場ばかりですごく演奏しやすかったです!実は、メンデルスゾーンのオファーは今でも一番多いかもしれませんが(笑)、私がいちばん自信をもって演奏できるレパートリーの一つなので、素直に嬉しく感じています。デビューから7年が経過し、サン=サーンス、ラロ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチやブリテンなど沢山のコンチェルトを弾かせて頂ける機会が増えたのは事実です。2023年度は、コルンゴルトやシマノフスキの1番を弾かせて頂くことになっています。これからもレパートリーの拡大は、諦めることなく継続していきたいです。
今年は新たにコルンゴルトやシマノフスキの1番を弾かせて頂くことになっています   (c) Makoto Kamiya
―― 辻さん、最後に「SPICE」の読者にメッセージをお願いします。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。いつも温かなご声援いただきとても感謝しています。ここまで<8シーズンズ>の魅力を語ってきましたが、感じ取って頂けましたでしょうか?ピアソラとヴィヴァルディが持つ面白さや楽しさや喜びが、今回の演奏を通して皆さまに届くことを願っています。絶対に後悔させません!ご来場をお待ちしています!!
3月19日は紀尾井ホールにお越しください。お待ちしています   (c) Makoto Kamiya
取材・文=磯島浩彰

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