ジェフ・ベックの名演を収めた
スティーヴィ・ワンダーの
傑作『トーキング・ブック』

ソウル・ミュージックに
シンセサイザーを導入する先駆的な試み

そのひとつとして、スティーヴィは、前作となる『ミュージック・オブ・マイ・マインド』からシンセサイザーを取り入れたプログレッシブなサウンドアプローチを試みるのである。そして、コラボレーションとして、レコーディングに招いたのがトントズ・エクスパンディング・ヘッド・バンド(Tonto’s Expanding Head Band)だった。略してトントズ(Tonto’s)=T.O.N.T.O. synthesizerはマルコム・セシルとロバート・マーグーレフからなるシンセサイザー音楽のデュオで、ミュージシャンというよりは研究者っぽい人たちで、本作ではシンセのプログラム、エンジニアとして関わっている。1971年にアルバムデビューしてから何枚もアルバムを残し、1996年頃まで活動している。スティーヴィとのコラボは『ミュージック・オブ・マイ・マインド」(‘72)に始まって、『カンバセーション・ピース』(’95)まで、トータル6作と長きに渡って関わることになる。また、スティーヴィ以外にもアイズレー・ブラザーズ、ランディ・ニューマン、ラヴィ・シャンカール、ウェザー・リポート他、ジャンルをまたぎ、多くのアーティストとも仕事をしている。

アルバムを聴くとしよう。温かなエレピのイントロに導かれて「サンシャイン(原題:You’re The Sunshine Of My Life)」でアルバムは始まる。聴く人全てを幸福な気持ちにしてくれそうな、スティーヴィの代表曲のひとつ。本当に最愛の人がいたなら、この曲のシングル盤をプレゼントしたくなるような曲だ。バックコーラス、スティーヴィのヴォーカルも温かくて素晴らしい。唯一、後半で入ってくるパーカッションのリズムが個人的にはうるさく感じられるのだが、スティーヴィがOKなら文句は言えない。

本作は複数のギタリストを贅沢に使っていることでも知られるが、2曲目の「メイビー・ユア・ベイビー」ではレイ・パーカーJrがギターで参加し、渋いソロを弾いている。バックで鳴っているスティーヴィが弾くクラヴィネットもファンキーだ。

打って変わって3曲目「ユー・アンド・アイ」はスティーヴィのピアノの弾き語りをベースに、効果音的に使うシンセが幾重にも織りなすサウンドが夢幻的な雰囲気を作り出す、実に美しいスローバラードである。ヴォーカリスト、スティーヴィの魅力も全開という珠玉の一曲。これがスティーヴィとTonto’sによるシンセだけで録音しているのだが、シンセにありがちな空疎感、冷たさもまったく感じさせないところも実に驚きである。

4曲目は「チューズデイ・ハートブレイク」。アップテンポに乗せ、ワウワウを効かせたファンキーなギターを弾いているのはバジー・フェイトン(Buzzy Feiten)だろうか。元はポール・バターフィールド・ブルースバンド出身で、その後、フルムーンというフュージョンバンド、キーボードのニール・ラーセンとのコラボ等で活躍する人だが、前作「ミュージック・オブ・マイ・マインド」(‘72)からスティーヴィのアルバムに参加している。また、フェイトンと前述の ポール・バターフィールド・ブルースバンドのバンドメイトだったアルト・サックスのデイヴィッド・サンボーンがこの曲に参加しているが、この段階ではまだサンボーンはまったく無名だったのだそうだ。

5曲目「バッド・ガール」もシンセ、キーボードをうまく使った曲だ。ベースになっているのはフェンダーローズとおぼしきサウンドで、そこにムーグシンセサイザー等を織り交ぜている。今の耳で聴くとナチュラルなものだが、当時は斬新なアンサンブルだったのだろう。オリジナルが出るなり、ハービー・ハンコックがカバーするなど、ジャズ系ミュージシャンによく取り上げられているそうだ。

OKMusic編集部

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