夢見るような女性像と、1920年代のパ
リを堪能 『マリー・ローランサンと
モード』内覧会レポート

淡い色調の幻想的な女性像で知られる画家マリー・ローランサンは、デザイナーのココ・シャネル(ガブリエル・シャネル)と同じ1883年生まれだ。ジャンルを超えて活動した2人だが、とりわけパリが「狂騒の時代(レザネ・フォル)」と呼ばれた1920年代に目覚ましい活躍を見せた。2つの大戦に挟まれる「狂騒の時代」は各種の芸術が栄え、特に女性が輝いた時期でもある。
Bunkamuraザ・ミュージアムにて2023年4月9日(日)まで開催されている展覧会『マリー・ローランサンとモード』は、ローランサンの生誕140年を記念する展示であり、「狂騒の時代」付近におけるローランサン黄金期の作品をシャネルの創作活動と共に、同時代を彩った人々との関係にも触れながら紹介するものだ。以下、文化の豊潤な香りを伝える展示を紹介しよう。
ローランサン黄金期の作品をたっぷり堪能
本展は、フランスのオランジュリー美術館や、世界で唯一のマリー・ローランサン専門の美術館であるマリー・ローランサン美術館(現在、コレクションの公開はしていない)などの国内外のコレクションから、約90点もの作品を紹介している。展示の中心となるのが、ローランサンの活動が充実していた1920年代の作品で、パステルカラーの夢見るような女性像を存分に堪能できる。
会場に足を踏み入れると、ドレスをまとったモダンな女性たちの肖像画が目をひく。当時、ローランサンに肖像画を描いてもらうことが社交界の女性たちの間で流行していたのだそう。通常の肖像画とは風合いの異なる、詩情に満ちた作風に引き込まれる。
左:マリー・ローランサン《黒いマンテラをかぶったグールゴー男爵夫人の肖像》1923年頃 油彩/キャンヴァス  右:マリー・ローランサン《ピンクのコートを着たグールゴー男爵夫人の肖像》1923年頃 油彩/キャンヴァス いずれもパリ、ポンピドゥー・センター
シャネルもローランサンに肖像画を依頼したひとりだった。シャネルは肖像画の仕上がりに不満を抱き、書き直しを依頼したが、ローランサンも譲歩しなかったため、結局肖像画はシャネルの手に渡ることはなかったという。この一件で2人の仲はギクシャクしたものの、ローランサンはシャネルの生み出す作品は愛好していたそうだ。
ローランサンは、人気肖像画家になった時期に自画像も描いている。淡いグレーとブルーの背景の中、モダンな髪型でピンクの服を着用している作品からは、優雅な落ち着きと静かな自信を感じさせる。
左:マリー・ローランサン《わたしの肖像》1924年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館 (c) Musée Marie Laurencin 右:マリー・ローランサン 《マドモアゼル・シャネルの肖像》1923年 油彩/キャンヴァス オランジュリー美術館
1930年代に入り、世界恐慌の影響がパリにも影を落とす頃、肖像画家としてのローランサンの人気は陰りを見せる。画風にも変化が訪れ、色は明るさを増し、どこか中性的で謎めいた雰囲気を宿していた女性像は、より女性的になっていった。
左:マリー・ローランサン《シャルリー・デルマス夫人》1938年 油彩/キャンヴァス 中央:マリー・ローランサン《ばらの女》1930年 油彩/キャンヴァス 右:マリー・ローランサン《首飾りの女》1935年頃 油彩/キャンヴァス いずれもマリー・ローランサン美術館 (c) Musée Marie Laurencin
1920年代パリの、ジャンルを横断して活性化する文化を味わえる
1920年代のパリは、美術や音楽、文学やファッションなどが相互に作用しながら発展した時期だった。その代表ともいえるものがセルゲイ・ディアギレフによる「バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)」で、ローランサンはバレエ・リュスの演目『牝鹿』の衣装と舞台美術を担当し、大変好評だったという。この成功によってローランサンは舞台の仕事を広げ、舞台をテーマにした油彩画も制作している。また作品を広く知られるようになり、文学作品への挿絵などの依頼も増えた。
『牝鹿』関連作品等
シャネルもまたバレエ・リュスの演目『青列車』の衣裳を手掛けた。『青列車』は、台本がジャン・コクトー、舞台幕がパブロ・ピカソという、極めて豪華な顔ぶれの舞台である。シャネルはこの時、バレエの衣装としてスポーツウェアを起用するという新しい試みを行った。
バレエ・リュス公式プログラム等
ローランサンは、1912年、装飾芸術を含む芸術全般の振興を図る展覧会で、毎年秋にパリで開催されるサロン・ドードンヌに油彩画《立体派の家のための飾り絵》を出品する。
また、1925年にパリで開催されたアール・デコ博(現代産業装飾芸術国際博覧会)では室内に絵画作品を提供し、話題になった。これらの事実は、ローランサンは作風が装飾美術との親和性が高く、またジャンルにとらわれない活躍をしていたことを示している。
左:マリー・ローランサン《立体派の家のための飾り絵II》1912年頃 油彩/キャンヴァス 右:マリー・ローランサン《立体派の家のための飾りIV》1912年頃 油彩/キャンヴァス いずれもマリー・ローランサン美術館 (c) Musée Marie Laurencin
ドレスや帽子など、ファッションと連動して楽しめる展示内容
シャネルは帽子デザイナーとしてキャリアをスタートした。当時は装飾の多い帽子が一般的だったが、シャネルはシンプルな帽子をつくって自ら被っていたという。そして1910年に帽子店を開店して評判になった。
左:ガブリエル・シャネル《帽子》1910年代 シルクベルベット 神戸ファッション美術館
ローランサンは、母がお針子をしていたこともあり、ファッションへの感度が高かった。その色彩的なセンスや素材への情熱は、絵の中の洒脱な人物像を見ても伝わってくる。ローランサンに描かれた女性は顔立ちが曖昧で判別が難しいが、身にまとっている衣装によって区別することができる。ファッションアイテムの中でもとりわけ帽子は画中のアクセントになっており、人物のモダンな雰囲気を強めている。
左:マリー・ローランサン《羽飾りの帽子の女、あるいはティリア、あるいはタニア》1924年 油彩・キャンヴァス 中央:マリー・ローランサン《白い羽飾りの黒帽子をかぶった乙女》1915年 油彩・キャンヴァス 右:マリー・ローランサン《青と黒の帽子をかぶった少女》1913-14年頃 油彩・キャンヴァス いずれもマリー・ローランサン美術館 (c) Musée Marie Laurencin
1920年代前後のパリのファッションの状況としては、1910年代にポール・ポワレが女性をコルセットから解放し、1920年代にシャネルが装飾を外してモダンガールが台頭、1930年代に世界恐慌により装飾が復活したという。
本展では、ローランサンと、ポール・ポワレの妹だったニコル・グルーの親密さを示す絵や、1920年代のシンプルで洗練されたシャネルのドレス、1930年代の装飾に回帰しつつも技巧に満ちたカットを取り入れたマドレーヌ・ヴィオネのドレスなど、ローランサンとファッションの関わりや、流行の移り変わりを実感できる。
左:マリー・ローランサン《アンドレ・グルー夫人(二コル・ポワレ)》1937年 油彩/キャンヴァス マリー・ローランサン美術館 (c) Musée Marie Laurencin 右:マリー・ローランサン 《鳩と女たち(マリー・ローランサンとニコル・グルー)》 1919年 油彩/キャンヴァス ポンピドゥー・センター所蔵、パリ装飾美術館に寄託
左:ガブリエル・シャネル《デイ・ドレス》1927年頃 シルククレープ 神戸ファッション美術館 右;ガブリエル・シャネル《イブニング・ドレス》1920-21年 ベルベット 桜アンティキテ
右:マドレーヌ・ヴィオネ《イブニング・ドレス、ストール》1938年  黒いチュール地に金色のぶどうのモティーフ、サーキュラー・スカート、ホルター・ネック、黒い絹サテンのアンダー・ドレス付き、ストールは黒いチュール 島根県立石見美術館
ローランサンが活躍した時代は、パリが最も輝いていた時代だった。彼女はジョルジュ・ブラックに見いだされ、パブロ・ピカソと知り合い、ギヨーム・アポリネールを恋人とするなど多くの才人と関わり、魅力的な女性たちの肖像画を描いた。本展は、そんなローランサンの華やかな交友関係や優美な世界を余すところなく鑑賞できる。また、女性の地位が低かった時代から、ローランサンのように才能によって認められた女性が活躍できる時代に変化したことも伝わってくる内容だった。
Bunkamuraは2023年4月10日から長期休館に入るため(オーチャードホールを除く)、本展はBunkamura ザ・ミュージアムにて行われる休館前最後の展覧会となる。この機会を逃さずに、是非足を運んでいただきたい。なお、Bunkamura ザ・ミュージアムは休館中、渋谷ヒカリエを中心に様々な会場で展覧会を開催するとのこと。休館中の催しも見逃せなさそうだ。

文・撮影=中野昭子

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